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しおりを挟むらんかが焼き芋を完食したころ、眠気に耐えかねた孫雁が眉間を手で押えながら言う。
「もう寝る。らんか、この後の予定は」
「特にありませんけど……」
なぜこの後の予定を聞くのだろうと小首を傾げつつ、そろそろ帰りますねと立ち上がると、孫雁に呼び止められる。
「待て。誰が帰っていいと言った?」
「えっ?」
「私は寝る。――が、お前もここにいろ」
「は……?」
孫雁は腰掛けに横になりながら、不躾に命じた。自分がいることになんの意味があるのだろうと思い、疑わしげな眼差しを向けると、孫雁が言う。
「子守唄を、歌ってくれるのだろう?」
「あれは冗談で……」
きっと彼はあの冗談を真に受けているのではなく、ただ単純にらんかのことをからかって楽しんでいるのだろう。不満に思いつつ、腰掛けの隅にちょこんと座る。
「もしかして、ひとりで寝るのが怖い、とか?」
からかうつもりで言ったのだが、彼は深刻な様子で沈黙した。
「あの、陛下……?」
「……樹蘭が死んでから、毎夜のように悪夢を見る。どうせ眠れないから、政務に没頭していた」
「そう……だったんですね」
夢の中に樹蘭が出てきて、全部お前のせいだ、と責め立てられるという。彼はこのままだと、本当に身体を壊してしまうのではないか。
らんかにも、そのような時期があった。部屋で一人寝台にに入ると、漠然とした不安感や恐怖が押し寄せてきて、寝付けなかったり、眠れたとしても浅い眠りを繰り返していた時期が。
彼は横たわり、らんかの腕を掴んだまま言った。
「お前が傍にいれば、眠れそうな気がする」
「分かりました。部屋から書物を持ってくるので、そのまま眠っていてください。お隣にいますから」
「ああ」
彼の心細さを察し、なんとなく放っておけなかったので、らんかは要求を承諾し執務室を出た。
らんかが本と大判の毛布を持って執務室に戻ると、すでに孫雁は眠りに落ちていた。よほど疲れていたのだろう。安らかな寝息を立てている。
(ふ。寝ていたら、子どもみたいな寝顔)
小さく口を開けた無防備な彼の寝顔を見下ろし、彼の身体に持ってきた毛布を掛けた。
それから、腰掛けに腰を下ろし、読書をして時間を潰した。しかし、しばらくして隣から小さく呻き声が聞こえ始めた。
「…………うっ」
それは孫雁の声だった。うなされているようだ。
彼の喉からくぐもった声が漏れ聞こえてくる。心配して書物を机に置き彼を観察すると、額に脂汗が滲み、整った顔を歪ませていた。
孫雁があまりにも苦しそうに顔をしかめているので、思わず彼の手をぎゅっと握って声をかけた。
「陛下、大丈夫ですか? 起きてください。陛下、」
何度か声をかけるが、孫雁は目を覚まさない。刹那、瞳から涙が一筋零れる。
「樹蘭、すまない……」
薄い唇から漏れ出た言葉に、はっとするらんか。毎日のように、樹蘭は彼の夢の中に現れて、彼のことを苦しめているのだ。
(どうして、この人のことを苦しめるの? 樹蘭様)
らんかは彼の名前を呼び続けた。肩を揺すると、ようやく孫雁は悪夢から目を覚ました。
「らんか……?」
「うなされてるみたいだったので、起こした方がいいかと思って……」
「……悪いな」
眠りながら泣いていたことに気づいた孫雁は腕を目元に乗せて、唇だけで答えた。
「樹蘭はよほど、私が憎いのだろうな」
「……」
らんかが沈黙していると、孫雁は上半身を起こした。
「……私も以前、よく眠れなくて悩んでいました。入眠時に胸が苦しくなったり、身体が震えたりして寝付けなくて。寝たら寝たで悪夢を見て目を覚ましてばかり。だんだん眠ること自体が怖くなっていきました」
「何か、悩みでもあったのか?」
「父が亡くなったころでした」
「……そうか。今は寝れているのか?」
「はい! 今日も快眠でした!」
「……一応、あの部屋は殺人現場なんだが。逆によく寝れるな」
父が逝去したのはらんかが高校生のころ。学校のこと仕事のことで忙しく過ごしていたときだった。
当時は相当な衝撃を受けていたが、弱った心と体に鞭打って仕事をしていたので、精神的な負担が溜まっていたのだと思う。
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