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しおりを挟むらんかはその夜、もう一度孫雁に呼び出された。今度は、彼の寝室に。
もちろん、皇后樹蘭の姿で来る訳にはいかないので、美貌の宦官の格好をしてきた。
寝所は広く、贅沢な装飾が施されている。天蓋に支柱付きの寝台が中央にあり、几帳に人影が見えたと思えば、そこから湯浴み直後と思われる孫雁が現れた。
体の線が分かる薄着に、髪はうっすらと湿っている。蒸気した肌は、いつもより艶めいて見えた。
着崩れた衣から鍛えられた胸元が見えて、思わず両手で目を隠す。
(わわわ……すごい肉体美……)
しかし、わざわざ作った指の隙間から彼の肉体美をちゃっかり覗き見る。
「あ、あああの……? これは何のつもりです? 夜伽の交渉なら受け付けませんよ……!?」
「夜伽のよの字も言っていないが」
孫雁は呆れたように呟いてから、服を整える。
「鏡を探していただろう。お前に見せてやる」
「いいんですか……?」
「ああ。こちらへ来い」
以前、孫雁の執務室に忍び込んで鏡を探したことがあったが、そのときは彼に見つかって阻まれてしまった。
操魂の術に使う鏡は、李一族に伝わる家宝だと言っていたし、異世界人に易々と見せていい代物ではないことは確かだ。
鳩が豆鉄砲を食ったように拍子抜けしていると、彼はらんかの額をつんと押した。
「何をぼさっとしている。さっさと来い」
「は、はい……!」
大きく頷き、彼の背中に付いて行く。寝室の中には大きな飾り棚が置いてあった。彼はそこの真ん中の段に置いてある木の置物を取って、らんかに持たせる。
「これを持っていろ」
置き物の奥の壁に、文字が書かれた大きな円盤が。指先でくるくると回して操作すると、ある瞬間にかちゃりと音がした。飾り棚ごと壁が奥に動き、空間が現れる。
(仕掛け扉……!? こういうの初めて見た……)
物語でしか見たことがない秘密の空間に、ひっそり興奮するらんかだが、孫雁はごく自然に奥へと歩いて行った。
隠し部屋の中は整然としていて、古びた書物や骨董品などが並んでいた。
「ここは李家の当主、つまり皇帝だけが入れる秘密の部屋だ。文英すら入れたことはない」
「そ、そんな部屋に私が入っていいんですか?」
「またこそ泥の真似をされても面倒だからな」
「……もうしませんって」
特別扱いされたようで、一瞬舞い上がった自分が悔しい。仕方なく見せてやるんだと言わんばかりの態度に、むっと頬を膨らませるらんか。
(でも、本当にこそ泥扱いしてるだけの相手に、大事な部屋を見せてくれるものなのかな。特別扱いされてるって自惚れても……いい?)
寝室に二人きり。孫雁の後ろ姿を眺めている間、やけに加速していく鼓動は、期待を主張しているようだった。
そして彼は、隠し部屋の最奥の箱から、布が被さった鏡を取り出した。
近くで見ると、ずっと大きく感じる。緻密な模様が描かれ、曲線を描いた丸い鏡。らんかはこの鏡に吸い込まれて、日本から見知らぬ異世界へと飛ばされたのだった。
彼は、鏡面を撫でながら言う。
「皇家と四代名家はそれぞれ、家宝を持っているが、その情報は一切外に出さない。李家の家宝であるこの鏡によって、多くの人間が甦り――そして、死んできた」
「死んだ……んですか?」
最初に聞かされた話では、操魂の術は、死んだ者の魂を呼び戻して生き返らせる術だったはず。それなのに、死んできた、とはどういうことだろう。
すると彼は、決まり悪そうに目を伏せ、質問に答えずに話を変えた。
「好きなだけ見ろ。私の口で呪文を唱えなければ、術は発動しない仕様になっているがな」
「は、はい。ありがとうございます」
彼の腕の中の鏡にそっと手を伸ばす。らんかが鏡面に触れた瞬間、目がくらみよろめく。異世界に転移したときと同じ、鏡の中に吸い込まれるような感覚がする。
「らんか……!? どうした、しっかりしろ……!」
そのまま地面に倒れて、らんかは意識を手放した。
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