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十四、推しと魔石

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「オリヴェル様、お茶をお持ちしました」 

 侍女が用意してくれたティートロールを押して、デシレアはオリヴェルの私邸にある研究室の扉を軽く叩いた。 

「ありがとう。入ってくれ」 

「失礼します」 

 オリヴェルの契約婚約者となって早二ヶ月。 

 デシレアは、オリヴェルが他人を入れることを好まないという、邸内にあるこの研究室に迎え入れられるほどに良好な関係を築いていた。 

 尤もそれは、邸の使用人達が、嬉し恥ずかし、と頬染めて言うような甘いものではなく、いうなれば共犯者のようなそれだとデシレアは認識している。 

「デシレア。これは何だと推測する?」 

 色々な物がごっちゃりと乗った研究用の机から、デシレアがお茶の支度を進めるティーテーブルへと移動して来たオリヴェルが、子どものように瞳を輝かせてデシレアに何かを差し出した。 

「きれいな石ですね。魔石・・・でしょうか?」 

「正解。それで?何に使うと思う?」 

「何に、ですか?攻撃か防御か」 

 この世界で魔法と言えば、戦闘に特化している。 

 従って、魔石に籠められた魔法陣もこれ然り。 

 そのため、デシレアがどちらかだと言えば、オリヴェルが口角をあげた。 

 その、してやったり、という顔が凄い。 

  

 どや顔! 

 あの冷静沈着と謳われるオリヴェル様が、どや顔! 

 貴重! 

 尊い! 

 永久保存! 

 

 などと心のなかで狂喜乱舞するデシレアに、オリヴェルもまた嬉しそうな声で話し出す。 

「これは、保温が出来る魔石だ」 

「え?」 

「デシレアが言っていただろう。岡持おかもちに保温機能があれば、と。それで造ってみた」 

 どうだ驚いたか、と悪戯が成功した子どものように言われ、デシレアは魔石とオリヴェルを交互に見つめてしまう。 

 そして、その言葉の内容を解すれば、どや顔も当たり前と納得がいった。 

「造ってみた、で、出来てしまったんですか?簡単に言っていますけど、この短期間で新しい魔法陣を創り、魔石に仕込んだということですよね?天才過ぎます」 

 言ってから、ああこのひとは魔法の天才だった、とデシレアが思っていると、オリヴェルが少し難しい顔になった。 

「デシレアが言ったのだろう。攻撃や防御が出来る魔石があるのなら、それを応用して保温出来る魔石も造れないか、と。それで、ついでだから保冷と、保冷より更に強い冷凍も作ってみた。これで、氷菓も運べるぞ」 

 にこにこと嬉しそうに言うオリヴェルは、初対面の時とは比べ物にならないくらい明るい。 

 

 オリヴェル様ってば、子どもみたいに目を輝かせて可愛い。 

 もう一生、推せる。 

 

「なんだ、仏頂面をして。嬉しくないのか?」 

 もっと喜ぶと思ったのだろう。 

 デシレアの反応を見たオリヴェルの眉が、不機嫌に寄せられた。 

 しかし、デシレアにしてみれば、まさか、である。 

 推しであるオリヴェルの天才ぶりと可愛いさを同時に見られて天国、な気持ちなのだから。 

 因みに仏頂面に見えるのは、オリヴェルを可愛いと思う余り、犯罪者級に、にまにましてしまいそうだからなのだが、このオリヴェルの反応ならば、どうやら上手く隠せているらしい、とデシレアはほっと息を吐く。 

「いえ、とても嬉しいです」 

「そんな風には見えないが?」 

 にっこりとデシレアが笑って言ってもオリヴェルはむっすりとしたまま、機嫌の直る様子もない。 

 

 むむ。 

 不機嫌なオリヴェル様も素敵だけれど、誤解が激しい。 

 こうなれば、言ってしまう? 

 もう表情が崩れるほどにはならないだろうし。 

 よし、確認してから。 

 

「・・・言っても怒りませんか?」 

「言ってみろ」 

 傲岸に顎をしゃくられ、こんなことですれ違うよりも、と怒らないという言質を取ったデシレアは、思っていたことを口にした。 

「オリヴェル様、天才で可愛いな、って」 

「なっ!」 

「私の思いつきをこの短時間で形に出来てしまえる天才様なのに、目がきらきら輝いてとても楽しそうなので、本当に魔法が好きなのだな、と」 

 素直にそう吐露したデシレアは、怒らないとは言っていない、と言って怒るであろうオリヴェルを見、想像と違う様相に首を傾げた。 

「オリヴェル様?」 

「デシレア。俺は確かに天才と言われる魔法師だ。それで随分助けられもしたし、他人の役にも立ったと自負してもいる。だが、楽しいと思ったことは無かった。魔法の研究は好きだが、そこにはいつも破壊や、何かを傷つける行為が伴っていたからな。今回のように、純粋に楽しむという感覚は持てなかったんだ」 

 オリヴェルの言葉に、デシレアは冷たい水を被ったような気持ちを味わう。 

 この世界の魔法は、戦闘に特化している。 

 その意味を、もっと深く考えるべきだった、とデシレアは猛省した。 

「すみません。オリヴェル様の気持ちも考えずに」 

 頭が膝に付くほど下げれば、傍へ来たオリヴェルがぽんぽんとその頭を叩いた。 

「そうじゃない。魔法も、純粋に平和利用できると教えてくれてありがとう、と言いたかったんだ」 

 その言葉にデシレアが顔をあげれば、オリヴェルの群青の瞳がデシレアをじっと見つめている。 

 

 凄くきれい。 

 吸い込まれそう。 

 

 本当にきれいだ、と、ぼうっと見つめ返したデシレアは、次の瞬間今の状況が堪らなく恥ずかしくなった。 

「と、ところで、この魔石はどうやって使うんですか?保温機能を作動させるにはどうしたら?」 

 そそくさと視線を魔石に移し、無理矢理のように話題を変えたデシレアは、見た目きれいな宝石のような魔石を陽の光に翳す。 

 するとそこに魔法陣と思しきものが浮かんで見え、益々気持ちが昂った。 

「どう、って。通常は戦闘時に使うからな。魔石に仕込んだ魔法陣を作動させるには、地面に叩きつけるか、対象に向かって投げ付ける」 

「は?」 

「わ、分かっている、というか今理解した!保温機能や保冷機能の場合、それでは駄目だな」 

 焦り言ったオリヴェルは、挙動不審の様相で細い眼鏡の縁を幾度も押し上げる。 

「当然です」 

 何を考えているのですか、とデシレアが呆れを瞳に乗せて見つめれば、オリヴェルが拗ねたように眉間にしわを寄せた。 

「む。攻撃や防御の魔石しか使ったことないのだから、仕方ないだろう」 

 開き直ったように言うオリヴェルに、デシレアは新たな疑問がわいた。 

「もしかして、攻撃や防御の魔石は一度限りの仕様ですか?」 

「ああ、そうだ・・・ん?もしかして、連続使用を可能にする必要もあるのか」 

「その方が便利だと思います」 

「分かった。改良しよう」 

 素直に頷いたオリヴェルの瞳が、きらきらと輝く。 

 

 格好いいのに可愛い。 

 

「なんだ?」 

 何かをもう考え始めているのか、じっと魔石を見つめるオリヴェルをデシレアが見つめていると、ふとオリヴェルが顔をあげた。 

「いえいえ。オリヴェル様は格好よくて可愛いな、なんてことは誰も」 

「なっ」 

「ふふっ。照れるオリヴェル様は、とびきり可愛いですよ・・・あ、また言っちゃった」 

「白々しい」 

 わざとらしく両手で口を覆ったデシレアの額を、オリヴェルが、ぴん、とつつく。 

「でも、格好いいというのも本心です。ほらこの目。嘘をついている目ではないでしょう?」 

 自分で己の目を指さし楽しそうに笑ったデシレアは、次の瞬間オリヴェルに限界まで距離を詰められ、瞳を覗き込まれて固まった。 

 感じる、オリヴェルの体温と、息遣い。 

 それがデシレアの鼓動を乱していく。 

「どうした?確認してほしいのだろう?うん?ほら、よく見せろ」 

 すると今度はオリヴェルが、楽しそうな声でデシレアを煽る。 

 

 近い、近い、近い! 

 近いです、オリヴェル様! 

 でもその瞳、やっぱり凄くきれいです! 

 

「デシレア、冗談だ。そんなに懸命に目を開かなくていい。乾いてしまう」 

 その距離の近さに混乱しつつ、それでもオリヴェルの瞳を近くで見られる喜びに狂喜していたデシレアは、心配そうな声でおろおろとデシレアの肩に手を乗せたオリヴェルを見つめたまま、勢いよく両手を胸の前で組んだ。 

「私は今、オリヴェル様の瞳のきれいさ美しさを堪能していました!これぞ天上の美です!」 

 爛々と輝く瞳で興奮気味に言われ、オリヴェルは頬を引き攣らせた。 

「何を突然。頭でも打ったか?」 

「突然ではありません。さっきも思ったばかりですし、何なら前々からずっと思っていました」 

 

 それこそ前世から! 

 

 思うデシレアがにこにこと言えば、オリヴェルは耐え切れないように瞳を逸らす。 

「そ、そうか」 

「はい!」 

 そしてこれ以上ないほど強く肯定すれば、オリヴェルが落ち着かない様子で眼鏡の縁に触れた。 

「そんなにはっきり言われると照れ・・・いや、それなら喜んでくれると思う」 

 何かを言いかけ、小さく首を振ったオリヴェルは、唐突に立ち上がると棚から大き目の箱を取り出してデシレアの前に置く。 

「これは?」 

「君への贈り物だ。開けてみてくれ」 

「凄い・・きれい・・素敵」 

 促されるがまま布張りの箱を開けたデシレアは、その見事な宝飾品の数々に一瞬で目を奪われた。 

 耳飾りにネックレス、ペンダントに髪飾り。 

 豪華な品が並ぶなか、ペンダントだけは普段使いも出来そうなデザインに小ぶりの石が使われていて、そこにもオリヴェルの気遣いを感じたデシレアは益々嬉しくなる。 

 そしてそれらに使われているのは、すべてオリヴェルの瞳の色の宝石。 

「その。花石はないしはすまない、贈れない。だから代わりに、俺の瞳の色の石を贈りたい」 

 申し訳なさの滲む声に、デシレアはゆるりと首を横に振った。 

「嬉しいです。オリヴェル様色の贈り物」 

 花石はないしは、言うなれば各個人の魔力の結晶。 

 多かれ少なかれ必ず魔力を持って生まれて来るこの国の人々は、遅くとも三歳までに魔力の結晶石を生み出す。 

 生涯ただひとつのそれが、様々な花の形をしていることからそう呼ばれる花石は、各個人にとって特別な宝。 

 故に大切に保管され、他人の目に触れさせることは無い。 

 そして婚約の時、想いを込めて互いに贈り合う。 

 

 でも、オリヴェル様は聖女様を想っていらっしゃるから。 

 

 聖女エメリを想うオリヴェルが、花石を彼女以外の者に贈らないだろうことは、デシレアのなかで想定内だった。 

「嬉しい。ほんとに嬉しいです。ありがとうございます。大切にします、必ず」 

 けれど、まさかオリヴェルの瞳の色の宝石を贈ってくれるなど想像もしていなかったデシレアは、心からの笑顔をオリヴェルに向ける。 

「それに合うドレスも用意している。その、婚約披露の時、身に着けてくれると嬉しい」 

「はい、オリヴェル様」 

 頷き、本当に大切そうに宝石を見つめるデシレアを、オリヴェルは喜びの瞳で見つめていた。 

 

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