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十九、推しとお茶

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「そういえば、俺の両親とローン侯爵の関係について、デシレアは何か聞いているか?」 

 魔法調薬の後、この部屋での恒例となったふたりでのお茶の時間、これまた定番となったデシレア手作りの菓子を摘まみながらオリヴェルが問うのに、デシレアはこくりと頷いた。 

「はい。学院で同学年だった、と伺っております。でも、それくらいで。時折ご一緒させていただいている皆様は、ローン侯爵の存在など薄いもので、メシュヴィツ公爵閣下とメシュヴィツ公爵夫人による首位攻防戦、とりわけ魔法による模擬戦が凄まじかった、伝説もたくさん生まれた、とそちらのお話を楽しそうにしてくださいますし、私もそちらの方が興味深いので」 

「母上は何と?」 

 メシュヴィツ公爵夫人が何と言っているのかなど、知っているのだろうオリヴェルに楽しそうに問われ、デシレアは苦笑するしかない。 

「『学院時代、成績はどの教科も下から数えた方が早かったのに、爵位を笠に他を押しのけ大臣の位に就いた、何ひとつ役目を果たせない、果たそうともしない給金ぼったくり野郎』」 

 いつも眉顰めて言う、メシュヴィツ公爵夫人の真似をして言えば、オリヴェルが益々楽しそうに笑った。 

「うまいな。母上の言いようによく似ている。それなのに、メシュヴィツ公爵夫人、と呼ぶのか?その、もっと親しい呼び方にはしないのか?」 

「え。あの・・それは」 

 メシュヴィツ公爵夫人から、名前で呼ぶかお義母様と呼んでほしいと言われているものの、なかなかそうできずにいるデシレアは、迷うように瞳を彷徨わせる。 

「ああ、いや。嫌ならば無理にとは言わな」 

「嫌なんかじゃありません!ただ、畏れ多くて」 

 嫌ならば無理せず大丈夫だ、と言いかけたオリヴェルを遮り、デシレアは懸命に首を横に振った。 

「畏れ多い、って。義理とはいえ、母となるのだからそんな感情は不要だろう」 

 虚を突かれたようにオリヴェルが言うのに、デシレアは胸の前で強く拳を握る。 

「いいえ、必要不可欠です。私、メシュヴィツ公爵夫人を凄く尊敬しているんです。だって、本当に凄い方なんですよ?お会いする前から、メシュヴィツ公爵家の皆様の凄さは知っているつもりでいましたけれど、実際にお会いしてみたら、そんなの比にならないくらい凄いな、って。公爵夫人は顔も広く人望も厚く、優秀なのに優しくて、でも出来ないことはちゃんと厳しく教えてくれるんです。凄く感謝しています」 

 目を輝かせ、熱く語るデシレアに気圧されたように、オリヴェルは眼鏡の縁を忙しなく触った。 

「そ、そうか。いや、母上は君に、お義母様と呼んでほしいらしくてな。焦がれているからそのうち。婚姻式を終えたらでもいいから、呼んでやってくれ」 

「は、はい」 

「しかし、なんだ。母上の迫力が恐ろしくて怯えているのかと思えば、違ったようで安心した」 

 ほっとしたように言うオリヴェルを、デシレアは不思議なものを見るように見た。 

「何を仰います。迫力がある時もありますけれど、恐ろしくなどないではないですか。迫力は、時には公爵夫人として必要なことかと」 

「確かにそうではあるが。母上の威圧はとても強いだろう?婚約披露でも、ローン侯爵を相手に容赦無かったではないか」 

「まあ、確かにあの時は。それにいつも、ローン侯爵ほどの屑はいない、と仰るのが口癖ではありますね。ですがそれは、この国全体の共通評価だと知っております。魔法大臣なのに魔法の才も勤勉さも何も無い、爵位で大臣の位をもぎ取った愚者、とは皆が言っていることですから・・・ああ。でも私は、そのローン侯爵より更に落ちこぼれなのですね。学院も出ていませんし」 

 貴族として箔が付く学院には、裕福な貴族でなければ通えない。 

 当然デシレアは学院に縁がなく、下級貴族や平民も通う場所で学んだ。 

 生きて行くうえで必要なこと、特に平民の暮らしなどにも詳しくなったのでそのこと自体に後悔は無いが、やはり学院卒で無いということは立場が弱く感じる。 

「学院卒とは言っても、通うのは一年だけのことで、学ぶというより他家との繋がりを作ることに必死な者が多いし、金の力で学院を卒業する無能もいる。そんなことは気にしなくていい」 

「ですが、適性無し女ですし」 

 いじいじと言えば、オリヴェルがぺしっとデシレアの額を叩いた。 

「調薬の方法や、使う薬剤を覚えれば問題無いと言っているだろう。君は無駄に前向きだと思っていたが、落ち込むと長いな」 

「どうせ、へたれです・・・あ」 

「何だ?」 

「オリヴェル様の適性ってどちらですか?っていうか、私が無色透明だったあれ、オリヴェル様が作ると何色になるんですか?」 

 他に興味が移ったからだろう。 

 打って変わって好奇に満ちた目を向けられ、オリヴェルは安心したように小さく口元を緩める。 

「ん?ああ、指針薬か。俺は白金はっきんだな」 

 その答えにデシレアは目を丸くした。 

「それはまた高貴でお高そうな、オリヴェル様らしい色ですね。それで?適性はどちらなんですか?」 

 そわそわ、わくわくと問いかけるデシレアと対照的に、オリヴェルはゆったりと口に運んだカップを置く。 

「両方だ」 

「え?」 

「その時の魔力の使い分けで、どちらも作れる」 

 だからといってどうということもない、という風情で淡々と言うオリヴェルを、デシレアはじとりと見つめた。 

「高貴でお高そうな色だけのこと、ありますね。威力ももちろん」 

「特級だ」 

「へー。やっぱりー、すごいですねー」 

 抑揚無しで言い、わざとらしく紅茶を飲むデシレアをオリヴェルが楽しそうに見、眼鏡を光らせる。 

「拗ねるな。君の無色透明だっていいじゃないか。可能性としてある、とは知っていたが初めて見たからな。衝撃ではあった。何と言っても未知のかの」 

「うわあ!初めて見たんですか!?それって、本当にあるとは思わなかった、っていう領域ってことですよね!」 

「あ、ああ。まあ、そうだな」 

「いいやあ!それって絶滅危惧種みたいなもの?でもどうなの、要らない絶滅危惧種、って感じなんじゃないの、適性無しの無能なんて!」 

 惑乱し、頭を抱えて叫ぶデシレアの、その頭をぽかりと叩いてオリヴェルは顔をあげさせた。 

「落ち着け。そんな風に混乱したり落ち込んだりしている時間があるなら、調薬をしっかり覚えろ。魔法陣も覚えなければならないのだからな。忙しいぞ」 

「魔法陣?」 

「言っただろう。蜜蝋を塗った布ラップの魔法陣を簡易化すると」 

 忘れたのか、と言うオリヴェルにデシレアは首を横に振った。 

「覚えていますよ。簡易化したら、私も魔法陣を付加する、みたいなお話でしたよね?」 

 だから、今は未だ魔法陣を覚える必要は無いのでは、というデシレアにオリヴェルが納得したように頷く。 

「なるほど。そう理解していたのか。だがそれは誤りだ」 

「誤り。では、正解は?」 

「正解は、君も簡易化に参加する、だ。なので当然、簡易化する前の魔法陣を覚える必要がある。あと、保冷や保温の魔法陣も覚えるといいだろう。何と言っても、この事業は君ありきだからな」 

 当然のように言われ、デシレアは驚愕のあまり只管に首を振ってしまう。 

「そんな。私は思いつきを言っただけで。責任者はオリヴェル様でお願いしたいです」 

「君がそれでいいなら、魔法警備の時同様、表向きは俺が責任者となるが。魔法陣、覚えられないか?もちろん、ひとりで勝手に覚えろなどとは言わない。俺がきちんと教える」 

「オリヴェル様が?」 

「ああ」 

 

 それってつまり、魔法陣を描くオリヴェル様を間近で見られる、ってこと!? 

  

「やります!やらせてください。頑張ります!」 

「なんだ、急に」 

 

 調薬するオリヴェル様に、魔法陣を描くオリヴェル様。 

 ああ、私を至福の時が待っている。 

 

 オリヴェルが、己が作成しながら緻密で複雑だと言っていた魔法陣。 

 ゆえに、自分が覚えられると思っていなかったデシレアだが、オリヴェルが魔法陣を描く姿を見られるというなら話は別だ。 

 やらない、つまりは、見ない、などという選択肢は、デシレアには無い。 

「まあ、やる気になったのなら何よりだ。それとな、デシレア。蜜蝋を塗った布ラップなのだが、名前が長いだろう?なので商品名として、デシレアラップにしたらいいのではないかと思うのだが」 

 浮かれはしゃぐデシレアの耳に、とんでもない単語が飛び込んで来た。 

 

 
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