悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

文字の大きさ
127 / 136

126.噴水事件

しおりを挟む
 

 

 

「アーサーぁ、パトリックぅ」 

 新学期を迎えた教室で皆さんと楽しくお話をしていると、切ない声と共に萎れた様子の激烈桃色さんが入って来た。 

 その姿は、控えめに言ってずぶ濡れ。 

 

 リリーさまのおっしゃった通りだわ。 

 

 夏季休暇の残り半分を王都での社交で時を過ごした私にリリーさまがおっしゃったのは、新学期になってすぐ、噴水に激烈桃色さんが落とされる場面があるということ。 

そしてやはり物語での犯人は私とリリーさまということで、それを聞いた私は少々緊張してしまった。 

 もちろんそんな事しないけれど、物語では周りの方やパトリックさまに私が責められるのだと聞くと、胃がきゅっとなってしまう。 

『ローズマリー。折角の可愛いドレス姿を堪能させて?』 

 そんな私の手を取って言ってくれたパトリックさまの盛装姿は本当に素敵で、幾度思い返してもうっとり出来るほど。 

 目の前にいらしたのなら、それはもう見惚れる一択というもので。 

『もう。ローズマリーったら』 

 リリーさまがそう言って、しようのない、と苦笑されたので私はその時もやっと現実に返って来られた。 

 戻ってみれば、煌びやかな周りには、さんざめく人々。 

 

 そうでした。 

 こちら、夜会の最中でした。 

 リリーさま。 

 お手数かけます。 

 

 私が脳内で感謝の意を述べ、実際にはそれを瞳に乗せてリリーさまへ頭を下げれば、優しい笑みが返される。 

『しかし、噴水か。パトリック、間に合うか?』 

『もちろん』 

 その時難しい顔をされたアーサーさまがパトリックさまに問い、パトリックさまは自信に満ちた瞳と声ではっきりと言い切った。 

『間に合うって、何がでしょう?』 

 けれど何なのか分からない私が問えば、パトリックさまがそっと私の手を取る。 

『うん。先に話を聞いていたからね。準備はしてあるということだよ。あ、俺はアーサーから話を聞いただけで、リリー嬢とふたりきりになんてなっていないから安心して』 

『えっと、はい。それは』 

『当たり前だろう。そのようなこと、許すはずもない』 

 物語の先回りをすべく話を聞いた、と言ったパトリックさまが半分冗談半分本気のように言うのを、アーサーさまがかなり本気で肯定して、私はリリーさまは本当にアーサーさまにあいされているのだと嬉しくなった。 

『それで、あの。どのような準備をされたのですか?』 

 また焼却炉の時のような魔道具を設置されたのかしらと思って私が聞くも、パトリックさまはにやりと笑うばかりで答えてくれない。 

『見てのお楽しみにとっておいて』 

 けれど、そう悪戯っぽく笑った表情も盛装姿だとまた違って見えて、ほけっと見惚れた私はそれ以上の事を聞きそびれてしまい、後でリリーさまに初々しいと頬をつつかれる事態となった。 

  

 ええ。 

 分かっていましたけれど、やはり私は恋愛脳なのだと改めて実感いたしました。 

 もはや、パトリックさまの手のひらで踊っている感さえありますが、幸せなのでよしとします。 

 お花畑万歳。  

 

 ともあれ、その時にはどういうことなのか少しも理解できなかった私だけれど、噴水の除幕式に参加したことで漸くその実態を把握した。 

 噴水なのに”濡れることが無い”などと、この目で見なければ納得できなかったと思う。 

 しかして、激烈桃色さんはびしょ濡れとなっている。 

 

 激烈桃色さん。 

 どちらで濡れていらしたのかしら? 

 

 あの噴水で濡れることは絶対に不可能なのに、と思う私の周りでは、皆さん同じように怪訝な顔で激烈桃色さんを見つめている。 

「マークル嬢。今度は一体、何事だ?」 

「ウィリアム!あのね。あたし、リリーとローズマリーに噴水に突き落とされたのっ!」 

 眉を寄せ、不機嫌さを隠そうともせずに言うウィリアムに対し、激烈桃色さんが嬉しそうに答えた。 

 

 あの噴水に落ちて、濡れる事は無い。 

 

 そう分かっているクラスの皆さんは、奇異な目でというよりも、またかという呆れた目で激烈桃色さんを見るも、本人は気づかない様子で瞳を輝かせる。 

「ほんっとうに怖かった」 

 そして両腕で自分の身体を抱く激烈桃色さんは、とても愛らしく守ってあげたくなる様相で嘘を言っているようにはとても見えない。 

 

 演技力、というのでしょうか。 

 

 思わず明後日の方向に感心していると、アーサーさまが前に出られた。 

「マークル嬢。君は、その姿で廊下をずっと歩いて来たのか?そうであれば、周りじゅう濡れているのではないか?」 

 そして、抱き付いて来ようとした激烈桃色さんを難なく回避したウィリアムと同じく、眉を顰めたまま言うアーサーさまに激烈桃色さんは可愛らしく首を竦め、目を潤ませる。 

「アーサー酷い!あたし、リリーとローズマリーに貶されて噴水に落とされても、頑張って歩いて来たのに」 

 

 そういえば。 

 物語では、私とリリーさまに噴水に落とされた激烈桃色さんを皆さん擁護して、私とリリーさまは、上位貴族としての権威を笠に着ている、と、糾弾されるのでしたか。 

 

 思う私の前でクラスの皆さんは、けれど不可解な様子で激烈桃色さんの言葉を聞いていらっしゃる。 

『大丈夫だよ、ローズマリー。ここは現実で、物語とは違うのだから』 

 これならば糾弾されることは無さそうだと思った私は、昨日パトリックさまが微笑み言ってくれた言葉を思い出し、ほっとする思いで隣のリリーさまを見た。 

「ローズマリー。そこは、僕を見るところだよ」 

 途端、反対側の隣に立つパトリックさまが不満そうに言って私の肩を優しく押し、方向転換させる。 

「あの噴水に落とされてずぶ濡れ、か。そういえば、君は昨日の除幕式にいなかったな」 

 呆れたように言うウィリアムに、激烈桃色さんは不思議そうな顔をした。 

「除幕式?」 

「昨日ありましたでしょう?噴水の除幕式。それのことです」 

 そんな激烈桃色さんに、アイビィさんが疲れたように説明する。 

「そんなの知らな」 

「ああっ、見つけましたわ!桃色頭!」 

 激烈桃色さんが不思議そうに首を傾げた時、ひとりの女生徒が物凄い勢いで教室へ飛び込んで来た。 

 その手に持っているのは、バケツ。 

 

 どうしてバケツ? 

 

 その場の誰もが思ったその時。 

「いましたの!?・・・きゃっ」 

「ほら、滑りますから気をつけて」 

 その後ろからまたふたりの女生徒が現れ、濡れている床に滑ったひとりをもうひとりが支えて事なきを得た後、三人揃って私達へ頭を下げ、次いで激烈桃色さんに厳しい目を向けた。 

「突然申し訳ありません」 

「ですが、わたくし達、この桃色頭の被害者なのですわ」 

「信じられないことにこの方、突然廊下でバケツに汲んだ水を被ったうえ、そのバケツをわたくし達に投げつけて逃走しましたの」 

「なっ。あんた達に投げつけてなんてないわよ。避けられないのが悪いんでしょ」 

 三人の訴えに、激烈桃色さんは難癖をつけるなと言い返す。 

 その姿はとても堂々としていて、本当に自分は悪くないと思っているのが感じられた。 

 

 そうでしたか。 

 バケツ、で。 

 それで、バケツ。 

 

「あー。用務員室から無断でバケツを持ち出し、廊下でそのバケツに汲んだ水を自ら被ったうえ、バケツを投げて逃走した桃色の髪の生徒がいる、と多数訴えがあがって来たんだが。マークル、やっぱりお前か」 

 激烈桃色さんがどうやってずぶ濡れになったのか、そして何故突如現れた他クラスの彼女がバケツを持っているのか、その理由が判った、と、皆さんと頷き合っていると、担任の先生が、やっぱりか、とため息を吐きながら現れた。 

「先生!そうです。それ、この桃色頭の奇行です!」 

 バケツを持って訴える彼女に先生は判ったと頷き、激烈桃色さんと向き合う。 

「で、マークル。お前、なんでそんなことしたんだ」 

 穏便に尋ねる先生に、けれど激烈桃色さんは苛立ちを押さえることなく舌打ちをした。 

「もう。違うんだ、って!あたしは、リリーとローズマリーに噴水に落とされたの。だから早くふたりを罰してよ」 

「「「はあ?」」」 

 激烈桃色さんの言葉に、バケツを持った彼女を筆頭に、飛び込んで来た三人が信じられないものを見るように激烈桃色さんを見た。 

 

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

処理中です...