【完結】身代わり悪女ですが、殺されたくないので完璧を目指します。

曽根原ツタ

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 すると彼女はこちらの呼びかけに気づき、鏡を腕に抱き抱えてこちらを振り返った。鏡面に反射してらんかの顔が写る。そして、目の前に立っている女もまた、鏡写しのようにらんかそっくりだった。

(薄桃色の……羽衣?)

 彼女は、らんかも何度か着たことがある衣裳を着ていて、それに加え、見たことがない薄桃色の 麗糸レースの羽衣を身にまとっていた。

「あなたは一体誰に殺されたんです? 凛凛さんが言う通り本当は優しい人なら、どうして悪女のように振舞っていたんですか?」
「……」
「教えてください! 樹蘭様!」
「……」

 必死に訴えかけるが、彼女は置き物のように沈黙したまま。

「どうして……陛下のお気持ちに答えなかったんですか? 彼はあなたのことを今も深く愛し、苦しんでいます! 樹蘭様は、陛下のこと、ほんの少しも好きではなかったんですか……?」

 するとその刹那、樹蘭が赤い唇をゆっくりと開いた。

「なぜそなたが――興栄国に呼ばれたか分かるか?」
「え……?」

 言葉が届いていたことにまず驚き、次に予想外の問いに戸惑う。
 いぶかしげに眉をひそめると、樹蘭が更に続ける。

「李家の操魂の術は、今までほとんど失敗したことがない。なれど今回、妾ではなくそなたが呼ばれたのには、妾が生き返ることを拒んだからだ」

 操魂の術は、術をかける者の意思と、かけられる者の意思があって成り立つ者だと樹蘭は言う。多くの者は生き返ることを望むが、それを望まない者も中にはいるのだと。

「陛下のことが、嫌いだからですか?」
「違う。妾はあの方に並ぶには、まだふさわしくないからだ。そして、術が向かう先に――そなたを選んだ」
「どうして……私、なんですか?」
「そなたが、あの方に並ぶにふさわしい……妾だから」

 言っている訳が分からなくて、眉間の皺を濃くさせるらんか。
 すると樹蘭は、泣きそうな顔をしながら、形の整った唇を閉じた。

 そのとき、樹蘭が抱いている鏡が光を放ち始めた。強力な引力を感じながら、大きな声で訴えかける。

「待ってください! どういうことですか!? 樹蘭様、ちゃんと分かるように説明してください!」

 眩しい光の奥で、再び彼女の唇が動く。

「妾を殺した犯人は――」

 そこまで言いかけたとき、らんかは鏡の中に完全に吸い込まれていた。


 ◇◇◇


「はっ……」  

 目を覚ましたらんかは、性急な動きで半身を起こした。寝台に寝かされていたらしく、上掛けが滑り落ちる。
 ぼんやりとしているらんかを孫雁が抱き締め、声をかけた。

「よかった……気づいたか」
「陛下……?」

 切々とした彼の声には、安堵が滲んでいた。孫雁がらんかのことをそこまで心配してくれていたことに驚く。彼はそっとこちらの身体を解放して尋ねた。

「気分はどうだ?」

 辺りを見渡すと、そこは彼の寝所だった。

「医官をすぐに呼ぼう」
「平気です。なんともありませんから。それより、私のこと……心配してくださったんですね。嬉しい……」

 あっけらかんと微笑むと、彼は肩を竦める。

「……自分でもよく分からない。お前が二度と目を覚まさなかったらと思うと、胸が張り裂けそうだった」

 彼は樹蘭を失ったばかりで、身近な人を失うことに恐怖心があるのかもしれない。孫雁が心にかけていてくれたことで、胸の奥が暖かくなる。夢の中では散々樹蘭に嫉妬していたのに。

(やっぱり私、陛下のことが好きなんだわ。これ以上は自分の気持ちを偽れない)

 孫雁の心の片隅に、ほんの少しでも自分の存在がいて、ほんの少しでも必要とされていたららんかは満足だ。

「大丈夫。私は強くてしぶといので、簡単にいなくなったりしませんよ」
「そうだな。お前はそういう奴だったな」

 孫雁は小さく微笑みを浮かべた。
 それかららんかは、鏡に吸い込まれたあとの夢の中で、樹蘭と孫雁が出てきたのだと説明する。

「この術で本人以外が召喚されたのは異例だ。だから、呼ばれなかった本物の樹蘭の魂とお前の魂に、鏡が反応を起こしたのかもしれないな」
「…………」

 お前が見たのは樹蘭の記憶だろう、と彼は付け加える。
 らんかはそっと額を手で押さえた。

(私が樹蘭様の代わりにここに来た意味って……なんなんだろう)
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