悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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87.続 夏季休暇。激烈桃色さん襲来!?なのです。

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「何事かしら?」 

 カメリアさまが護衛の方に声を掛けると、一礼をしたその方が、私たちの前に出る。 

「はい。表門にて不審人物を確認したようです。お嬢様方は、すぐお邸内にお戻りください」 

「不審人物?このウェスト公爵家に正面から、しかもこの明るい時間に挑む猛者がいたということ?」 

 護衛の方の言葉に、カメリアさまが考え込むように指を顎に当てた。 

「猛者、は、どうでしょうか。一見普通の女性のようですが」 

 護衛さんが、何か魔道具のようなものを操作しながら情報を伝達してくれる。 

「普通の女性も、中身は充分猛者だったりするじゃない。もちろん、いい方の意味では言っていないわよ。ああ、ローズマリー。あれはね、警備に使っている通信魔道具なの。パトリックの発明なのよ。さ、表門へ行ってみましょう。大丈夫、何かありそうになっても、わたくしが護ってあげるわ」 

 珍しい魔道具をじっと見ていると、カメリアさまがそう説明してくれて、さっさと歩き出してしまい、私も慌てて付いて行く。 

「お嬢様」 

「ふふ。わたくしですもの。そう言い出すのは分かっていたでしょう?この難攻不落のウェスト公爵家、しかも今日は家族全員揃っているなかに突入しようだなんて、余程腕に自信のある者か、余程の愚か者か、どちらかでしかないもの。確認しない手はないわ」 

「はい、そう仰るだろうことは予測できておりました。自分も、お嬢様の強さは存じ上げております。しかし、護衛は自分なのでお任せください」 

 護衛の方も慣れているのか、それだけを言ってカメリアさまに従った。 

「ふふ、強さ、ねえ。それは、わたくしが戦闘に於いて強い、ということかしら?それとも好奇心が、ということ?」 

「もちろん、両方です」 

 主家の令嬢に対するには少し砕けた様子で、しかも失礼ともとれる内容を、当然のようにさらりと言い切る護衛の方に、カメリアさまも笑っている。 

 

 信頼なさっているのだわ。 

 

 その様子から、お互いに信頼をおいているのが良く判って、私は改めてカメリアさまを見た。 

 

 カメリアさまも、お強いと聞くものね。 

 

 その土地柄、当然のように自分たちも魔獣討伐に赴くという、ロータスさまとカメリアさま。 

 おふたりは、時には采配も振るうという。 

 

 私も、頑張らないと。 

 

 ロータスお義母さま、カメリアさまも参戦なさるということは、嫁げば私も参戦するということ。 

 これまで魔獣討伐に参戦したことのない私は、身の引き締まる思いがした。 

「え?」 

 そうして、急ぎ歩いて見えて来た門では、確かにひとが揉めている。 

 門を通り、敷地内へ入ろうとする人物を数人がかりで止めているのを見た私は、思わず目を瞠った。 

 遠目でもはっきりと判る、その髪色には見覚えがありすぎる。 

「凄く目立つ髪の色ね。あれほど強烈な桃色も珍し・・・あ、もしかしてあれが、激烈桃色迷惑女?」 

「はい、そうで・・・と、あの、本名は」 

  

 どうして、激烈桃色さんがウェスト公爵家に? 

 

 思い、呆然としていた私は、カメリアさまの問いに頷いてしまい、慌てて訂正しようとしてカメリアさまに止められる。 

「知っているわ。マークル家の娘なのでしょう?でもね、ローズマリーを困らせて、嫌がるパトリックを追い掛け回している人間なんて、激烈桃色迷惑女呼びで充分よ」 

 カメリアさまは憤ったようにそう言って、更に門へと近づいて行く。 

「あーっ、カメリア!なんであんたがここに居んのよ!」 

 そのカメリアさまの姿を認めた激烈桃色さんが、指をさして叫んだ。 

「お嬢様になんてことを!」 

 途端、門の警備の方々に取り押さえられながらも、激烈桃色さんは藻掻いてこちらへ走って来ようとする。 

「なんで、って。それは、わたくしがウェスト公爵家の娘で、ここがウェスト公爵邸だからだけれど。聞きしに勝る傍若無人さね。名乗られてもいないうえ、初対面でいきなり呼び捨てにされるなんて、初めてだわ」 

 カメリアさまが、眉を顰めて私を見た。 

「はい。それは、わたくしも驚きました」 

 初対面の時の驚きを思い出しつつ言えば、カメリアさまが労わるように、そっと私の髪を撫でてくれる。 

「男爵家から公爵家へ堂々と声をかける、というだけでも驚きなのに。邸にまで押しかけて初対面で呼び捨てにするなんて、本当に聞きしに勝る状態なのね」 

「ちょっとローズマリー!パトリックがあたしに夢中になったからって、カメリアに泣き付くとか卑怯よ!」 

 その間にも、激烈桃色さんは喚き叫び、藻掻き続けて警備の方に殴りかかってさえいた。 

 激烈桃色さんが女性だからだろう、激烈桃色さんを取り押さえているのは、皆さん女性の方だけれど、それでも警備の方に叶うはずもなく、その拳が当たることは無くて私はほっとしてしまう。 

「しかも、パトリックが自分に夢中になったとか凄い妄言を口にしているし。あれって、パトリックが夢中なのはローズマリーだ、という現実さえ見えていないということでしょう?本当に心配だわ。ねえ、ローズマリー。パトリックは、あの激烈桃色迷惑女から、ちゃんと貴女を護ってくれている?」 

 激烈桃色さんの余りの激しさ、異様さに驚いた様子で、カメリアさまが心配そうに私の手を握った。 

「はい。いつも、パトリックさまに助けていただいて。お世話になってしまっています」 

「本当に?」 

「本当です。わたくしの為に、凄い魔道具まで創ってくださって」 

「ああ、焼却炉に取り付けていた、というあれね。まあ、パトリックは子どもの頃からローズマリー一筋でローズマリー命だから、心配ないとは思うけれど。ちゃんと、心も護ってくれている?」 

「はい。心こそ、いつも傍にいてくださって。本当に心強く思っています」 

 パトリックさまが傍にいてくれる、寄り添ってくれる幸せを噛み締めながら言えば、カメリアさまが、悪戯っぽい笑みを浮かべる。 

「ふふ。ごちそうさま」 

 言われ、優しく頬をつつかれて、私は自分の表情に恋愛脳が投影されていた事実を危惧した。 

「え?あの」 

「ローズマリーの顔に『パトリックさまに愛されて幸せ』って書いてあったわ」 

 そしてそれが現実であったと知って、撃沈する。 

「うう、すみません」 

「いいじゃない、幸せそうでわたくしも嬉しいわ。本当にパトリックの一方通行ではない、と実感できるもの」 

 ね、とカメリアさまが目配せすれば、護衛の方も何故か幸せそうに微笑み頷いていて、私は益々居たたまれない気持ちになった。 

「ちょっと!いい加減放しなさいよ!あたしはパトリックの恋人なのよ!あんたたちの主人になるんだから!こんなの許されないのよ!ねえ!無視しないで聞きなさいよ!」 

 激烈桃色さんは、その両手と両足を何かで拘束され、動けない様子で、転がりながらひたすらに叫んでいる。 

「大丈夫か!?ローズマリー!姉上も!」 

 そのとき、私たちのすぐ近くが淡く光って、焦った様子のパトリックさまが転移していらした。 

 
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