ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)

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一.ぼくとぼくを溺愛する婚約者と、それから 

2、

 

 

 

「あ。形ばかりの婚約者さん、こんにちは。恥知らずにも、未だ王城に来ているんだね。ふふ。笑っちゃう」 

 その日、王子妃教育を終えて公爵邸へ帰ろうとしていたウォルターは、王城の一般区まで戻って来たところで、不躾に声を掛けられ立ち止まった。 

「失礼ですが、どちら様でしょうか?」 

 相手に覚えは無いものの、見える限り、近くには自分と彼しかいないうえ、その挑戦的な瞳が真っ直ぐに自分に向いていたことから、何故かは分からないけれど、恐らく自分への言葉だと理解したウォルターは、表面穏やかなままそう尋ねた。 

 

 『形ばかりの婚約者さん』って言ったってことは、アリ様とぼくの婚約に異を唱える貴族ってことかな。 

 ・・・・でも。 

 いたかな? 

 こんなひと。 

 

「ふふ。僕は、アーロン男爵家のクリス」 

 何故か尊大な態度で名乗られ、ウォルターは、なるほどと理解する。 

 

 王家やうちと繋がりの無い男爵家とは、未だ交流をしたことが無いから知らないってことか。 

 貴族名鑑、ちゃんと男爵家の家族構成まで全部覚えないと。 

 

「あー。その顔。男爵家の人間が、公爵令息に声を掛けるなんて不敬だって?」 

 王家や生家であるエアリー公爵家と縁のある家は、男爵家でも覚えているが、まだまだ勉強が足りないとウォルターが思っていると、クリスが更に挑発的な目でウォルターを見た。 

「言わなくたって分かるよ。『男爵家のくせに』でしょ?まあ、確かに貴族社会じゃそうなってるよね。友人でもない下位の者から声掛けするのは失礼、って。でも、だからこそ、いいんだよ。僕は男爵家の人間だけど、アリの運命の番で、将来の王子妃なんだから」 

 うっとりと語るクリスに、ウォルターは目を見開く。 

  

 え? 

 このひとが、アリ様の運命の番? 

 

 思わず思ったことが顔に出てしまったのか、クリスは蔑むようにウォルターを見、何が楽しいのか、くすくすと笑い出した。 

「ああ、驚いてる。でも、その顔。信じていないでしょ。ところが残念。本当だから。アリはね、王家とエアリー公爵家が、勝手に決めてしまった婚約者に辟易しているんだ。我儘で、傲岸で、本当は大嫌いなのに、国のために番にならなくちゃならない、この上ない不幸だって嘆いてる」 

 

 え? 

 王家とうち・・エアリー公爵家が決めた婚約? 

 でもアリ様は、ぼくが生まれた時、自分の伴侶で番になるのはぼくだって分かった、これが運命だと全身で感じた、って。 

 

 アリスターや自分の両親、そしてアリスターの両親である国王、王妃両陛下から聞いていた話との違いに、ウォルターは内心で首を捻るも、クリスの言葉は止まらない。 

「おまけに、公爵家の子息だからってお高くとまって、挿入どころか、兜合わせもさせてもらえない、ってアリが嘆いてるのを、運命の番である僕が慰めるんだ。僕は、お前と違って、すぐに挿入させてあげるからね。アリは、すぐに僕に夢中になるんだ。それに、たとえ発情期じゃなくたって、アリが求めるだけ、幾度でも、幾日でも繋がっていていいよって言ってあげられるし、気持ちよくしてあげられる。どんな恥ずかしい体位でも応えるし、むしろ、積極的に色々されたい。だって、運命の番だよ?僕とアリなら、快楽は半端ないから・・互いに乱れきって、求めあって。それで、僕とアリは身も心も幸せに幸せになるんだ。体の相性って、大事だものね。ああ。早くアリに抱かれたい」 

 クリスが、卑猥な声音で滔々とうとうと語るのを聞きながら、ウォルターは思考を懸命に回転させていた。 

 

 挿入、っていうのは、あれかな。 

 指じゃなくて、アリ様のあれを、ぼくの・・その、後ろに挿れる、ってことかな。 

 それは確かにしたことないけど、兜合わせ、ってなんだろう。 

 今度、アリ様に教えてもらおう。 

 それに、アリ様とは、ぼくもベッドで色々してて、ぼくはすっごく気持ちがいいし、アリ様も気持ちいいって言ってくれるし、乱れるって言えば、事後のベッドのすさまじ・・・んんっ。 

 

「アーロン男爵子息」 

 思い返し、恥ずかしくなってしまったウォルターは、気持ちを落ち着けるように小さく息を吐いて、改めてクリスと向き合う。 

 今は、ベッドでのアリスターを思い出して、赤くなっている場合ではない。 

 

 そうだよね。 

 恥ずかしいことを思い出して、落ち着かなくなるなんて、それこそアリ様の婚約者に相応しくないよね。 

 いや。 

 恥ずかしいけど、アリ様と色々するの好き・・って! 

 やめやめ! 

 

「貴方は、第三者と話をするときもアリスター殿下のことを愛称で呼ぶのですか?」 

 ここは王城の廊下。 

 しかもアリスター本人の居ない場所での言葉遣いを不敬に思い、息を乱したアリスターから欲に満ちた目を向けられる、あの瞬間を思い出しそうになるのを何とか堪えて、ウォルターはそう音にした。 

 

 思い出したら、駄目。 

 思い出したら、駄目。 

 

 そう、何かの呪文のように唱え続けて、ウォルターは平静を保つ。 

「あたりまえじゃん。僕とアリの仲だよ?愛称で呼ばない方が、怒られるに決まってるでしょ。まあ、お前は愛されてもいないから、当然愛称で呼ぶことも許されてないし。愛しているから愛称で呼んでほしいアリの気持ちも、愛されているから愛称で呼んでほしいと言われる僕の喜びも分からないか。だって本来なら、もう王子妃の部屋を与えられて泊まりも許される時期の筈なのに、それも無いし、王子妃教育の前後に表の庭園で行われる定番のお茶会も無い。無い無い尽くしで、それなのに未だ婚約者って名乗れるの、凄いね。尊敬しちゃう」 

 侮蔑の目をウォルターに向けて、クリスが嘲笑うも、ウォルターには戸惑いしかない。 

 

 うーん。 

 ぼくが王子妃の部屋を使っていないのは改装のためだし、表の庭園で、のお茶会はしていないけれど、他の所でしている、んだけどな。 

 それに、3日に一度はアリ様の部屋にお泊まりもしているし。 

 

 しかし、初対面の相手、しかも自分のことを蔑むような相手にわざわざ言うことでもないかと、ウォルターは口を噤んだ。 

 もっとも、王子妃の部屋でなくアリスターの部屋にウォルターが泊まっているのは、表向き改装を理由にしているものの、真実はアリスターがウォルターを離したがらなかったからで、多くの人が行き交う表の庭園でお茶をしないのは、ウォルターを他人の目に触れさせたくないアリスターが、王族や高位貴族しか出入りを許されない場所を選んでいるから、なのだが、クリスはもちろん、ウォルターもその真相は知らない。 

「だから、早くアリを解放してあげてよね」 

 そう言って勝ち誇ったようにウォルターを蔑むクリスの背後で、ちょうど通りかかった王城の侍従が、青い顔で、素早く何処かへ向かって去って行く。 

 

 え? 

 なにかあった? 

 

 王城の廊下で何事かあったのかと、急ぎ去って行くその侍従の、去り際の視線の先を見れば、ウォルターの後ろで、ウォルター付きの従僕が、にこやかに笑いながら目に殺気を籠めていた。 

 

 こ、怖いから、それ! 

 

「さあ、帰りましょうウォルター様。奥様がお帰りをお待ちですよ」 

 そうして、そっと優しくウォルターを促し、クリスなど、いないかの如くの姿勢で歩き出す。 

 その優しい手も、穏やかな口調もいつも通りだけれど、ウォルターにはその副音声が聞こえる気がした。 

 曰く。 

 

 さあ、早く帰りましょう。 

 今の事態、詳らかに、即、奥様にご報告せねばなりません。 

 

 

 

 ・・・うん、知ってる。 

 これ、穏便には済まないやつ。 

 

 
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