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27.恋愛脳は今日も絶好調、のようです。
しおりを挟む「難しかった・・・です」
外語の小テストが終わり、無事答案を提出した私は、脱力の余り思わず呟き、こてんと倒れて机と仲良しになってしまう。
「大丈夫か?ローズマリー」
そんな私を気遣って、隣のウィリアムが声を掛けてきた。
「ウィリアムは、外語、得意よね」
つい、胡乱な、というか羨ましさ全開の声になって見てしまったのは、昔馴染みのウィリアムだからだと思う。
ウィリアムは、小さな頃から外国に興味を持ち、外語の才能を発揮させていた。
その思い出が蘇る。
「ああ。小さな頃に興味を持って、それ以来得意だな。思えば、ローズマリーのお蔭だ」
「何で、私のお蔭なの。ウィリアムの努力じゃない」
おかしなことを言う、と私が言えばウィリアムが苦笑する。
「だってほら、君は小さい頃から僕の話を喜んで聞いてくれただろう?それこそ、外国の話を」
「それは本当に楽しかったから。それにしても、それでも私は外語が苦手、って問題かしらね」
外国の話は楽しく聞いても、外語を学ぼうとは思わなかった。
それが、ウィリアムと私の今の差なのではないかと思う。
「皆さん。今日は、ここまでにしましょう。小テストの結果をお楽しみに。うふふ」
授業終了の合図と共に、外語の先生が、うふふ、といつもお馴染みの笑みを浮かべて教室を去って行く。
「うふふ、が怖い」
否、本当に怖いのは今日の小テストの結果だと、戦慄しつつ次の授業の準備をしていると。
「なに小テストなんかでそんな真剣になってんの?莫迦みたい」
そんな声がして、両手を腰に当てた激烈桃色さんが私の机の前に立った。
「え?真剣に受けますよね?成績に反映しますし、第一勉強するために学園に来ているのですから」
当然のこと、と私が言えば激烈桃色さんが大きなため息を吐いた。
「なに優等生みたいなこと言ってんの。こんなしょっちゅうあるテストなんて、そんな気にしなくていいでしょ」
「残念ながら、私は気にしなくてもできるほど勉強が得意ではないので、毎回必死なのです」
激烈桃色さんは余裕だったのか、と思いつつ私が言えば。
「ふうん。大変ね」
激烈桃色さんが、憐れむように私を見た。
うう。
居たたまれない。
「マークル嬢。今日の小テストの最終問題、どう答えた?」
もっと勉強しよう、と思っていると隣のウィリアムが不意に激烈桃色さんに尋ねた。
今日の小テストの最終問題、ということは、今回必須の定型文を入れて自国の文化について自由に語れ、というあれですね。
難しかったです、特に、とても。
「そんなの答えてない。っていうか、あたし名前しか書いてないし」
思っていると、あっけらとした激烈桃色さんの、信じられない声がした。
「名前しか、書いていない?」
信じられなさ過ぎて、思わず鸚鵡返しに言った私の背後に激烈桃色さんの視線が移り、目に見えて甘えた表情になる。
「ねえ、パトリック。可愛いあたしには、勉強なんて必要ないって言ってくれるんだよね。それでも同じクラスでいたいから、僕のために頑張って、って」
そして、ぽかんとしたままの私を通り越してそう言った。
「ローズマリーは、外語が少し苦手だよね。大丈夫、僕が教えるから安心して。早速今日、僕の部屋に来るといい。一緒に復習をしよう」
そうか、激烈桃色さんが背後を見ていると思えばパトリックさまがいらしたからなのか、というか『僕のために頑張って』とパトリックさまが激烈桃色さんにおっしゃるのか、それは聞きたくないな、と現実逃避するように思考を何処か遠くに飛ばしていると、パトリックさまは私の肩を後ろから抱き寄せて、そう提案してくれた。
「はい!よろしくお願いいたします」
外語を教えてもらえるのはありがたい、是非に、と私は現金にも速攻反応して頷いてしまった。
え?
あら?
今、激烈桃色さんがパトリックさまに言ったことへのお返事は?
『僕のために頑張って』はどうなるのですか?
頷いてしまってから思ったけれど、パトリックさまが気にされる様子はなく、にこにこと私を見つめている。
「うん、ローズマリー。いい返事だ。一緒に頑張ろうね」
「ちょっとパトリック!あたしに教えてくれるんじゃないの!?っていうか、あたしを部屋に呼ぶんでしょ!?そこは!」
<激烈桃色さんへのお返事は疑問>の浮かぶ私へと、変わらず優しい笑みを向けるパトリックさまに、激烈桃色さんが叫びをあげる。
「どうして僕が、ローズマリー以外の女性を部屋に招かなくてはならないのか、意味が判らない」
そして漸く返った答えは酷く冷淡なものだった。
しかも、冷たく一瞥しただけ。
激烈桃色さんと、視線を交わそうともしない。
いつか、この声と態度で断罪されたら、私、それだけで死ねそう。
思ってしまうほどなのに、激烈桃色さんはダメージを受けた様子も無い。
「マークルさん。男性は、みだりに女性を部屋に招いたりしないものです。品性を疑われますから」
アイビィさんが言っても、激烈桃色さんは理解し難い表情をしている。
なので。
「わたくしたち女性も、家ではそうしていますよね?自室に家族以外の男性は余りお招きしないでしょう?男性も同じなのです。ここでは女子寮は男子禁制ですから判りづらいかもしれませんけれど、家でのことを考えればよいのではと思います」
少しでも参考になったら、と思い、補足するように私は言ったのだけれど。
「そういう問題じゃないんだって。パトリックは、あたしを部屋に招くの。それで一緒に勉強するのよ。あたしに合わせて、あたしが判るように優しく甘く。大好きなあたしと一緒のクラスでいたいから。それが正解なの」
激烈桃色さんは、尚もそう言い切った。
「そんな予定があるのか?ウェスト公子息」
「無い」
ウィリアムの固い声に、簡潔で冷淡なパトリックさまの声が返る。
ぴりぴりとした、その空気。
パトリックさまが、激烈桃色さんが言うような予定はない、とはっきり言い切ってくれて嬉しい。
ウィリアム。
聞いてくれて、安心させてくれてありがとう、なのだけれど。
なんでしょう?
この牽制し合うような、警戒態勢。
やはり、お家のことでなにかあったのかしら。
私に出来ることとか、あればいいのだけれど。
仲良くしてくれたら嬉しい、と思うふたりの態度に、私はあわあわしてしまう。
「それにしても、答案用紙に名前だけ、なんて。本当なの?マークルさん」
アイビィさんが、冗談よね?という期待を込めた声と表情で激烈桃色さんに聞いた。
「だって判んないんだもん」
「それは、Aクラスの問題ですから難しいとは思いますが、クラス分けテストで好成績を残した実力があるでしょう?」
確かに、クラスによって小テストの問題は異なる。
そのクラスに相当する実力があるのかを確かめるのだから、それは当然と言える。
だから、Fクラスだった激烈桃色さんにとって、Aクラスの問題が難しいと感じることはあるかもしれない。
けれど、Aクラスに振り分けられる実力があるのなら、まったく回答できないということはない筈では、とアイビィさんが不思議そうに眼鏡の縁に手を当てた。
「だって、クラス分けテストは知ってたから出来たんだもん!」
激烈桃色さんの言葉に、ウィリアムの眉間にしわが寄る。
「知っていた?どういうことだ?」
不正か?とクラスがざわめくなか、激烈桃色さんが胸を張った。
「どんな問題か、何周もしたから結構覚えてたの!でも他のテストなんて出てこなかったから知らないし、それでもテストがあるから、問題見たら判る仕様なのかなとか、回答が浮かんで来る仕様なのかなと思ったのに、そういうの何もないんだもん!答えられるわけないじゃない!やったことないんだから、出来なくて当然でしょ!っていうか、きっとそれを何とかしてくれるのがパトリックやアーサーなのよ。大好きなあたしのために」
「何を言っているのかよく分からないが、クラス分けテストは先に問題を教えてもらっていて、他のテストもそうなる筈だった、と君は言っているのか?」
ウィリアムの言葉に、クラスみんなの視線が激烈桃色さんに向く。
「教えてもらってたわけじゃなくて、何度もやったから知ってたんだってば!」
「何度もやった?」
「そうよ!すっごく苦労したんだから!」
激烈桃色さんは得意げだけれど、話の要領は得ない。
「ウィルトシャー級長。一応、先生に言ってみましょう。みんなも、それでいいかしら?」
アイビィさんの言葉に、みんなが頷く。
「ああ。席、代わりたい。ローズマリーの隣がいい」
何周も、というのはよく分からないけれど、物語の関係で激烈桃色さんは知っていたのかもしれない、と予想しつつも、まさかの不正疑惑にどきどきしていると、耳元でパトリックさまの甘えるような声がした。
「ぱっパトリックさま!」
必死に声は抑えたけれど、心臓は更にどきどきを増してしまう。
「ローズマリーが心配することは何もないよ。大丈夫」
けれど見上げれば、安心させてくれるパトリックさまの優しい笑顔があった。
そして。
あ、今。
教室でなかったら、髪にキス、してくれていたかも。
私の髪へと、少し浮いたパトリックさまの手を見つめ、私はそんなことを思った。
不正疑惑真っ只中の教室にて。
今日も、恋愛脳は絶好調のようです。
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