悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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99.続 作るお菓子は<はちみつレモンゼリー>なのです。

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「本当に美味しそうだ。ローズマリー、あの羽付き小人を早く呼んで、さっさと用事を済ませてしまおう。それで、一緒にお茶にしよう」 

「羽付き小人、って。パトリックさま」 

「うん、言い得て妙だろう?」 

 私は、その言い方はどうでしょうか?というつもりで言ったのに、パトリックさまはそう言って胸を張られた。 

 

 パトリックさまに、揶揄するような気持ちは無いのかも。 

 

 思いつつ、私はウエハースさんとアップルパイさんに呼びかけようとして止まる。 

「声に出した方がいいのでしょうか?それとも、心の内で呼びかければいいのでしょうか?」 

 テオとクリアなら正解が判ったかも知れない、と、食材を扱う厨房ということで今は部屋でお留守番をしてもらっている二匹の可愛い姿を思った。 

「声に出してもらえると、私達にも分かって助かる」 

「あ、そうですね。では、そのようにいたします」 

 フレッドお義父さまの言葉に頷き、私は改めて呼吸を整える。 

  

 それはそうよね。 

 心の内だったら、皆さんには状況が分からないうちに精霊さんが現れて驚く、なんてことになりかねないもの。 

 浅慮だったわ。 

 

 反省しつつ、ここにいない誰かに呼びかける音量は、などと頓珍漢なことを考えて気を紛らわせた。 

 

 うう。 

 緊張します。 

 

「ふう。それでは、いきますね・・・ウエハースさん、アップルパイさん。約束のお菓子が完成しましたよ」 

『完成したか!』 

「っ!」 

「うわ、早いな!」 

 私が言い終わるか終わらないかのタイミングで現れたウエハースさんとアップルパイさんに驚いていると、パトリックさまが代表するかのように声をあげられた。 

「こんにちは。ウエハースさん、アップルパイさん。こちらです」 

 どきどきしながらテーブルに並べたレモンゼリーを示せば、ウエハースさんとアップルパイさんの目がきらきらと輝き出す。 

『『わああ』』 

 そして、食い入るようにゼリーを見つめたふたりは、きらきらとした瞳を私へと向けた。 

『礼を言う、ローズマリー。凄く美味しそうだ』 

『ありがとう、ローズマリー。幸せの香りに満ちていて、素敵なのです』 

「気に入ってもらえたのなら、私も嬉しいわ。テーブルに並べてしまったのだけれど、大丈夫かしら?ワゴンとかの方がいい?」 

 テーブルごと移動させるのなら、ワゴンの方がいいかしらと思って尋ねればウエハースさんとアップルパイさんが首を傾げる。 

『何が違うんだ?』 

「ワゴンの方が移動させやすいかしら、と思って。このテーブルだと場所も大きくとるでしょう?」 

 どれほどの広さの場所へ転移させるのか分からないけれど、このテーブルは相当に大きいと言う私にウエハースさんが笑った。 

『問題無い。菓子だけを転移させるから』 

「あ、なるほど。そうでしたか」 

 私の勘違いだった、と恥ずかしく思っているとアップルパイさんとウエハースさんが、よろよろと私の方へと飛んで来る。 

 その羽も姿も痛々しくて、私はそっと手を伸べた。 

『知らないことは恥ずかしいことじゃないの、です』 

『その通り。何も恥ずかしがることはない。では、転移させてもらう』 

 にやりと笑ったウエハースさんが言った次の瞬間、テーブルに用意していたゼリーがすべて一瞬で消えた。 

 けれど、ウエハースさんとアップルパイさんは、未だここに居る。 

「自分が共に行かなくとも、転移できるのか」 

 そのに事実に、パトリックさまが感心したような声を出された。 

『お前は出来ないのか?』 

「着地点の安全の確認が取れないだろう?自分が居ないと」 

『いや?自分が動かずとも、着地点は見えるからな』 

「凄いな」 

『別に凄くはない。おれたちには、それが普通だ。だがしかし、そうだな。まずは見知った場所を思い浮かべ、そこへ何かを移動させてみろ。不安なら、自分の視界の範囲内から始めてもいい。その訓練を繰り返しすれば、お前にも出来るようになると思うぞ』 

「そうか。ありがとう、やってみるよ」 

 ウエハースさんの助言に、パトリックさまが真摯な表情で頷かれる。 

『では、おれたちも帰る』 

『ローズマリー、本当にありがとう』 

 そうして、満面の笑みを浮かべたふたりも消え、辺りには私たちとレモンゼリーの香りだけが残った。 

 
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