【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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 王都の一角にある居酒屋。夜も更けた時間、カウンター席にエミリーとひとりの男性が並んで座り、酒を酌み交わしていた。
 
 その男性――リノは目を引くほど美しい容姿をしていて、他の客たちが時折ちらりと盗み見ては、噂話に花を咲かせている。だが、リノ自身にその視線を気にする素振りはなく、むしろ慣れている様子だった。

 彼は頬杖をつきながら、エミリーに視線を向ける。

「で、久しぶりの出勤はどうだった? エミリー先生」

 幼馴染であるリノとは、小さいころから今も仲良くしている。実家が近所で、親同士も親しかったため、まるで兄妹のように育った。
 彼はエミリーより二歳年上で、騎士の名門侯爵家の次男。
 文武両道で、現在は王女付きの近衛騎士を務めるエリートだ。

 エミリーはビールをごくごくと喉に流し込み、ジョッキを乱暴にテーブルに置いてた。

「気まずすぎて死にたい」

 ジョッキの溶けかけた氷が、カランと音を立てる。エミリーが眉間に縦じわを刻み項垂れると、リノは軽く笑った。

「はは、そりゃご愁傷様」
「笑いごとじゃないから。職場に見知らぬ婚約者と、略奪した親友がいるんだよ? どう思う?」
「率直に言って地獄だね」
「そう、地獄」

 エミリーはため息を吐いた。

 昏睡から目覚めたあと、エミリーはわずか一週間で仕事に復帰した。アステラとオリビアの姿を見かける度に頭が真っ白になるし、職場の同僚や先輩からも婚約解消について根掘り葉掘り聞かれ、気疲れしている。

「みんなに言われるの。『あんなにベタ惚れだったのにどうして別れたの?』って。こっちが聞きたいくらい。あんなにとか言われても覚えてないし」
「ふーん。今も先生のこと全く思い出せないの?」
「全く。でも――」

 エミリーはジョッキの縁を指でなぞりながら、ぽつりと続けた。

「医療魔術師としては、本当に天才だと思う。グエン先生の論文、一週間で全部読破しちゃったもん。特に八年前の――」
「石吐き症の原因についてのやつ、でしょ?」
「そ、そう。え、もしかして私、前にも話してた?」
「してたしてた。耳にタコができるくらいね。キラキラした目ですごい語ってたよ」
「へ、へぇ……」

 魔病のひとつである石吐き症は、治療法が確立していない不治の病。その研究成果を発表した論文を読み、魔病に対する高い知識と関心の深さに感銘を受けていた。
 まだ現場で、アステラの医療魔術を見た訳ではないが、論文から伝わってくる力量は確かだった。年齢はエミリーより十歳ほど上で、医療魔術師としての経験もエミリーの比にならない。

 リノはグラスに入った酒をひと口飲んで言う。

「俺は直接会ったことないけど、エミリーはいつも言ってたよ。グエン先生を、医療魔術師としても人間としても尊敬してるって」
「なんかそれ、恥ずかしいなぁ。でも、本当に尊敬できる人なのか疑っちゃう。オリビアと浮気して私を裏切ってるわけだし」
「だね」

 いくら医療魔術の天才でも、婚約者の親友と浮気するなんて最低だ。もちろん、オリビアも同罪である。
 ちなみに、医学院時代にオリビアにリノを紹介したことがあるのだが、オリビアはリノを気に入って言い寄っていたらしい。リノは相手にしなかったのだけれど。

「やっぱり私って、恋愛には向いてないのかなぁ」

 エミリーが呟いたその瞬間、リノは不敵に口角を持ち上げて言った。

「じゃあ、俺にすれば」
「え?」
「俺なら絶対、お前に不誠実なことはしないし、大事にする」

 口調は軽いが、その眼差しは真剣そのもので、目が逸らせない。

 さらさらした金髪に、長いまつげが縁取る緑目。十人いたら十人が美しいと絶賛するであろう美貌を持つ彼。
 大勢の女性たちに言い寄られてきたリノに、まさか自分が口説かれるとは――夢にも思っていなかった。

「冗談?」
「本気」
「でも私、リノのことずっと、兄妹みたいに思ってて」
「分かってる。でも、俺は――違った」

 リノは真剣な表情を浮かべ、緑の双眸でこちらを射抜いた。瞳に宿る熱を感じ取り、エミリーの胸がざわついた。

「もしかして……リノが誰とも付き合わなかったのって……私がいた、から……?」

 どきどきしながら返事を待っていると、リノは色っぽく微笑む。

「やっと気づいた?」
「!」

 びっくりして目を見開くエミリーの額を、リノがつんっと指で軽く弾く。
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