悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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56.側面のお話<課題提出と迷惑な令嬢達>パトリック視点

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「はあ。これで完成、だな」 

「ああ。漸く、な」 

 課題を兼ねているとはいえ、公務なのだから教本通りにいかないことなど多いのは当たり前だし、色々な実務経験をさせてもらえるのは正直有難い。 

 しかし今回のこれは『本当に学生たる俺たちに任せて良い案件なのか?』 

 という疑問が浮かぶほどに重要且つ困難な政務だった。 

 それでも俺とアーサーは、期日ぎりぎりではあるが、最終の報告書を書き上げることが出来て安堵のため息を吐く。 

「間に合って良かった」 

「まあ、これで宰相閣下に不可を出されなければ、だがな」 

 自信がありつつも俺が言えば、アーサーも再び表情を改める。 

「では、提出に行こうか」 

「ああ」 

 アーサーの言葉を受けて戸締りを済ませると、俺はしっかりと書類を手にしてから、入口で護衛を従えて待つアーサーの元へ向かった。 

「ここから転移できると楽なのにな」 

「まったくだ」 

 公務の遣り取りの際には、転移魔法の使用が認められている。 

 王城と学園を馬車や馬で行き来するよりも速いうえに、漏洩の危険性も格段に減るためなのだが『校舎内から転移する場合、職員室を起点とすること』という規約がある。 

 これが、面倒であること限りない。 

 執務室から直接転移できれば本当に楽なのに、と思いつつ、今日も職員室を目指して廊下を歩く。 

 そして歩けば案の定、面倒の素であるリンジー伯爵家の令嬢とその一団に行き会う。 

 

 これさえ無ければ、校舎内の歩きなどまったく問題ないのだが。 

 

 思っていると、リンジー伯爵令嬢が戸惑うことなく近寄って来た。 

「アーサー殿下、パトリック様。お会いできるとは思ってもおらず、大変に嬉しいですわ。広い校舎のなか偶然に行き会う。これも運命なのでしょうか」 

 

 張っていたくせに、よく言う。 

 

 うっとりと言う彼女に、心のなかでは、けっ、と思いつつも隣のアーサー同様、表は社交用の笑顔を浮かべれば、令嬢方がざわめいた。 

 これは、今日は一緒にお茶を飲めるのでは、という期待の籠ったざわめきだと分かる。 

 しかし今日の俺とアーサーには、無敵の文言がある。 

「まだ公務の途中なので、これで失礼します」 

 社交用の笑顔のまま俺が言った瞬間、ざわめきが凍り付いたように静かになった。 

 流石に公務を邪魔するほど、愚かではないらしい。 

「では、失礼」 

 アーサーも笑顔のまま令嬢達の間をすり抜け、再び俺の隣に並んで歩き出す。 

 その顔が、大変に険しい。 

「リンジー伯爵令嬢も、なかなかにしつこいな」 

 件の<虹色のトマト>の時も『もし同じクラスだったなら、わたくしがアーサー殿下のクイーンだったのに』と吹聴して歩いていたと聞くし、何かにつけて自分こそは王妃となるに相応しい、と言っているらしい。 

 あの学業優秀にして、厳しい妃教育を完璧に熟しているリリー嬢に対抗しようとは、大した度胸だと思う。 

 尤も、器が小さすぎてリリー嬢とは比べるべくもない、と理解していないのは本人とその家族ばかりなのだが。 

「パトリック。お前、他人事のように考えているだろう?お前だって、令嬢達に狙われているくせに」 

 呑気に考えていると、アーサーが苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。 

 途端に思い出す、猛禽類のような令嬢達。 

「ああ。話が通じない、という点では激烈桃色迷惑女と大差ないよな」 

 思わず遠い目になって言うと、アーサーが大きく頷いた。 

「余り邪険にするわけにもいかないし。本当に煩わしい」 

「まったくだ。俺はローズマリーだけいればいいのに」 

「僕も、リリーだけでいい」 

 俺とアーサーはしみじみ呟き、深く頷き合った。 

 

 

 

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