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しおりを挟む翠花は、孫雁が樹蘭に好意を寄せていたことを知っていた。しかし彼女は、孫雁に愛情はなかったという。そうなると、樹蘭を嫉妬する理由がなくなる。
色絵を施した茶碗に茶を注ぐと、玉露の芳醇な香りがほんのりと鼻腔を掠めた。
するとそのとき、らんかは翠花に押し倒されていた。熱を帯びた視線に射抜かれ、喉の奥がごくっと音を立てる。
「樹蘭様を妬ましくは思わないんですか?」
すると彼女の唇が、不敵に扇の弧を描いた。
「まさか。言いましたでしょう? わたくしはわたくしを愛してくださらない殿方は好きではないと。むしろ、殿下が報いのない恋に心を傾け、わたくしのことは放任してくださっていることに感謝しておりますわ」
確かに、翠花の自由奔放な行動を黙認しているのなら、孫雁はとても寛大だ。寛大というか、興味がないだけなのだろうが。しかしそのおかげで、翠花との利害関係は成り立っているようにも思える。
とても彼女が、嘘をついているようには見えなかった。翠花の口調からは、孫雁に対しても樹蘭に対しても、少しの悪意も感じられない。
翠鼻はすぅとこちらに片手を伸ばし、らんかの腰の帯に触れ、解いた。
「ひっ……」
思わず、らんかの口から小さな悲鳴が零れる。袍の隙間に彼女が手を忍ばせたところで、血の気が引いていく。
(これ、完全に脱がそうとして……っ!?)
衣の下にはさらしを巻いて胸の膨らみを隠している。服を脱がされては、さすがに男装が分かってしまう。
らんかは抵抗して半身を起こし、茶碗を手に取って差し出した。
「その前に……お茶をどうぞ。冷めてしまう前に」
「ああ、そうでしたわ。ちょうど喉が渇いておりましたの」
なんの疑いも持たずに茶を飲む翠花。彼女の小さな喉仏が上下するのを確認し、らんかは意味深な表情を浮かべる。
茶を飲んで、また擦り寄って来たが、瞼の重さを感じて欠伸をする翠花。
「あら……? なんだか急に、眠たくなって……」
彼女の上半身がふらりと揺れ、らんかは腕で支える。うとうとし始めた翠花は、まもなく意識を手放していた。
らんかは翠花を背負って、寝台に運んで寝かせ、そっと囁く。
「知らない相手に出された飲み物を、不用意に飲んではいけませんよ。沈徳妃」
与えられたものをそのまま口にしてしまうなんて、先ほどの子猫みたいだ。
疑う心を知らなくて、無垢。そして欲望に忠実。らんかは案外、こういう人が嫌いではない。
茶碗の底に少しだけ残った液体を飲み干したあと、水指でしっかり洗い、証拠を隠滅する。
そっと、自分の懐から空になった薬のパッケージを取り出した。西之宮に来る前に、万が一に備えて服の内側に睡眠薬を忍ばせていた。そして、翠花に出す茶に溶かした。
彼女は現代の薬に耐性がないのか、気絶するように眠った。
らんかはパッケージをしまい込み、解けかかった帯を結び直して服を整える。
(翠花様が男好きってことは聞いてたけど、まさか襲われかけることになるとはな……。さすがの私も肝が冷えたわ)
寝台でぐっすりと眠る翠花を一瞥したあと、らんかは西之宮を後にするのだった。
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