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62.側面のお話<続 仔犬もどきの正体は>パトリック視点
しおりを挟む「ローズマリー。俺に”抱き締められた”って言うの、そんなに恥ずかしい?」
「きゃわんっ!」
思い切り低音で、掠れぎみに耳元で囁けば、ローズマリーがそれはもう可愛い反応を見せてくれる。
俺のこの声を耳元で囁かれるのが苦手らしいローズマリー。
苦手、とはいってもそれは嫌悪ではなく、堪らない羞恥、という感じなのがとても嬉しい。
「ローズマリー、可愛い」
こんなにも可愛い姿は俺だけに見せて欲しい、と思いつつローズマリーを抱き寄せようとして、俺は、はたと手を止めた。
泡だらけの水浸し。
しかしそれはお互いなのだから今更、と思わないでもないが『折よい場所に居ることだし、どうせ濡れているなら、このまま一緒に』などという不埒な考えを起こさないか?と自分自身に問うように両手を見つめれば『起こさずにはいられない』という返事が即座にあったので、抱き寄せることは諦めた。
「からかわないでください」
そう言うローズマリーが、何処か複雑そうに見える。
しかし、俺ほど強欲なことを考えているとは思えない。
「からかってなんていない」
そう、断じてからかってなどいない。
俺はただ、もっと可愛いローズマリーを存分に堪能したいだけだ。
それが嘘偽らざる本音である。
本音ではあるが、だがしかし、そんなことローズマリーに向かって言う訳にはいかない。
しかしそれは、”まだ”、”今だから”であって、やがては言ってもいい日が来る。
俺が、己を止めずとも良い至福の日々が。
そう、婚姻を結んだなら、それはもう、可愛いローズマリーを可愛がり放題。
しかして、その前に課題はある。
「ねえ、ローズマリー。ローズマリーは、俺に抱き寄せられたりするの、嫌?」
俺はいつだってローズマリーが愛しい。
だから、もっと触れていたいと思うのだが、もしかするとローズマリーはそういう俺を鬱陶しいと思っているのだろうか。
大丈夫とは思いつつ、若干の不安を乗せて言えば。
「嫌なはずありません」
ローズマリーが即答してくれた。
無理していないと判る、その声と表情。
「そっか。良かった」
それが本当に嬉しくて、俺は思わずローズマリーの可愛い額に唇を寄せる。
「っ!」
「抱き寄せられない代わり。後で、存分に抱き締めさせてね」
何処の軟派野郎の言葉だ、と思わないでもないが、ローズマリー相手だと自然とこういう言葉が溢れ出てしまう。
ローズマリー以外には、そんなこと考えもしないのに本当に不思議だと思う。
いや、ローズマリーは俺の特別なのだから当然なのかもしれないが。
「くうん」
「くうん」
「ごめんね!洗っている途中に失礼だよね!」
すっかり手が止まっていた俺たちに催促するように仔犬もどきが鳴き、ローズマリーが焦った様子で洗浄を再開する。
「で、話は戻るんだけど。俺がローズマリーを抱き締めたとき、確かにローズマリーはこいつらを気遣っていたよね。でも、会話していたのは知らなかったよ」
漸く思考を切り替えて言えば、ローズマリーが驚いたように俺を見た。
「え?テオもクリアもお返事してくれていましたよね?『へいきだよ!』『だいじょうぶだよ!』と」
ローズマリーは不思議そうに言うけれど、俺は仔犬もどきの言葉など聞いていない。
「今ここで、ちょっと会話してみてくれる?」
もしかしたら、聞き逃しただけかもしれない。
あるひとつの仮定を排除したくて、望みは薄いと思いつつ、俺はローズマリーに頼んだ。
「そうですね。あのときは、色々混乱していましたし」
ローズマリーの言葉に、俺も頷く。
ローズマリーが消えたと報告されて、探しても見つからなくて、必死に気配を探った。
そして漸く戻ったローズマリーは、泥だらけの傷だらけで、肝が冷えたのも確か。
だから、聞き逃したのかもしれない、可能性は残っている。
それでも恐らく、この二匹と会話できるのはローズマリーだけ。
恐らく、こいつらは。
思いつつ、ローズマリーを見守る。
「テオ、クリア。何かお話ししたいのだけれど、いい?」
言って少しして、ローズマリーが俺を伺う。
どうやら、仔犬もどきが何かしゃべったらしいが、俺には聞こえていない。
「テオ、クリア。もう分かっていると思うけれど、こちらがパトリックさまよ。パトリックさま、って呼んでみて?」
そう言ったローズマリーが、少し間を置いて何故か真っ赤になった。
状況的に、俺を真っ直ぐ見つめてくる仔犬もどきが何か言ったのだろう、とは思う。
聞こえはしないけれど。
「なに?ローズマリー。もしかして今、こいつらが何か言ったのか?」
一体、何を言われればそんなにも赤くなるのか、と気になる。
「ふうん。ローズマリーが真っ赤になるようなこと、をこいつらが言った訳か。俺という婚約者の目の前で、何を言われたらそんなに真っ赤になるのかな?」
仔犬もどきは、俺を真っ直ぐ見ていた。
だから恐らく俺関係のことなのだろう、と予測できる。
出来るだけに、何を言われたのか、がとても気になってしまう。
「そ、それは」
「俺には言えないこと?」
ずい、と顔を近づければ、ローズマリーは何を思ったか仔犬もどきを俺へと押し付けるように壁を作った。
「い、今、テオとクリアは、わ、私が一番好きなのはパトリックさまで、パトリックさまが一番好きなのは私だと!言ったのです!じ、実は、も、森を抜け出すきっかけになったのも、その!パトリックさまのお名前だったのです!テオとクリアに私の一番好きなひとで、私を一番好きなひとの名前を呼ぶように言われまして!で、私がパトリックさまの名前を呼びましたら胸ポケットが光って道が出来まして!その道を歩いていたらパトリックさまに辿り着いたのです!ありがとうございますなのです!でもあの、パトリックさまの一番は分からないのに勝手に言ってしまい、申し訳ないですっ!」
そして、仔犬もどきを盾にしたまま、ローズマリーは早口でとても可愛いことを言い出した。
最後の一部を除いて。
「謝る必要は微塵も無いよ。俺の一番好きなひとはローズマリーで間違いないんだから。むしろ、判らないのに言ってしまった、とローズマリーに言われる方が嫌だから。ねえ、ローズマリー。そのことを忘れないで」
なので、俺はローズマリーが二度とそんな風に思うことのないよう、強めに言った、ら、脅すような声音と表情になってしまったらしく、ローズマリーがやや怯えたようにこくこくと頷いた。
そんな仕草も可愛いけれど、俺に怯えさせるのは本意ではない。
ないのに、こくこくと頷く仕草が可愛い、と思う気持ちが溢れて止まらない。
「そうやって、必死に頷くローズマリーも可愛い」
溢れて音にまでしてしまった。
しかし怯えさせるのではなく、どろどろに甘やかしたい。
怯えるのではなく、心委ねて存分に甘えて欲しい、と想いを籠めて見つめれば、必死な感じで俺を見つめ返していたローズマリーが、やがて力尽きたように沈み込んだ。
俺の瞳の熱に溶けた、と思うほど能天気ではない俺は、またも仔犬もどきが何かを言ったのだろう、と推測する。
「うん。また何か言われたんだな、ってことはよく判るよ、ローズマリー。でも、俺には聞こえない」
「え?聞こえない?」
ローズマリーと仔犬もどきが何か会話をしているのは、間違いないと思う。
しかし俺には、仔犬もどきの言葉は聞こえない。
そう結果を告げれば、ローズマリーが訝しい表情になった。
「うん。恐らく、この二匹と会話が出来るのはローズマリー、君だけだ」
その事実が示すひとつの結論に、身の引き締まる思いがする。
「でも先ほど、パトリックさまはテオもクリアも言っていることが判るようだ、と・・・あ!」
「そう。分かるようだ、と感じるだけで、聞こえている訳ではないんだ。でも、この二匹は俺の言っていることを理解しているとは思う」
理解の早いローズマリーを嬉しく思いつつ、俺はローズマリー以外の人間の言葉も理解しているだろう二匹を見た。
「ねえ、テオ、クリア。パトリックさまが言っていることは分かる?」
俺の推測を確定させるべく、ローズマリーが二匹にそう聞いてくれる。
「テオもクリアも、パトリックさまが何を言っているのか理解できるそうです」
「うん。さっきからそんな感じはしていた。けれど、俺に二匹の言葉は分からない。つまり、一方通行だ。ね、ローズマリー。この二匹に名前を付けたのは君?」
「はい、そうです」
そして思った通りの答えに、仮説は仮説でなくなった。
障害を越えてその身を助け、名を授ける。
そして、その言葉を聞くことが出来る唯一の者。
それは。
俺の緊迫がうつったかのようなローズマリー。
ローズマリーは、どんなものからも絶対に護る。
「ローズマリー。ここまでの経緯を詳しく説明して欲しい」
覚悟を決めて、俺は浴室全体に遮断の魔法をかけた。
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