【完結】身代わり悪女ですが、殺されたくないので完璧を目指します。

曽根原ツタ

文字の大きさ
27 / 43

27

しおりを挟む

 恒例のように、らんかが孫雁の執務室へ報告に行くと、文英が戸の前で待っていて、今日は違う部屋に移動するようにと告げられた。
 彼に促されるまま連れて行かれたのは、応接間だった。金柱の光沢と彫刻が見事な室内。真っ先に目に止まったのは、ひときわ眩しい円卓だった。

 きらきらと宝飾品のように輝いて見えたのは、円卓の上に所狭しと並ぶ菓子だった。

「わあ……」

 和菓子に似ているものや洋菓子に似ているもの、けれどどれもらんかが目にしたことがない珍しい菓子だった。
 興味津々のらんかは、皿をひとつひとつ目で追いながら、どんな味がするのだろうかと想像する。

(これ、お餅の中に何が入ってるんだろう。それにこっちは……杏仁豆腐かな?)

 思えば、この世界に来てから菓子を一度も口にしていない。

「――好きな物を食すといい」

 そう声をかけてきたのは孫雁で、彼は横に立ってこちらを見下ろした。

「お前は役目をよく務めているし、褒美をやろうと思ったんだ。気に入ったか?」
「はい! 私、甘いものが大好きなので……!」
「!」

 満面の笑みを湛えて彼のことを見上げると、なぜか彼は戸惑ったように目を泳がせた。
 孫雁はこほん、とわざとらしく咳払いしてから、「単純な奴だな」と呟いた。

 らんから陶器の器に入った固形の菓子を選び、手に取った。
 スプーンでひと口すくって口に運ぶと、牛乳のこくがあり、なおかつ滑らかな口溶けだった。それは、らんかがよく知るプリンに似ていた。

「美味しい……! これ、なんていうんですか?」

 元々大きな目を更に大きく見開き、感激を前面に押し出して振り向くと、孫雁はまた戸惑ったように目を逸らした。

「……それは、双皮奶ションペイナイだ。牛乳と卵を混ぜ、蒸して作る」
「へぇ……。私の母国にも似たお菓子があります。プリンっていって、カラメルソースがかかってるんです! 生クリームや果物が乗ってるのも美味しいし、表面を焼いてあるのも好きで……」

 元の世界のプリンについてを説明しながら、双皮奶を食べ進める。
 孫雁は椅子に腰かけて頬杖を着きながら、楽しそうに語るらんかをじっと見ていた。彼が眺めるだけで自分は何も食べようとしないので、ひと口分すくって彼の口元に差し出す。

「陛下もひと口いかがです?」
「……!」

 そのとき、わずかに彼の頬が朱に染ったのを、らんかは見逃さなかった。思わずらんかはふっと笑い、いたずらに小首を傾げる。

「皇帝陛下でも――照れたりするんですね?」

 大勢の妃を抱えていて、女慣れしているものだと思っていたが、女の手ずから食べさせられることは気恥しいらしい。決まり悪そうな様子で、匙に口をつけた。

「茶化すな。照れてなどいない」
「あははっ、からかってごめんなさい。ただ、可愛らしい一面もあるんだなって思っただけですよ」
「…………」

 孫雁は、「お前といると、調子が狂う」と不満を口にしつつ、意外と満更でもなさそうな様子だった。くすくすと楽しそうに笑うらんかに、彼はおもむろに片手を伸ばす。
 らんかの頬に手を添えて、唇の横に付いていた双皮奶を拭う。

「口の周りに付いているぞ。相変わらずこどもだな」

 最初のときは、糸埃を取ろうとしたらんかを叱責してきたのに、今では彼の方が世話を焼いてくれている。孫雁はこちらを見つめながら目を細めた。

「お前は、笑っている方がいい」
「え……?」
「……その方が、愛いということだ」
「!」

 今度は、不意打ちで褒められたらんかの顔が赤くなる。二人はなんだかおかしくなって互いに笑い合った。

(変な感じ。たわいもないやり取りなのに私……楽しくてずっと笑ってる)

 らんかは孫雁と円卓を囲い、菓子を食べながら麗明に会った報告をした。一週間以上通って、ようやく今日は彼女が寝落ちせずに話ができたのだと。

 餡子が皮で包まれた月餅ユエピンという菓子を楊枝で丁寧に切って食べるらんかに、彼が言う。

「本来、楊淑妃は警戒心が強く自分の話をしない。お前は他人の懐に入るのが上手いらしいな」
「親しみやすい按摩師の演技、が上手いんですよ」
「ふ。さすがは名女優だ」

 本心が半分、からかって言っているのが半分、というところだろうか。
 月餅を食べつつ、ずず……と茶を飲むらんか。会話の最中にすっかり菓子に夢中になっていると、彼は微笑ましそうに見ていた。
 しかし、彼は真剣な表情に切り替えて告げた。

「――それから、お前に新たな務めを与える」

 面倒事の予感に顔をしかめ、口の中に詰め込んでいた月餅をごくんと飲み込む。

「ひと月半後、毎年恒例の宴が開催される。お前は皇后として、この宴に参加しろ」

 その宴に、大勢の人が参集すると聞き、ますますらんかの顔が険しくなる。皇后樹蘭であることを悟られないように、ずっと気を張り続けなければならないのだから。

「ええ……」
「分かっているだろうが、これは依頼ではない。命令だ」

 露骨に嫌がっているのに、無理やり押し付けられてしまった。
 沢山のお菓子を用意してくれて、実は少しいい人なのではないかと心が揺らいだが、やはり訂正する。

(ちょっといい人かもって思った私が愚かだったわ。流石は冷徹皇帝ね。強引なんだから)

 宴を開くための諸々の手続きは、官吏が行うのが通例らしい。だから、らんかがやることと言えば、ただ皇后として高いところに座しているだけ。
 しかし、演技をし続けなければならないので、らんかにとっては大変なことだ。

 現在、樹蘭は殺人未遂事件で隊長を崩して伏せっていることになっている。しかし、いつまでもその状態でいて姿を隠し続ける訳にもいかない。
 年間行事の公務も放棄すれば、周家の揚げ足を取りたい四代名家が黙っていないだろう。

「分かりました。そのお役目、謹んでお受けいたしましょう」

 当日の流れについてざっと説明を受ける。話が終わると、彼は退室するからと言って立ち上がった。
 らんかも、戸まで孫雁を見送りに行く。

「お前はゆっくりしていくといい。気に入ったものがあれば、またいくらでも用意させよう」
「いくらでも? ふふ、それだとぶくぶく太っちゃいそうです」
「お前はもっと食べてもいいくらいだ。では、私は行く」
「あ、待って」

 出て行こうとする彼の袖口をちょこんと摘んで引き留める。

「凛凛が樹蘭様の遺体の第一発見者なんですよね」
「ああ、そうだ」
「彼女のことを、もう少し調べてみてください。今まで上級妃お二人に会って来ましたが、凛凛が一番……怪しい気がします」
「……分かった」

 らんかの前で見せた、凛凛の不審な態度の数々。
 彼女の嘘や隠し事が明らかになれば、樹蘭殺害の真相に近づくような気がした。
 孫雁は頷き、応接間を出て行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。 2/26 番外編を投稿しました。 読んでいただけると嬉しいです。 思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。 とてもとてもありがとうございます!!   

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。 本編完結済み。 続きのお話を、掲載中です。 続きのお話も、完結しました。

処理中です...