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70.その力は、水晶玉を美しく変化させました。
しおりを挟む「お嬢様。明日のお茶の支度は、どのようにいたしましょうか?」
「そうね。形式ばったものはいらない、と、パトリックさまはおっしゃっていらしたから、そう特別なことはしなくていいわ。十時にいらっしゃるとのことだから、お茶とお菓子、それに軽食をご用意しましょうか。それと、場合によっては昼食をお出しできるようにしておいてくれる?」
明日はお客様がいらっしゃるという日、私はマーガレットと共に部屋に備え付けのキッチンで、来客用の食器を前に相談していた。
内緒の訪問とのことだけれど私の味方になってくださる方とのことなので、恐らくお父さまはいらっしゃるのだとは思う。
それでもその他はどなたがいらっしゃるのか分からないし、第一私のためにわざわざ忙しいなか来てくださるので、きちんとおもてなしはしたいと思う。
「かしこまりました。いらっしゃるのは、五人か六人ですよね?」
「そう聞いているわ。皆さん男性だそうだから、お菓子よりも軽食を多くご用意した方が良いかもしれないわね」
「それがよろしいかと思います」
もちろん『甘い物大好き!』な男性もいらっしゃるけれど、とふたり笑い合って、キッチンを後にした。
「あ。ホットビスケットを焼いたら、パトリックさま喜んでくださるかしら?」
キッチンを出たところでふと思いつき、思いつけばパトリックさまの嬉しそうな笑顔が脳裏に浮かんで、私は出たばかりのキッチンへと逆戻りしてホットビスケットの材料を確認する。
「絶対お喜びになります。万が一お喜びにならなかったら天誅ものですが、そんな心配は皆無です」
戻った私を不思議そうに見たマーガレットがその理由を知って、何だか不穏なことを言っていた気もするけれど、焼きあげるのはいらっしゃる直前がいいかしら、などと考えていた私は深く聞きとがめることもしなかった。
「やあやあ、ローズマリー!我が愛しの娘!お父様が来たよ!会いたかったよ!内密だけど、遮断したから大丈夫、心配ないよ!お父様に抜かりは無いから、安心してね!」
そして翌日。
時間を確認して、そろそろお見えになるかな、と寝室やキッチンへの扉がきちんと閉まっていることを目視して、用意の整ったテーブルを見つめながらきちんと立って待っていると、パトリックさまが転移でいらっしゃる時同様、廊下へ出る扉付近がふわっと柔らかい光を帯びたような気がした、と思ったときには嬉しそうなお父さまの声と共に、その大きな胸に抱き締められていた。
「お父さま!お久しぶりです。わたくしも、お会いできて嬉しいです!」
そう言ってお父さまを見あげれば、大好きなその瞳が優しく私を見つめてくれていて、幸せな気持ちでいっぱいになる。
「ローズマリー。兄様もいるよ」
そして、そんな私を隣から、ひょい、と覗き込んでお兄さまが私の頬をつつく。
「お兄さま!お兄さまもいらしてくださったのですね!」
嬉しさに声をあげれば、お兄さまも、ぎゅ、と私を抱き締めてくれた。
「そして、私も居るよ、ローズマリー嬢」
「私も来たよ、ローズマリー」
そう言って後ろからかけられた声へと視線を向ければ、そこにはパトリックさまのお父さまであるウェスト公爵と、ウィリアムのお父さまであるウィルトシャー侯爵が居た。
そしてそのふたりと並んで、当然のようにパトリックさまとウィリアムも。
「これは!きちんとご挨拶もせず、失礼をいたしました。そして、本日はお忙しいなか、わたくしのためにご足労くださいまして、ありがとうございます」
慌てて淑女の礼を執りご挨拶すれば、ウェスト公爵もウィルトシャー侯爵もにこにこと笑ってくださった。
「いいんだよ、気にしなくて。私にとっても、君は娘なのだから」
そう言って、ウェスト公爵が私の髪を撫で。
「聖獣のこととなれば、君ひとりが背負う問題ではない。頼って欲しい」
ウィルトシャー侯爵も、力強く頷いてくれた。
博識で、小さな頃から色々なことを教えてくださったウィルトシャー侯爵、そして、実際にお会いしたのは最近だけれど、子どもの頃から何かと気に掛けてくださり、本当の娘のように慈しんでくださるウェスト公爵。
おふたりの温かなお心が嬉しくて、私は感謝の礼をした。
「ローズマリー。テオとクリアは?」
パトリックさまに促され、私はマーガレットにテオとクリアを連れて来てもらう。
「くうん」
「くうん」
そうすると、テオもクリアも私にしがみつくようにしながら、お父さまたちを見あげた。
『ローズマリー!しらないひとがたくさんいるよ!』
『ローズマリー!このひとたちだあれ?』
そうして問われた事柄に『不安がることはないのですよ』と声を出さずに答えていると。
「ローズマリー。もしかして今、何か会話を?」
「会話が出来る、というのは本当なのか」
ウィリアムとウィルトシャー侯爵が、よく似た瞳を輝かせてテオとクリアを覗き込んだ。
「あ、はい。出来ます。今、テオとクリアは、皆さまのことを尋ねていました。あ、申し訳ありません。テオとクリア、というのはこの子たちの名前です」
私は、テオとクリアを床に下ろし、改めて二匹を皆さんに紹介する。
蒼色の皮の首輪に、パトリックさまからいただいた淡い翠の宝石を付けているのがテオ。
翠色の皮の首輪に、パトリックさまからいただいた淡い蒼の宝石を付けているのがクリア。
「今は、魔道具で瞳の色を変えています・・・テオ、ちょっとごめん、これ外させて。それと、ここにいる人たちの前では頷いたりして大丈夫だよ。むしろ、そうしてあげて」
パトリックさまは、説明しながらテオにそう声を掛け、テオもそれに応えるように頷いてから、首をやや上向けてパトリックさまが魔道具を取り外しやすいように動く。
「言葉が通じている、というのは間違いないようだな」
ウェスト公爵が感心したように言い、クリアへとしゃがみ込んだ。
「クリア、だったかな。君の魔道具も外していいだろうか」
仔犬に話しかけるとは思えない丁寧さで許しを請うと、ウェスト公爵は、きちんとその意味を解し、テオと同じようにウェスト公爵が魔道具を取り外しやすいように動いたクリアに目を見開きつつも、丁寧にお礼を言ってから魔道具を取り外す。
「うーむ」
「これは」
そうして現れた淡い蒼と淡い翠の美しい瞳に、私とパトリックさま以外、全員が感嘆の声を漏らした。
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