悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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110.祝福と不思議

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「ね、ローズマリー。上にも行ってみないか?かなり階段を上らないといけないけど、景色が本当に素晴らしいんだ」 

「はい、是非!」 

 パトリックさまの申し出に私は一も二も無く頷き、差し出された手に自分の手を重ねる。 

「っ」 

 そうすると、パトリックさまが私の指をくすぐるようにして開かせ、一本一本絡め取るように深く繋いで来て、私は鼓動が跳ねるのを感じた。 

「行こう」 

 見ればパトリックさまの耳も赤く、どこか照れた様子で、私の鼓動は益々速くなる。 

 それでも繋いだ手は離さずに、パトリックさまと私は螺旋になっている美しい階段を上って行く。 

「階段も、美しいですね」 

 優しいミルク色の石のそこここにも彫刻が施されているのだけれど、とてもさり気なくて少しも嫌味な感じがしない。 

  

 とても、あたたかい雰囲気なのだわ。 

 

 繊細な心遣いを感じる優しい空間に私は目を奪われ、心癒される。 

「この城は、何代か前の当主がその奥方の為に造ったものなんだ。うちの領には、実利を重視した無骨な城が多いからね。せめて、ということでこの城を造営したらしい」 

 パトリックさまのお話に、私はこくりと頷いた。 

「実利重視のお城が多いのは、魔獣対策のため、ですよね?」 

 強い魔獣が出るウェスト公領は、その対策に長けていることで名高い。 

「正解。魔獣に襲われても持ちこたえられる強度が必要とされるからね。見た目より強度重視で、本当に無骨な城が多いんだよ」 

「どのくらいの頻度で、魔獣は出現するのですか?」 

 ポーレット領に魔獣は居ない。 

 なので、私には魔獣に関する知識がほとんどない。 

 嫁いでから実地で教えるので問題無い、と公爵家の皆さまに言われて来たけれど、きちんと私に務まるのか、私はとても不安を感じる。 

「そうだね。装甲兵を用いなければならない強さの魔獣は、年に一、二回。弱い魔獣なら、領のあちらこちらで、それはもうしょっちゅう、かな。完全に出ないのなんて、領都とその周りくらいだよ」 

「そんなに」 

「うん。うちの領は本当に魔獣が多いからね。でも俺達が前線に出る規模は、それほどないかな」 

 王国内最強とも言われる騎士団を率いるのは、公爵閣下ご自身、もしくは奥方かお子さま方。 

 必ず指揮は公爵家の方が執られるけれど、前線まで行くことはさほどないとパトリックさまはおっしゃった。 

  

 さほどなくとも、ないことはないわけで。 

 そもそも指揮を執るということも出来ないわ、私。 

 

 このようなことで本当に大丈夫なのかしら、でも不安がってばかりいても、とぐるぐる考えていると、私の手を握るパトリックさまの力が強くなった。 

「不安がらせたね。でも、ローズマリーが立派な指揮官になれるよう、俺が実地で教えるから安心して」 

「よろしくお願いします、パトリックさま」 

「うん。スパルタと甘々、どちらがいい?」 

「スパルタでお願いします!」 

 そこはもう、それ一択でしょうと私が言えば、パトリックさまがげんなりした。 

「ええぇ。俺は、甘々がいいと思うな」 

「そんなことをしていて、私が一人前になれなかったら困るではありませんか」 

「俺としては、俺の後ろに隠れているくらいで・・・って。それじゃあ、ローズマリーではないね」 

 ごめん、と言ってパトリックさまが自分の髪をくしゃりと握る。 

「はい。私は、共に闘いたいです」 

 確かに魔獣と闘ったことは無いけれど、訓練次第で役立たずにはならないはず、と私はパトリックさまを見あげた。 

「うん、そうだった。何度もごめん」 

「パトリックさまが、大切にしてくださるのは分かりますから」 

「うーん、それにしても。うちの家族と一緒にいたからか、言葉遣いが随分・・・」 

「ぱ、パトリックさま!ここが最上階ですか!?」 

 私からのキスの権利。 

 加算されても別に構わない、というか、パトリックさまに私からキスする理由に出来るのだから嬉しいことかもしれない、と思うようになった私だけれど、恥ずかしさが消えたわけではない。 

「うん、そう。ここが最上階。と言っても、一階とここだけにしか部屋は無くて、後は階段だけ、だけれどね」 

 かなりわざとらしく話題を変換した私に、パトリックさまは苦笑しながらも乗ってくれた。 

「わああ」 

 そして、パトリックさまに導かれるままに出たバルコニーで、私は感嘆の声をあげ、思わず身を乗り出してしまう。 

 眼下に広がる景色。 

 湖や森、それに広大な畑のその先に見える町。 

 そこかしこできらきらと輝いて見えるのは、精霊さんたちだろうか。 

「ローズマリーと見るからかな。いつもより、景色がきれいに見える」 

 そんなことを言いながら、パトリックさまが後ろから抱き締めて来た。 

 首筋にかかる吐息が、先ほどのキスを思い出させる。 

「パトリックさま」 

 それでもそのぬくもりが幸せで、私はそっとパトリックさまの腕に手を掛け。 

『おめでとう!待ってたよ!』 

『まだ婚約指輪渡してなかったとか、のろまだな!』 

『伴侶馬鹿なのに!』 

『ローズマリー!指輪見せて!』 

 突如出現した、たくさんの精霊さんたちに囲まれて固まった。 

『おめでとう!のろまだけど!』 

『おめでとう!伴侶馬鹿!』 

『ローズマリー、幸せにしてもらうのよ!』 

 精霊さんたちは口々に言いながら飛び回り、花びらや光の粉をパトリックさまと私に振りかける。 

「ありがとうございます」 

 ほろほろと舞う花びらも、金色に光る粉も本当にきれいで、私は手のひらに受けながら満面笑みになった。 

「素直に礼を言う気になれない」 

 パトリックさまは、ぼそっ、とそんな風に言いながらも目元が幸せそうに緩んでいる。 

『わあっ、きれいな指輪ね!』 

『伴侶馬鹿にしては、趣味がいいんじゃねえ?』 

 そしていただいたばかりの婚約指輪を見せると、精霊さんたちがそう言ってパトリックさまをからかうようにパトリックさまの顔を覗き込んだ。 

  

 耳の先が赤いです、パトリックさま。 

 ああ。 

 からかうように褒められて、照れるパトリックさまも可愛いです。 

 

 そんなことを思い、あたたかな気持ちで見つめていると。 

『ローズマリーみたいに、指輪を大事にしてくれると贈った甲斐もあるってもんだな』 

『ほんとう。指輪を大切にあたしたちに見せるローズマリー、可愛い』 

『うっとりしてるな』 

 いつのまにか、精霊さんたちがにやにやと私を見ていた。 

「羽付き小人にからかわれて、照れるローズマリーも可愛い」 

 そしてパトリックさまは、そう言って私をぎゅうぎゅう抱き締めて来る。 

  

 わ、私は心の中だけでしか言わなかったのに! 

 

 反撃を喰らった思いで、私は抱き締めてくるパトリックさまの腕をぽかぽか叩いた。 

「他のひとがいるときは、禁止です!」 

「他のひと、はいないよ、ローズマリー」 

 他のひとの視線があるところでこれは恥ずかしい、と懸命に訴えてもパトリックさまは飄々としていて、糠に釘。 

「精霊さんたちがいるではないですか!・・・って、もしかして精霊さんだからとかおっしゃる・・・!」 

「ああ。ローズマリー、ほんとに可愛い」 

 私が藻掻くのなど何の障害にもならないのか、パトリックさまは衝撃を受ける様子も、腕の力を緩めてくれる様子も無い。 

「私は何だか悔しいです!」 

 それでも諦めず、もごもごと動き続ける私にパトリックさまは楽しそうに微笑むばかり。 

『わあ、あたしたちの存在、無視?』 

『新婚さーん・・・は、まだか』 

『仕方ねーな!いちゃいちゃ熱々な伴侶馬鹿にサービスするか!』 

『わーい、賛成!』 

『いいねえ!』 

 ひとりの精霊さんの呟きに他の精霊さんたちも答え、次の瞬間には光の粉と花びらの舞が益々華やかに、そして豪勢になった。 

「きれい」 

 白く美しい塔でパトリックさまからのプロポーズを受け、これから生きて行くウェスト公爵領の景色が美しく見渡せるバルコニーで光輝く精霊さんたちに囲まれ、花びらと光の粉の祝福を受ける。 

 

 私は、なんて幸せ者なのかしら。 

 

『ああっ、やっと映ったわ!え?ここバルコニー?』 

『もうプロポーズしちゃった、ってことね!時間がかかり過ぎたわ!』 

『ふたりとも、静かに!パトリックに気づかれるぞ』 

 パトリックさまの腕のなかで、うっとりとその美しい光景を見つめていた私は、聞き慣れた声に驚いて周りを見渡した。 

「パトリックさま。今」 

「ああ。まったく」 

 カメリアさま、ロータスお義母さま、フレッドお義父さまの声が聞こえた気がした私が、パトリックさまを振り仰げば、パトリックさまが苦虫を噛み潰したような顔で指先を空に向けた。 

「ええぇ!?」 

 するとそこに、カメリアさま、ロータスお義母さま、フレッドお義父さまの姿が浮かび上がった、というより、映し出された。 

「ごめん、ローズマリー。使えないように細工して来たんだけれど、突破されたらしい」 

 パトリックさまは、そう言うと公爵家の三人の方へと視線を移す。 

「父上、母上、姉上。覗きとは、いい趣味ですね」 

『パトリック!これも、通信可能なのか!?』 

「今、繋ぎました」 

『そんなことが出来るなら、最初から繋いでいきなさいよ!』 

「姉上、誰が人生一度きりのプロポーズを実況中継などするものですか」 

『家族なのだから、いいではないの』 

「母上。よくないです」 

『それで。首尾はどうだった?ん?緊張して、嫌われるような真似をしたりはしなかっただろうな?』 

「当たり前です。父上、俺を何だと」 

『獣になりそうだからでしょ!それより、どうだったのよ!?』 

「姉上」 

『ああ、もういいから!』 

『『『それで?』』』 

「もちろん、了承してもらいました」 

『よくやったわ!』 

『えらいわ、パトリック!』 

『うむ、うむ。上々、上々』 

 

 ええと? 

 これは一体、どういうことなのでしょうか? 
 

 

 白い塔のバルコニー。 

 光り輝く精霊さんたちが飛び交い、光の粉と花びらが舞い散る。 

 美しい場所で繰り広げられる夢のような光景。 

 その虚空に突如映し出された公爵家の人々。 

  

 楽し気に繰り広げられる会話を聞きながら、私は、ぽかんと皆さまを見あげてしまった。 

  


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