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114.恋敵。その名は<ローズマリー>
しおりを挟む「フォルトゥナさん、はじめまして。ローズマリーと申します」
緊張しつつご挨拶をして、私はフォルトゥナさんの美しく凛とした顔を見つめた。
けれど彼女は、私の存在など知らない様子でパトリックさまに甘えるように擦り寄って行ってしまう。
「あはは。フォルトゥナくすぐったいよ」
フォルトゥナさんにぐりぐりと頭を擦り付けられたパトリックさまも、嬉しそうにフォルトゥナさんを撫でている。
う、羨ましいです!
パトリックさまが、他の追随を許さないほどに美しく気高い、と評されたフォルトゥナさん。
私など、傍に寄るのもおこがましいかも知れないけれど、それでも仲良くできたら、と思い私は再度挑戦する。
「フォルトゥナさん。よろしければ、こちらをどうぞ」
フォルトゥナさんが大好きだというお砂糖の塊。
それを、パトリックさまに教わった通り、指を精一杯開いた手のひらに載せて差し出した。
「うう。駄目ですか」
けれど、思い切り、ぷいっ、と顔を逸らされ、私は敗北感に打ちひしがれた。
私とて、一度顔を逸らされたから、といって諦めたりはしない。
しかし、こうも何度も同じように顔を逸らされれば、心も折れるというもの。
「フォルトゥナ。ローズマリーは俺の婚約者なんだ。そう紹介しただろう?もっと仲良く・・・って、こら!」
じゃれています。
思いっきり、じゃれています。
私は、いじける思いでパトリックさまと戯れるフォルトゥナさんを見つめた。
つやつやとした栗毛色が、厩舎に差し込んだ光にきらきらと輝く。
いざというときには、装甲も装備してパトリックさまと共に前線に立つというフォルトゥナさんは、本当にパトリックさまが大好きで大切に想っているのが分かる。
そしてパトリックさまも、自分で言っていた通り、とてもフォルトゥナさんを信頼しているのをひしひしと感じる。
はあ。
ぽっと出の私など、傍にいることも許されない雰囲気ですね。
今日は馬で遠駆けの予定で、私は本当に楽しみにして来たのだけれど、この調子では無理かもしれない。
果てなくじゃれ合う一頭とひとりを見つめ、私はまたため息を吐いた。
今日は遠駆けをして、その目的地でピクニック、ということで、既にテオとクリア、侍女さんたちは先に馬車で目的地へと向かっている。
私は、パトリックさまに馬に乗せてもらって向かうことになっているのだけれど、肝心のフォルトゥナさんが私を乗せてくれそうにない。
仕方ありません。
私は、馬車で。
思っていると、温かいものが私の頬に触れた。
「っ!」
見ればそこに黒い馬の顔があって、私はしばし固まってしまう。
「アポロン!」
そこに、焦った様子の騎士さまが飛び込んで来た。
銀色の長い髪を後ろで束ねた、その端正な姿。
「メイナードさま」
ウェスト公爵家の騎士団で、公爵家の方がいらっしゃらない時には総括の任に就くというだけあって、見た目の美しさに反しとてもお強い、とお聞きした方が、いつのまにか私の傍に来ていた立派な黒い馬を嗜めている。
「ローズマリー様、申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
アポロン、と呼ばれた馬は、手綱も何も装備していないけれど、フォルトゥナさんに負けないくらい艶やかな毛並みと、美しい体躯の持ち主だった。
「おい、アポロン行くぞ・・・っと。お前、どうした」
「アポロン、とおっしゃるのですね。わたくしは、ローズマリーです。はじめまして」
メイナードさまが連れて行こうとしても言うことを聞かず、アポロンは私に擦り寄って来ようと動いている。
「こいつ、人に慣れないどころか触られるのも嫌がるのですが、ローズマリー様のことは気に入ったようですね」
「まあ、わたくしと仲良くしてくださるのですか?嬉しいです。よろしければ、お近づきの印にどうぞ」
困惑したようなメイナードさまの言葉に嬉しくなった私は、持っていたお砂糖の塊をアポロンへと差し出した。
「食べてくれたわ!」
すると、アポロンは警戒する様子もなく、ぱくりとお砂糖の塊を食べ、私の手に頬を擦り寄せて甘えるような仕草をする。
「ローズマリー様。よろしければ、アポロンに乗ってくださいませんか?」
「メイナード。ローズマリーは、ひとりで騎乗できない」
メイナードさまの言葉に被せるようにパトリックさまの声がして、そのままパトリックさまはこちらへ来ようとしたけれど、フォルトゥナさんに阻まれてしまった。
今日はもう、フォルトゥナさんはパトリックさまから離れるつもりが無いのだろう。
「アポロン。わたくしを乗せてくださる?けれど、わたくしひとりで馬に乗れないの。というか、乗ったこともなくて。だからね、メイナードさまに一緒に乗っていただけたら、と思うのだけれど、どうかしら?」
私の言葉に、メイナードさまもパトリックさまもぎょっとされたようだけれど、どうしても馬に乗ってみたくて他に名案もない私は、アポロンとメイナードさまを縋るように見つめてしまった。
「ローズマリー様。アポロンは、構わない、と言っているようです」
アポロンの様子を見ていたメイナードさまが、頭を下にしたアポロンの首のあたりをぽんぽんと叩く。
「ありがとうございます、アポロン」
私も真似てアポロンの首をぽんぽんするとアポロンが更に擦り寄って来て、慣れない私はよろめきそうになってしまう。
そうすると、またその体勢をアポロンが整えてくれた。
「ありがとう」
可愛くて賢い、と私が嬉しく頭を撫でればアポロンも嬉しそうに尾を揺らす。
「それであの。メイナードさまはいかがでしょう?」
いくらアポロンが乗せてくれる、と言ってもメイナードさまに断られてしまっては乗ることは出来ない。
今日の護衛にはメイナードさまも含まれていると聞いているから、そこまでご迷惑ではないはず、と私は期待を込めてメイナードさまの美しい紫色の瞳をじっと見つめた。
「私はもちろん構いません。ですが」
メイナードさまが、困惑された様子でパトリックさまを見る。
然もありなん。
私は、パトリックさまの婚約者なのだから、承諾が必要ということなのだろう。
「パトリックさま。フォルトゥナさんは、パトリックさまとふたりきりがいいのだと思います。いつも傍に居られるわけではないのですから、当然でしょう。幸い、わたくしのことはアポロンが乗せてくれるようなので、メイナードさまに甘えたいのです」
お願いします、と力を瞳に籠めて願えば、パトリックさまが苦い顔になった。
「いや、しかし宰相殿との約束が」
言いつつ私の元へ来ようとしたパトリックさまは、シャツをフォルトゥナさんに噛まれてたたらを踏む。
「ちゃんと気を付けます。パトリックさまにご迷惑はかけません」
「迷惑とか、そういう問題ではないよ、ローズマリー」
パトリックさまは殊更難しい顔をされるけれど、馬に乗る夢は捨てられない。
それにここには、私を乗せてくれるというアポロンがいる。
お父さま。
ちゃんと気を付けるので、パトリックさまとの同乗でなくともお許しください。
「でもでも、メイナードさまはパトリックさまも信頼する、立派な騎士さまなのですよね?」
もう一押し、と私はパトリックさまに言葉を紡ぐ。
「それはもちろんだ。しかしこの場合は」
そして三度、私に歩み寄ろうとしたパトリックさまは、フォルトゥナさんに頭突きされるような形で、却って後退を余儀なくされた。
「フォルトゥナは、心底パトリック様に惚れていますからね。それにパトリック様。アポロンが人を乗せる気になっているのです。この機会、逃す手はありません。もちろん、ローズマリー様は、私が必ずお守りします。悋気は堪えて頷いてください」
何故か、にやりと笑って言ったメイナードさまを一瞬睨んでから、パトリックさまは自分にくっついて離れないフォルトゥナさんを見、私にくっついているアポロンを見て大きなため息を吐いた。
「仕方ない、か」
「ありがとうございます!お父さまには、パトリックさまはきちんと危機対応してくださった、と必ず伝えます!」
嬉しくて、はしゃいでお礼を言えばパトリックさまの顔がまた苦くなる。
はしゃぎ過ぎたか、と反省して私はそっとアポロンに触れた。
「よろしくお願いしますね」
「では、アポロンに馬具を装備しましょう。ローズマリー様、少しお待ちください」
何故かくすくすと笑っているメイナードさまの言葉に頷いて、私はアポロンの首を撫でる。
やっと初めて馬に乗れるわ。
よろしくお願いします。
アポロン、メイナードさま。
きびきびとアポロンに馬具を装着していくメイナードさまの動きを嬉しく見つめ、私はこれからの楽しい時間に思いを馳せた。
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