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しおりを挟む異世界に来てから、ちょうどひと月が経った。
日本にいたときは、むせ返るほど暑い真夏だったが、興栄国は日本の季節とは真逆の冬だった。こちらの国にも四季はあるが、冬の厳しさは日本を上回る。
ひと月で、この世界に転移してきたばかりのころより、更に気温が下がった。身体の芯まで凍りついてしまいそうなほどに。
天和宮の色彩は減り、冷たい風が葉を落とした木々に吹き付けている。
そして今日は――年に一度の冬至祭典。夏の祭事は皇帝が取り仕切るが、冬は皇后が主催し、天を祭る慣わしだ。
(あんまり寝れなかったな。どんな撮影や舞台でも、ほとんど緊張なんかしないのに)
寝台から下りたあと、重い瞼を擦りながら、火鉢の近くで身を温める。片手をかざせば、手のひらに熱が伝わった。
昼ごろから厳粛な儀式が始まり、それが終わると宴が開催される。
らんかは樹蘭として参加しなければならないが、驕慢な彼女なら、平気な顔をして儀式に遅刻して現れると考え、少し遅れて祈年殿に向かうつもりでいる。
それに、冬至祭典より先に行きたい場所があった。
女官の服を着て、赤茶けた鬘を被る。そしてそばかすを描き、田舎出身の下級女官を装い、正体を隠してひっそりと内之宮を出た。
宮殿の敷地内は、冬至祭典の飾り付けとして、石畳の脇に燈籠が設置された。らんかは歩みを止めて、暖色の輝きを放つ燈籠を眺めた。
「綺麗……」
夜になったら、もっと幻想的な景色になるのだろう。日本で暮らしていたころには見られなかった、異世界の不思議な文化にらんかの心は高揚する。
(この国も、素敵なところが沢山あるのね。もっと色んな景色を見てみたい)
今は身代わりで精一杯だが、もっとゆったりとこの国を満喫できたらいいのに、と内心で思う。
そうしてらんかが向かったのは、天和宮の施薬院。施薬院には薬を使って皇族に医療を施す医官がいる。
施薬院の建物に入ったらんかを、医官のひとりが出迎える。
女官のふりをしたらんかは、遠慮がちに要件を伝える。
「皇后陛下の命で参りました。いつものお薬を受け取りに……」
これは医官に鎌をかけただけ。樹蘭が薬を飲んでいたかどうかを、凛凛がはぐらかしたので、真実を確かめに来たのである。
らんかの言葉に、医官はごく自然に頷く。
「ああ、かしこまりました。すぐにご用意いたします」
彼は奥の調合房へと踵を返した。
(やっぱり、樹蘭様は薬を常用していた……)
用意された椅子に腰かけながらしばらく待っていると、医官が小包が乗った盆を持ってきた。
「蘇葉、好朴、茯苓、柴胡を調合したものでございます。幻覚や幻聴、不安感が特に強いときにお飲みください」
「これを、陛下はいつもお飲みになっていらっしゃったんですか?」
「え、ええ。そして陛下の症状について他言しないという言いつけもしっかり守っております」
「そう……ですか」
らんかは小包を受け取り、お礼を伝えた施薬院を出た。
「不安感、幻覚に幻聴……」
らんかの脳裏に、幻覚と幻聴に脅えて苦しんでいた父の姿が思浮かび、小包を握り締めた。
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