人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第三部 小さな国の人質王子は大陸の英雄になる

第61話 アナベル・ドルフィン

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 帝国歴531年5月31日。
 ギリダートの西門の上で、フュンは王国の兵士と民たちを見送る。
 ぞろぞろと移動する一行の目的地は王都リンドーアであろう。
 真っ直ぐに西へ進めばババンなので、彼らは王都を目指していると思われる。
 ここが予想となっているのは、出て行く先を指定していないからだ。
 民たちは、自分の好きな場所へ向かっているのだ。

 五十万都市のギリダート。
 その内の三万がここから出て行った。
 都市の半分くらいの人間が出て行くとばかりに思っていたフュンは、意外だなと感じていた。
 もっと出ていくはずの計算をしていて、これはもしかしたら、戦争の影響が一般人にまで、響いていない事が、この結果に結びついたのかもしれない。
 融合に向けて、この一歩目は大きい。
 およそ五十万。
 この人数が、王国人から帝国人になる事は、今後の為に非常に大きな役割を果たしてくれるだろう。

 「フュン様。この結果で、よろしいのですか」

 隣に立つクリスが聞いた。

 「ええ。よいです。皆さんが選択する。そして、自分が考えた結果で満足する。ここが重要です。人の意思を強制することはいけません。それでは真の意味での大陸人の融合が出来ませんからね。僕らは共に生きなければなりません。征服ではなく、協力。これが僕の信念で、それが、シルヴィアが目指す。次の帝国となりますから」
 「わかりました。もう何も言いませんよ」
 「クリス」

 フュンがクリスに顔を向けた。

 「はい」
 「クリス。本当は、僕に助言したいんでしょ? あなたは、いつも僕の心配をしてくれますからね」
 「・・・はい。そうであります」
 「わかっていますよ。戦いが始まっていますからね。僕を恨む人が出て来るかもしれないから、あなたは心配なんでしょう」
 「当然です。ご存じでしたか」
 「はい。でもその心配は、僕にはいりませんよ。王国の民たちが、僕を恨もうが、僕を殺したいと思っても。僕にはそんなことは関係がありません。これはサナリアの融合の時と同じですよ。それに、僕は皆で大陸を発展させたいのです。その目標の為には、僕がどうなろうが知ったこっちゃない。僕は死んでもやり遂げる。これだけは必ずです。アーリアの未来を作るためにね」

 普通の考えをしているフュンは、普通の感覚を持っていなかった。
 特に精神力。ここだけが異常であった。
 弟を倒した時、ナボルを殲滅した時、これらの時と同じくらいの強い決意で、皆を平和へと導こうとしていた。

 「フュン様は、絶対に死なせません。私がお守りします」
 「ええ。ありがとう。でもクリス。あなたは僕よりも先に死んだら許しませんよ。君とゼファーはね。僕の大切な友人だ」
 「はい。わかっています。しかし私は必ずお守りします。そして、フュン様が作る未来。そのお手伝いがしたいです」
 「ええ、お願いしますね。クリス」

 フュン・メイダルフィアの頭脳クリス・サイモン。
 英雄の隣に立つために、命を惜しまず努力を続ける男である。

 「では、クリス。ここからが勝負。手配は?」
 「はい。全て始まっております」
 「よろしい。やりますよ。ここからが真のギリダート攻略戦争だ」
 「はい」

 帝国の真の正念場となる。
 サナリアの箱舟計画最終段階で行なわれる戦争。
 ギリダート攻防戦の準備が始まっていた。
 それは、ありとあらゆる方向から、仲間たちが稼働していく事となる。


 ◇

 ギリダートとリリーガは、アーリア大陸中央のアーリアで一番大きな湖、フーラル湖の近くに作られている大都市である。
 ギリダートの東門。リリーガの西門を開ければ、目の前が湖。
 そんな環境の両都市は、今まで湖を上手に利用できなかった。
 それは、ひとたび門を開けて、船を取り出してしまえば、戦争であると勘違いさせてしまうためである。
 両国にとって、船を利用する考えなど、思い浮かばないのである。
 だが、今は、双方の都市が帝国の物となった。
 だから、適切に湖を利用できるのだ。

 フュンは東門の壊されていない場所に立つ。
 
 「来ましたね。輸送船団!」

 勝利後初の輸送部隊が到着した。


 ◇

 リリーガの船団を率いていたのは、涼しい顔をしたアナベル・ドルフィンだった。
 
 「フュン様!」
 「ん・・・え!?」

 思わぬ人物と遭遇してフュンが驚いた。

 「バルナ様!? な、なぜこちらに???」
 「ふゅ、フュン様、しずかにっ! 私の名前は駄目ですよ」
 「ああ。そうでした。アナベル様」
 「それも駄目です。アナベルにしてください」 
 「い、いえ。ですが・・」
 「あなたはこの国の大宰相。私はただのリリーガの住民ですから」
 「いやいや、ですが・・・」

 アナベル・ドルフィン。
 元はバルナ・ドルフィンで、ウィルベル・ドルフィンの一人息子。
 あの事件から、アナベルは父であるウィルベルから最高の教育を受けて育ち、内政官として働けるレベルの成長を果たした。
 才があるのは間違いない。
 しかし、帝国最大の裏切り者の子。
 でも、フュンに対して感謝と尊敬の心を持つ忠臣だ。

 内政の天才であるウィルベルから一人前の評価を貰い、自信をつけた彼は、父を殺さずに生かしてくれたフュンの為に仕事をしたいと父と母に告げたことで、そこから両親が、リナに息子を託したのである。
 今のアナベルは、彼女の下で働いている。
 彼女には子供がいないので、バルナを養子として、アナベルと名乗らせて後継者に指名した。
 その理由はウィルベルの子供であるとされると、今後で何かと面倒が起きるかもしれないとの理由からだった。
 本人としてもそれを承諾して、心機一転の構えでフュンに仕えるために、リナの元で修行をしている。

 「駄目ですよ。フュン様。私はアナベル。バルナなどではありません!」

 屈託のない笑顔に、フュンが屈した。

 「そ、そうですよね・・・大変申し訳ないです」
 「それも駄目です。敬語禁止ですよ。あなた様の方が上だと、何度も私は言っていますよ」
 「ご、ごめんなさい」
 「ええ。駄目ですよ。もっとちゃんとしてください」
 「はい」

 アナベルは律儀な男であった。

 「では、アナベルさ・・・」

 フュンが、アナベル様と言いかけると。

 「ん!」

 アナベルが睨んだ。
 フュンが申し訳なさそうな顔をする。
 
 「ごめんなさい。アナベル。どのような準備で、こちらに来てくれましたか」
 「はい。フュン様」

 アナベルが笑顔になる。
 命令されて嬉しいのだ。

 「それでは、まずですね。あちらの報告から行きたいと思います」
 「はい。どうぞ」
 「リリーガは現在。橋の建築工事を開始しました。フーラル湖の北側。フーラル川河口付近の距離が一番近い場所でありますので、遠からず近からずの場所ですが、そこからはじめました。物資は、あらかじめ作っておいた建築資材です。それらを運搬し、あとは組み立て。これには時間を要しませんが、こちらでは既に始めている段階です。そして工期を短縮するには・・・」
 
 フュンが納得した。

 「ええ。そうですね。こちら側が重要。なので、ここでの戦争が一番重要ですね」
 「はい。そうなっています。フュン様がギリダート付近での戦いを制したら、こちらでも橋を作り上げたいと思っています」
 「ええ。そこは僕がなんとかしましょう。出来るだけ短い期間で橋を構築したいですからね」
 「はい。そこはフュン様にお願いしたい所ですが、ここはですね。次の報告と重なります」
 
 アナベルは続けて報告する。

 「次に、兵士たちを派兵しています。サナリア軍。帝都軍。この両軍に加えて、リリーガ軍を少々連れて私がこちらに来ました。こちらの軍の一部に彼らを編入してください」
 「ん??? あ、ありがたいですが・・・アナベルもですか!?」
 「はい。私も参戦します。そのために彼を呼びました」
 「彼???」
 
 アナベルの隣をゆっくりと歩く男性が、頭を下げる。
 
 「この方は? どなたで??」
 「マルベルさんの一番弟子。ミルラです。ミルラ・コーラルと言います」
 「ん」

 アナベルが紹介すると、ミルラは『ん』と言って、さらに深々と頭を下げた。

 「まさか・・・この方もあまりお喋りをしない方ですか?」
 「はい。そうです。血も繋がっていないのに、何故かマルベルさんに似てます」
 「え? ど、どうやって指揮をするのですか? 難しいのでは」
 
 護衛ならいいけど、軍の指揮は取れないのではないか。
 誰もが思う。当たり前の質問をしたフュンであった。

 「大丈夫です。私が考えて、彼が実行するだけなので、軍としては機能します。それに、リリーガ軍は後方支援の軍でしょう。サナリア軍。帝都軍の裏に穴が出来ないようにするために動けばいいはずです。どうでしょうか?」
 「さすがだ。なるほど。よく分かってらっしゃる・・・流石はウィルベル様のお子様」 
 「フュン様。駄目ですよ。父上の話をしたら」
 「あ。そうでした。ごめんなさい」

 どちらが上か分からない会話の後。

 「最後に、サナリアの建築部隊も連れてきていますよ。修復・・・いや、ここを改修するのですよね」

 アナベルは壊れたギリダートの東門を見た。
 大砲の連射で粉々に砕け散った後は、新たに建築するのと変わらない作業だ。

 「そうです。よくお気づきで」
 「はい。ここ数年のフュン様の内政情報を読み取っていましたので、あなた様のやりたいことをなんとなく予測していました。建築物資が異常にリリーガに運ばれていますし、特に鉄が来ていますもんね。何か強靭な物を作るのかと思ったらですね。一つ思いついたのが、ここの壁でした。大量の鉄。それはギリダートの壁の修繕しかないですよね・・・」

 アナベルに聞こえないようにフュンが呟く。

 「て、天才か・・・この子は・・・数字の動きだけで気付くの??」
 「それで、おそらく先発隊の輸送部隊の物資では足りない部分が出て来ると思いましたので、今の輸送船団の中に、補強材をもってきました。それと私が、ライノン様と協力して、さらに鉄の輸送ルートを構築して、もっと速く輸送出来るように調整しておきましたので、次の輸送船団の中には今の倍の鉄を持ってきます」
 「え!? い、いつのまに・・・」
 「はい。私とライノン様は。こうなると予測していましたので、あらかじめ考えていたルートがあったのです」
 「あ。そうですか。ありがとうございます」

 呆れたわけじゃないが、あまりの手際の良さに、フュンの口が開いたまま塞がらなかった。
 
 アナベル・ドルフィン。
 彼を手に入れたフュンは、帝国を更に発展させることが出来るようになった。
 内政の天才ウィルベルの才を余すことなく受け継ぎ、リナと共に皇帝夫妻に忠誠を誓う者となって帝国に帰って来た。
 もしも、あの時にフュンが、ウィルベルを殺す決断をしていたら、アナベルという男の誕生はなかっただろう。
 帝国にとって、そして英雄フュンにとって、非常に重要な人物となっていくのが、かつての敵の子供アナベルである。
 人を大事にするフュンならではの。
 アーリアの歴史の中でも非常に珍しい部下なのだ。

 「はい。こちらこそ、フュン様。何かありましたら連絡してください。あとこれから私は、都市の地形確認と、物資の運搬をしますので、失礼します」
 「あ、はい。お願いしますね」
 「はい。おまかせを」

 報告を終えたアナベルは次の仕事に向かった。
 ギリダートの経済状況と、都市の治安の維持。
 そして都市周辺の詳細地図の把握を優先して行動を起こす。

 ギリダートは、この先の戦争に耐える事が出来る経済状況なのか。
 耐えられないのであれば、リリーガから救済措置を施さないといけない。
 色々な問題があるならば、あの手この手でテコ入れをしようと、アナベルは都市の中に入っていった。
 
 
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