悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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134.パトリックさまは行動が早い

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「ローズマリー!昨日、街へ行ったって聞いた。それで、その。俺の浮気疑惑がどうの、ってアーサーが」 

 朝、学園へ行くために寮から出た所で焦った様子のパトリックさまが駆け寄って来て、捲し立てるようにそう言った。 

「あ、はい。街中で白いハンカチを投げられたのです。それで」 

「うん、それも聞いた。白いハンカチは『自分の方が愛されているのだから、貴女の出る幕など無い』という宣言なのだろう?どうしてそんな事になったのか心当たりは微塵も無いし、俺はローズマリーを裏切るような真似をしたことは一切無い。だが、そういう事実を突きつけられたローズマリーは大層傷ついた、とダービー副級長やデヴォア嬢にも言われて」 

 珍しく、私の言葉に被せて来たパトリックさまの言葉に私は目を見開いた。 

「言われた、って。え?いつですか?」 

  

 白いハンカチを投げられる意味、かなり変わっていないかしら? 

 

 などと思っていた私は、パトリックさまの言葉に首を傾げる。 

 マロウさんにお会いしたのは、昨日の放課後。 

 その後、街から寮まで一緒に戻って来たのに、アイビィさんもアイリスさんもいつパトリックさまとお会いしたというのだろう。 

  

 あら? 

 それでいくと、アーサーさまがパトリックさまに話をされた、というのはリリーさまから聞かれたのでしょうと思ったけれど、それも『いつ?』ということに。 

 

「連絡蝶が飛んで来た。三人連名の連絡蝶で、実際に飛ばしたのはリリー嬢。受取人はアーサーだったけれど、俺も当然その場に居ることを前提としたものだったらしい。もちろん内容は直接見ていないけれど、三人ともローズマリーをとても案じていて、俺を糾弾する勢いの文章だった、と聞いた。誤解をしているのならそれも当然だけど、本当に俺には身に覚えなど何も無いんだ」 

 信じて欲しいと重ねて言われて、私はこくりと頷いた。 

「ああ、なるほどです。連絡蝶」 

 その手があったか、と私が納得して頷いているとパトリックさまが、がしっ、と私の両肩に手を乗せた。 

「納得するのは、そこじゃないよローズマリー。ちゃんと聞いていた?おかしな女が言っていたことは事実無根。納得するのは、そこにしようか」 

「あ、はい。それはもう昨日の段階で納得していますし、そもそも最初からパトリックさまが浮気するとは思っていなかったと言いますか」 

 事実を確認したくはあったけれど、そう深刻でもなかったことは一緒に行ってくれた三人は良く知っている筈。 

 なのに少しばかり内容を盛ったのは、私が嫌な思いをしたことを案じてくれているからなのだろうな、と私は嬉しくなった。 

「でも、真っ直ぐに僕の所へ来なかったのには、理由があるのではないか?」 

「理由、ですか」 

「でなかったら、わざわざ裏を取るような真似はしないだろう?何か不審に思うことがあるのなら言ってくれ」 

 切羽詰まった様子で言われて、私はこくりと頷く。 

「ひとつ、気になった言葉があったのです」 

「気になった言葉?」 

「はい。以前、リリーさまやアーサーさまと共に街へ行った時、魚屋さんの所で何方かを養っているような発言をされていたので」 

 私が正直に言うと、パトリックさまは頭を抱えてしまった。 

「あれか」 

「はい。あの時言っていたのは、あそこに住まわれている方々のことですよね?」 

「そうだよ。名義は母上だけれど、今は僕がこの学園に居るのだから采配をしろと言われて。はあ。ごめん。それだけ聞くと怪しいよね」 

 ちゃんと説明すればよかったと言われ、私はふるふると首を横に振る。 

「大丈夫です。今回のことで、その疑問も解決しましたし。却ってよかったかもしれませんね」 

「でも、嫌な思いをしただろう。すまない」 

「いきなりハンカチを投げつけられたので、驚きはしましたが。ひとりではありませんでしたし、大丈夫です」 

 三人が居てくれて心強かったと言えば、パトリックさまが複雑な顔になった。 

「それは良かったけれど、僕が守りたかった」 

「いつも守ってくれているではありませんか」 

「抜けがあったということだろう。今後はもっと気を付ける。それにしても、まさか不正をしてあそこに住んでいるばかりでなく、そんな馬鹿なことを言い出す人間がいるなんて思いもしなかった。このことは両親にもきちんと報告して、相応の処置をするよ」 

「はい、それはよろしくお願いします。あそこにお住まいの方も、そう言っていらしたので」 

「うん、任せて・・・ああ、よかった」 

 力強く頷いたパトリックさまが何故かその場にへたり込んでしまい、私は慌ててその前にしゃがんだ。 

「パトリックさま?どうかなさいましたか?」 

「情けないけれどね。ローズマリーが本当に僕を信じてくれていると分かったらほっとして、力が抜けた。ごめん。ローズマリーが嫌な思いをしたことには変わりないし、消えないのに。ローズマリーに信じてもらえなかったらどうしよう、嫌われたらって生きた心地がしなかった。本当に根も葉もないことだけど、それを証明するというのは難しいからね」 

「確かにそうですね。ですが、わたくしがパトリックさまを嫌いになることなどありません。もし本当に他の方にお心を移されたら哀しいだけです」 

「なら安心だ。ローズマリーが哀しい思いをすることなど無いよ」 

 髪を撫でてくれる優しいが嬉しくて、大好きで、私は一瞬でお花畑へ飛び立ちそうになるも、ここが寮の前だと思い出して何とか現実へ立ち戻る。 

「それにしても、何故あの方はあのような事を言われたのでしょう?」 

 根拠は謎であれどかなりの自信に満ち溢れていた、と思い返して私は首を捻った。 

「本当にな。可笑しな妄想癖女がもうひとり増えたということかもしれないから、有りもしないことで万が一にも仲違いなどと噂されないよう、これからは密に付き合って行こうね」 

 言いながら、私にぴったりとくっついたパトリックさまに力強く頷く。 

「はい。お願いします」 

「うん。密に、ね」 

「密に、ですね」 

 分かりましたと寄り添えば、パトリックさまが苦笑した。 

「うん。分かっていないね」 

「え?」 

「大丈夫だよ。学園、行こうか」 

 立ち上がって私の手を引き、ゆっくりと立ち上がらせてくれるパトリックさまに従いながら、私は辺りをくるくると駆けているテオとクリアを呼ぶ。 

 

 それにしても、どうしてパトリックさまは苦笑しているのかしら? 

 

  

 

~・~・~・~・~・ 

 

 

今年も一年ありがとうございました。 

佳いお年をお迎えください。 

 

 
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