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しおりを挟む西之宮を訪ねたその夜、探し物をするために、政務を行う本殿へと足を運んだ。らんかが召喚されたのは確か、孫雁の執務室だったはず。
(執務室に行けば――まだあの鏡が置いてあるかもしれない)
この世界に呼び出されたとき、らんかの目の前に不思議な鏡が現れた。
鏡に吸い込まれて、気がついたら召喚されていたのだが、鏡を直接調べれば帰る方法が何か分かるかもしれない。
「それで、あのときは――」
「――はは、それは誠に災難であったな」
本殿は大勢の人の出入りがある。付き人もなく皇后がふらふらと出歩いていたら大騒ぎになるので、宦官の格好のまま来た。
しかし、麗しい謎の宦官が孫雁の執務室に侵入していることが、まかり間違っても本人の耳に入らないように、できるだけ姿を見られないように気をつける。孫雁はすぐに宦官とらんかを結び付けるだろうから。
官吏たちが廊下で立ち話をしていたので、角に隠れて去るのを待った。早くどこかへ行かないかと思いながら話を盗み聞きしていると、ひとりの男の口から、樹蘭の話題が出た。
「例の事件で、皇后陛下は体調を崩し、伏せっていらっしゃるそうだ」
「監察医が誤診したということは、ほとんど瀕死の重症だったのだろう? それに胸を七箇所も刺されたのだ。回復までしばらくかかるだろうな」
「夜中の奇声がぴたりと止まったと女官が喜んでいたよ。少し前までは、癇癪を起こすと朝まで激しく暴れることもあったらしいが。いつまた始まるか分からんがね」
ふたりはそうして噂してから、その場を離れて行った。隠れていたらんかは、そっと影から出る。今彼らが話していた内容は、凛凛から聞いたことがない話だった。
(夜中の奇声に、朝まで大暴れ……? そんな話、聞いてないわ。本物の樹蘭と私に矛盾が起きちゃうじゃない)
それにしても、何に腹を立てたのか、夜中に発狂するとは本物の悪女はやはり格が違う。らんかは手を顎に添えながら、今後の演技の参考にしようと考えた。
◇◇◇
孫雁の執務室に到着し、格子戸をほんの少しだけ開けて中を覗き見る。
(誰もいない)
よかった、これでこっそりあの鏡を探せる。無駄足にならずに済んでよかったと安堵しつつ部屋の中に足を踏み入れる。
いかにも高級感のある調度品が配置された、厳かな雰囲気の部屋。
らんかがここに操魂の術で召喚されたときには、白い布で覆われていた祭壇が鎮座していたが、今はその代わりに品のいい文机が置かれている。
らんかは文机のところまで行って、座椅子を退かし、引き出しを引いた。紙や筆といった文字を書くための道具がしまってあるだけで、取り立てて怪しいものはない。
三段の引き出しを全て確認してみたが、仕事に使うものしか見つからなかった。引き出しを閉めて、座椅子の位置も元通りにする。
次に目に留まったのは、格子造りの円型の飾棚。緻密な模様が描かれた壺に菊が活けられており、その横の区切られた場所に分厚い書物が並んでいる。その上の段には、小さめの鏡が。らんかはそらを手に取って肩を落とした。
この鏡は、操魂の術で使われたものと明らかに別のものだ。片手で拳を作って、こんこんと叩いてみるが、反応はない。上にかざしたり、下にかざしたり、角度を変えながら観察してみるが、やはり反応はない。
「なんだ、これはただの鏡ね」
なんの変哲もないことにがっかりしたあと、鏡面に付いた指紋を袖口で拭き、また元の場所に置く。ことんっと物音が立ち、誰かが気づいていないかと慌てて辺りを見渡し、肩を竦める。
(……まるでこそ泥の気分)
そして今度は、並んでいる本をひとつひとつ手に取って、頁をめくって確認する。
術にまつわる情報が得られればと思ったが、仕事関係の資料ばかりだった。
不自然に膨らんでいる書を見つけて引っ張り出してみたら、中から何かが落ちて床に転がった。
きん……という金属が部屋の中に響き渡る。落ちたものをひょいと拾い上げれば、それは女物の髪飾り――の半分だった。どこかで落としたのか、半分が欠けている。
金の台座に大きな紅玉が嵌っていて、細かな装飾が施されている。また、雫の形の小さな紅玉がいくつも垂れ下がっていて、ちらちらと揺れながら繊細な輝きを放つ。
「綺麗……」
見事な一品に、思わず感動を口にしたそのときだった。
「――そこで何をしている?」
「……!」
「どうやら私の執務室に頭の黒い鼠が入ったようだな」
すぐ背後で、聞き覚えがある声がした。肩をびくと跳ねさせ、恐る恐る振り返ると、孫雁が怖い顔をしてこちらを見ていた。
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