【完結】身代わり悪女ですが、殺されたくないので完璧を目指します。

曽根原ツタ

文字の大きさ
15 / 43

15

しおりを挟む

「えっと……その……そうです厠! 厠を探していて!」
「嘘をつくな」
「だからその……道に迷って……」
「――本当は?」

 圧をかけるように見下ろされて、らんかは観念する。

「ひっ、ごめんなさい! 操魂の術で使われた鏡はないかと物色していました!」

 正直に物色していたことを白状すれば、彼は忌々しそうに眉をひそめ、こちらに手を伸ばした。

(叩かれる……!?)

 まさか、体罰でもする気ではないかと身を竦め、ぎゅっと目を閉じる。
 ――こつん。

「あいたっ」
「残念だったな。李家に伝わる家宝を、人の出入りがあるこの部屋に置きはしない。あの鏡は李家の血を引く人間には割れないまじないがかかっているが、それ以外の人間なら壊すことができるからな」

 彼はらんかの額を指先で軽く弾き、手から髪飾りを取り上げた。
 彼の顔を見上げながら、おずおずと尋ねる。

「怒って……いませんか?」
「別にこの程度では怒ったりしない。ただ、次から入室には許可を取れ」
「は、はい。すみません」

 注意されてらんかが少しだけ反省していると、彼は言った。

「術には代償がかかるから、他にお前を帰す方法がないか考えている。……何やら、何万人もの人間が、お前の帰りを待ち望んでいるらしいからな?」
「あ、その顔、絶対嘘だと思ってますね……! 本当ですから。何万人どころか、何百万人の人が私のことを知ってくれているんですよ」

 日本にいたときに女優をしていた、と話したが、どうやら彼はらんかが売れない女優なのに見栄を張っていると思っているらしい。
 いつもは表情の機微に乏しいのに、らんかをからかうときは口角が上がっている孫雁。

「ふ。そうか」

 そして今、完全に鼻で笑われた。ネット環境とスマートフォンさえあれば、らんかの実績を証明できるのに。それができないのが非常に残念である。
 彼は嘘つきを見るかのようにすぅと半眼を浮かべた。

「夢が叶うといいな」
「絶対それ馬鹿にしてますよね!?」

 本当に、心の底から残念である。孫雁は文机の奥の座椅子に腰を下ろし、髪飾りを引き出しにしまった後に、仕事をし始めた。
 文机を挟んだ向かいにらんかはちょこんと座り、彼の流麗な筆跡で文字が綴られるのを眺めていた。

「徳妃の元へ行って、何か収穫はあったか?」
「ひとまず、翠徳妃が美男子がお好きなことはよく分かりましたけど。なんていうか、彼女を放っておいて後宮の風紀は大丈夫なんですか? 取り締まった方がよいのでは」
「宦官との間に子を成すことはできないから、血統を混乱さえさせなければよい。そもそも、後宮を統括するのは皇后の仕事だ」
「ああ……それで規律が緩くなったんですね。理解しました」

 樹蘭は後宮統括という重要な仕事を放棄していた。そのおかげで、後宮内で問題が頻発していたそう。後宮の責任者である樹蘭が、率先して風紀を乱す悪女ではどうしようもない。

 翠花に襲われかけたことを思い出して、背筋に冷たいものが流れる。

「翠花様は色んな意味で自由奔放な方でしたが、悪い方には思えませんでした。皇帝陛下が樹蘭様を愛していることも知っていて、その上で妬む感情もないようでしたし。彼女には……樹蘭様を殺す動機が見えませんでした」

 ――今のところは、と付け加える。たった一度会ったきりでは分からないことの方が多いだろう。また宦官の姿をして彼女に会いにいくかどうかは……要検討だ。
 けれど、後宮の雰囲気を知るという意味では有意義な時間だった。

「これに懲りたら、今後は部屋で大人しく――」
「次は、淑妃様のところへ行ってきます」
「…………は?」

 性懲りもないことを言うらんかに、孫雁は呆れたような反応を返した。

「淑妃は警戒心が強い。美しい宦官の姿で籠絡することはできないぞ」
「同じ手は使いませんよ。何かいい案はありませんか? 私なら、どんな役もできますよ」

 文机に頬杖を着いて、彼の顔を見上げる。彼は煩わしそうにしつつも、按摩マッサージ師がいいだろうと提案した。按摩師は、身体を指圧して刺激を与え、筋肉の懲りを解す仕事だ。

 事前に孫雁からもらった資料によると、淑妃麗明レイメイは、武芸を嗜むような豪胆な妃だった。
 彼女は気さくでざっくばらんな性格だが、自分のことはあまり話したがらないらしいので、樹蘭の話を聞き出すのは容易ではないだろう。
 そして、万年腰痛に悩まされている。

「私から彼女に、『腕利きの按摩師がいる』とでも言って紹介すれば、簡単に接触できるだろう」
「え、いいんですか?」
「ああ。樹蘭のために動いてくれているんだ。このくらいの協力はする。思いのほか、お前は役に立つ駒になりそうだからな」
「駒……」

 いちいち偉そうなのが腹立たしい。
 按摩師のふりをして麗明に近づくことが決まったところで、らんかは小さく挙手した。

「あのぅ。私、按摩師の勉強とかしたことないんですけど」
「何とかしておけ」
「何ともなりませんけど」
「…………」

 すると孫雁は、面倒くさそうに眉をしかめ、筆をことんと置いた。

「書でも講師でも、必要なものは用意してやる。用が済んだならさっさと出て行け。それともなんだ。――私に構ってほしいのか?」
「暇なので」
「私は忙しい」

 見て分からないのか、と目で圧をかけてくる彼。そんな彼を、らんかはじっと見つめる。

「……なんだ?」
「いや……仕事でずっと下を向いてたら身体が凝ったりしないのかなって」
「まぁ、あちこち凝っているな」
「それじゃあ、手を出してください」
「手……?」

 孫雁は疑いつつも、言われるがままに片手をこちらに差し出した。
 その手に触れる寸前で、らんかはぴたりと手の動きを止めた。そういえば以前、髪についた糸埃を取ろうとして、勝手に触れるなと苦言を呈されたのだった。

「練習台になってほしいので、触れても? さっき、必要なものは用意するとおっしゃいましたよね」

 彼は少しのためらいのあと、触れることを承諾した。
 そっと両手で彼の手を包み込み、両方の親指の腹を使って彼の手のひらを揉みほぐしていく。

「どうですか? 意外と上手いでしょう?」
「ああ、悪くはない」
「小さいとき、よく父の手や肩を揉んでいたんです。らんかは揉みほぐしの天才だ……って褒められたんですよ?」
「単純な奴め。煽てられて、いいように使われていたんだな」
「その言い方やめてください」

 憎らしさ据え置きの孫雁。彼は意地悪なことを言ってらんかをからかうことがある。けれどこういう小競り合いも、案外嫌ではなく、むしろ心地がいい。
 孫雁の手はらんかよりふた周りも大きくて、長い指は節ばっている。男性の手だった。

「父は優しい人でした。数年前に他界しましたけど」
「……慕っていたのだな」
「はい」
「ずっと……とても後悔しているんです。私は父に、何もしてあげられなかったから」

 誰にも打ち明けたことがなかった父の喪失について、なぜか彼に打ち明ける。
 伏し目がちな表情に憂いが乗ったのを、孫雁は見逃さなかった。

「少なくともお前の愛情は届いていたはずだ。人を失ったときの自己嫌悪や後悔は、誰しも経験する。そしてそれは、時間が解決してくれるものだ。お前の父はきっと、お前が嘆き悲しむより、毎日を幸福に生きることを望んでいるのではないか?」

 彼の言葉が、らんかの胸に染みる。憎らしいことばかり言うくせに、どうしてこういうときの声は優しいのだろう。触れる手は温かくて、父の死で凍っていた心の深いところが溶かされていくよう。

「ありがとう。――あなたにも、同じ言葉を贈りたいです」

 それは、樹蘭を喪ってまもない彼に。
 ふいに、らんかの脳裏に、先ほど書物の間から落ちてきた髪飾りが思い浮かんだ。

「……あの髪飾りは、樹蘭様に贈るためのものですか?」

 上級妃には、それぞれを象徴する宝石がある。樹蘭は紅玉だった。
 孫雁は少し間を開けてから答える。

「贈ってすぐに壊され、突き返されたんだ」

 彼が樹蘭に、あの髪飾りを送ったのは、彼女が後宮に入ってすぐのことだった。彼女は受け取って早々、こんなものはいらないと打ち捨てた。
 そして、片割れだけが孫雁の手に残った。

「捨てることもできず、あの場所にしまっていた。お前が見つけるまで忘れていたがな」

 そう言って苦笑する彼は、傷ついているように見えた。
 うっとりしてしまうほど、綺麗な髪飾りだった。孫雁が樹蘭を想って選んだのだろう。髪飾りを捨てられたときの彼の気持ちを考えると、胸が痛くなる。

(樹蘭様は皇帝陛下が心底お嫌いだったのね。陛下はそんなに……悪い人じゃないと思うけどな)

 不本意だが、孫雁に少しずつ心を許している自分がいる。父の死を打ち明けたのは彼が初めてだった。

 こんなに綺麗な髪飾りをもらえたなら、らんかは喜んで毎日着けていただろう。
 たとえ気に入ってなくとも、くれた相手の気持ちを踏みにじることはしない。そんな風に心の中で思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。 2/26 番外編を投稿しました。 読んでいただけると嬉しいです。 思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。 とてもとてもありがとうございます!!   

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。 本編完結済み。 続きのお話を、掲載中です。 続きのお話も、完結しました。

処理中です...