59 / 136
59.側面のお話<繋がる>パトリック視点
しおりを挟む「ウェスト様」
ローズマリーの寮の部屋。
その、廊下へと続くドア付近に前触れ無く転移した俺。
つまりは、突如ローズマリーの部屋に出現した俺を見た侍女は驚いたように目を見開いたが、流石侯爵令嬢付きというべきか、その動揺を一瞬で抑え、俺を迎えるべくしっかりとした足取りで歩み寄って来た。
「話は、ウィルトシャー殿から聞いている。今からここで探知を行うから、その間、誰もこの部屋に入れないでくれ」
きちんとした礼を執ろうとした彼女を片手を軽く挙げることで制し、俺は早速ローズマリー探知にかかる。
「かしこまりました。ウェスト様。お嬢様のこと、よろしくお願い申し上げます。わたくし如きが言うことではない、と承知しております。ですが、どうぞ何とぞ」
突然ローズマリーが消えて、上位魔力保持者のウィルトシャー級長をもってしてもその存在を探知することが出来なかった。
そのことが焦燥を加速させているのだろう。
顔色悪く震える声で言う侍女と共に、護衛も大きく頭を下げた。
「ローズマリーは、必ず僕が助ける。ポーレット侯爵の元へはウィルトシャー殿が向かってくれた。君達は、いつローズマリーが戻ってもいいように準備を整えておいてくれ」
考えられるのは、魔力が枯渇していること。
その状態によっては命を救うことも難しくなる。
けれど、ローズマリーが消えてからまだそこまで長く時間が過ぎたわけではない。
ローズマリーの魔力量は多い。
早く救い出せば、それだけ吸いあげられる魔力も少なく済み、命の危険も遠ざかる。
魔力の減少が微量で済めば食物から補給することも出来るし、もし食物で補えないほど吸いあげられていたとしても、魔法核が枯渇しきっていない限り俺が魔力を分けることが出来る。
だが万が一魔法核が枯渇するほどに魔力を吸いあげられていた場合には、それらすべてが行えない。
ローズマリーの命を繋ぎとめる術がすべて無くなるのだ。
考えれば身が震えるほどに心配になるけれど、そうならない為に今、早急に動くのだと俺は決意を新たにした。
誰より愛しくて大切な存在。
俺の宝物。
ローズマリー。
今、行く。
念のため、ドアからも窓からも死角になる位置に立ち、俺はゆっくりと意識を沈めていく。
求めるのは、ローズマリーがその身に纏う魔力。
優しく温かく、俺にとってかけがえのないそれを求めて、俺は探知の網を広げていく。
ローズマリー。
呼びかけに答える声を探して、俺は無意識にポケットに入れてある魔道具に触れた。
懐中時計に模してある、というか懐中時計そのものでもあるそれは、ローズマリーに渡した指輪と連動している。
ローズマリーに何かあれば、あの指輪が反応してこの懐中時計が震え点滅する仕組み。
それなのに懐中時計は、今も何も危険を察知せず、静かに懐中時計としての役目のみを果たしている。
まだ、魔力を吸いあげられていないのか?
恐怖はないのか?
ローズマリー。
何処に居る?
ひとり異空間に放り込まれたローズマリー。
さぞ心細い思いをしているだろう彼女を想えば、胸が塞がる。
俺が、傍に居れば。
唇を噛み締め、俺はローズマリーの気配を探る。
ローズマリー。
俺だ。
君のパトリックだ。
返事をしてくれ。
祈るようにローズマリーの名を呼ぶ。
この世の何よりも、大切で愛しい存在。
長い間会いたくても会えず、その声を聞きたくとも聞けなかった。
ずっと、他者に向けるその可愛い笑顔を俺に向けて欲しいと願っていた。
そして、漸く叶ったその願い。
それは、これからも続いていく俺たちの時間。
ローズマリー。
誰であろうと、俺からローズマリーを奪うことは許さない。
そんなことは絶対にさせない、と思うも、なかなかローズマリーを見つけられないことに焦りが募っていく。
ただひたすらに過ぎていく時間。
こうしている間にもローズマリーが、と思えばじっとなどしていられない衝動に駆られる。
拳を握ってその衝動を抑え、今取れる唯一の手段である探知を行う。
けれど、これほどに呼びかけてもローズマリーの気配を感じることが出来ない。
俺の呼びかけばかりが響く世界は酷く冷たく感じられ、俺は気力が衰えるのを感じた。
ローズマリー。
頼むから、返事をしてくれ。
無限にも感じる時間。
見つからないローズマリー。
焦れば焦るほど、集中力に乱れが生じる。
そうすれば、その隙を突くよう、魔力を吸いあげられるローズマリーの姿が脳裏に浮かんだ。
一度だけ、触れるほどに近くで感じたローズマリーの魔法核。
その優しく強い魔法核が、魔力を完全に吸いあげられて干からび消えて行く恐ろしい幻影。
『パトリック・・・さま』
ローズマリーが、苦しさに喘ぎつつも俺を呼び、可愛い顔が苦しさに歪む。
『・・・パト・・リック・・さ・・ま』
助けを求めるように俺へと伸ばされる白い手が、ゆっくりと漆黒の闇に呑み込まれて行く。
「ローズマリーっ!!」
危うく幻影に取り込まれそうになり、俺は一度目を開けて頭を強く横に振った。
無理だ、駄目だと思った時点で負ける。
そんな男に、ローズマリーの傍に居る資格は無い。
自身を強く叱咤し、俺は再び集中し直して、ローズマリーの気配を探る。
ゆっくりと広げる探知の網。
ローズマリー。
俺に気づいて。
ローズマリー。
俺を呼んで。
ローズマリー。
俺を求めて。
ローズマリー。
ローズマリー。
大好きだよ。
ローズマリー。
繰り返す呼び掛け。
過ぎていく時間。
焦らないように。
けれど、迅速に探知の網を広げて。
そうして、どれだけの時が流れたのか。
『・・・・・』
微かに感じた、ローズマリーの気配。
「っ!ローズマリー!」
そのことに狂喜した俺は、更に探知に集中した。
膨大な場所のなかから、漸く探すべき区域を見つけた、その喜びが湧きあがる。
これなら、ローズマリーを見つけられる!
「ローズマリー!あと少しの辛抱だ!」
叫んで、俺は無意識に懐中時計を強く握り締めた。
「ローズマリー。俺はここだ」
強く言った瞬間、懐中時計が熱くなり、俺は、俺の魔力とローズマリーの魔力が繋がるのを感じた。
そうして、部屋に光が溢れて。
「ローズマリー!」
その姿を認めた瞬間、俺は愛しい彼女を力いっぱい抱き締めていた。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと
淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品)
※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。
原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。
よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。
王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。
どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。
家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。
1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。
2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる)
3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。
4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。
5.お父様と弟の問題を解決する。
それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc.
リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。
ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう?
たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。
これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。
【注意点】
恋愛要素は弱め。
設定はかなりゆるめに作っています。
1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。
2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる