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四十四、推しと幼友達 2

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「ふうん。あの状態、ねえ。ふたりだけで分かり合っているみたいだけどさ、デシー。今日の服は、子息様の色じゃないんだな」 

 どうでもいいような、それでいてしっかりと意味を持ったように言うヴィゴに、デシレアは呆れたようにため息を吐いた。

「そんな。身に着ける物すべて、オリヴェル様の色な訳ないでしょ」 

「ま、そりゃそうだけどよ。全然何にも、なんて。今日は商談だっていうのに、その程度なんだなと思って。ほら、愛し愛された婚約者、配偶者の色は相手を守る、なんて言うじゃないか。平民だけか?」 

 だからこそ、平民の女房だって何かしら旦那の色を身に着けている、特に勝負をかける日には、と挑発的にオリヴェルを見たヴィゴだが、何故かオリヴェルには微笑まれ、デシレアには睨まれた。 

「もう!ヴィゴの意地悪!本当は、身に着けて来るはずだったの!だけど、着替えに戻れなくなっちゃって」 

「何かあったのか?」 

 デシレアの言葉に、レーヴ伯爵が案じる瞳を向ける。 

「別に大問題、ってわけじゃないから安心して。ただ、突発的な依頼が入ったのと、その後も思いがけないことが連続して起こって。時間が足りなくなっちゃったの」 

「怪我など、したわけではないんだな?」 

「身体も心も無傷よ」 

「本当だな?」 

「うん。嘘は吐かない」 

「そうか。なら、いい」 

「ごめんなさい、心配かけて」 

 項垂れるデシレアの髪を優しく撫でるレーヴ伯爵に、デシレアが甘えるように首を竦め、目を細めた。 

「そうしていると、君自身が猫のようだな。被る必要も無く」 

「うっ」 

 オリヴェルの言葉に固まったデシレアに、ヴィゴが更なる追撃をかける。 

「はははっ。デシー、どうするよ。子息様は、デシーを愛玩動物か何かと間違えているみたいだぜ?」 

「安心しろ、デシレア。愛玩動物だなんて思っていない。見ていて飽きないとは思っているが」 

「なっ・・・オリヴェル様!?」 

「ああ、公爵子息。それは、私も同意します。デシレアは、見ていて本当に飽きない。赤子の頃からそうでした」 

 見ていて飽きないというのもどうかと思う、と抗議の声をあげようとしたデシレアは、思いがけず実父にまで同じことを言われ、情けなく眉尻を下げた。 

「そんな・・・お父様まで」 

「デシレア。何をそんなに驚いている。伯爵は知らないが、俺は今更ではないか」 

 オリヴェルに言われ、デシレアは、大きく息を吐いた。

「はあ、そうでした。私ってば、珍獣、玩具枠」 

「そんなことより、ヴィゴ。俺は君に礼が言いたい」 

「え・・礼・・・ですか?」 

 ぞんざいになりそうな言葉遣いを何とか直して、ヴィゴは不思議そうにオリヴェルを見る。 

「ああ。先ほどデシレアも言った通り、緊急事態となって邸に戻れなくてね。仕方なく途中でデシレアの装いを整えたのだが、急ぎでの事だからね。店側に全て任せるのが最速だろうと、色の注文までは付けられなかったんだよ」 

「は?だからなんだ・・何、ですか。ああ、デシーが身に着けていない言い訳ですか」 

「いや、それが理由ではあるが、言い訳をしたいわけではない。その際、怪我の功名とでもいうのか、デシレアの着替えを待つ間に、とてもいい物を見つけたのだ。しかし俺はどうにもこういうことに不慣れで。どのように渡せばいいか、いつがいいのか、思い悩んでいたところ。君が、色についての話題を出してくれた」 

 そう言うとオリヴェルは、にこやかに胸元から小さな布張りの箱を取り出した。 

「デシレア。これを着けてくれるか?」 

 布張りの箱を開いたオリヴェルの言葉に、デシレアが覗き込むように見れば、そこにはりんごを模したサファイアを白金が縁取る、とても可愛い指輪が入っていて、思わず感激の声をあげてしまう。 

「わあ、可愛い!青いりんご!」 

「気に入ったか?」 

「はい!すっごく素敵です。色もほんとにオリヴェル様の瞳みたい・・・ですけれども。あの。この間、たくさん買っていただいたばかりですし。今日だって全部」 

 本日、商談ということでカーリンが選んだのは、シンプルだけれど質のいいドレスに、それに合わせた靴、ペンダント、そして耳飾り。 

 夜会に着けて行くような物とは違うとはいえ、総額は相当なもの。 

「俺が君に贈りたい。駄目か?デシレア」 

「・・・駄目じゃないです・・・けど」 

「なら、けどは無しだ。手を」 

 オリヴェルが、いまだ躊躇うデシレアの手を優しく取り、すっと指輪をはめる。 

 すると、デシレアの白い指に映える藍色が、きらりと煌めいた。 

「うん、よく似合う」 

「ありがとうございます、オリヴェル様・・・ほんとに可愛い」 

「まあ。食べられないがな」 

「っ!もう!分かっていますよ!でも聞いたら、りんご飴食べたくなってしまいました」 

「また一緒に行こう」 

「はい!」 

 うっとりと指輪を見ていたデシレアに、にやりと笑ったオリヴェルが言えば、デシレアも全開の笑顔で答える。 

「げ。青いりんごが旨そうなんて。デシーも悪食だな」 

「違うわよ。りんご飴を食べたい、って言っているだけじゃない」 

「へえ。なら、その指輪の奴みたいな青いりんごはまずそうだ、って思っているわけだ」 

 ヴィゴに言われ、デシレアは首を傾いだ。 

「まずそう、っていうか。食べる物とは思わないというだけよ。だって、これが美味しそうに思えたら大変じゃない。オリヴェル様の瞳も、美味しそうに見えるってことだもの」 

「猟奇的なこと言うなよ」 

「でもオリヴェル様は、おっしゃったのよね。私の瞳が美味しそうだ、って」 

 デシレアが言った瞬間、ヴィゴとレーヴ伯爵の目がそろってオリヴェルへと向く。 

「ち、違う!違います、伯爵。私は、紅茶の飴がデシレアの瞳のようだと言っただけで」 

「言っただけ、って。オリヴェル様、ですがあの時、あの紅茶の飴を見て私の瞳を思い出したのですよね?」 

「ああ」 

「だったらやっぱり、美味しそうって思っているってことじゃないですか」 

 嘘言わないでください、とぷりぷりするデシレアを見たヴィゴと伯爵が、再びオリヴェルを見る。 

「『陽に当たって輝くさまが、君の瞳のようだったから』私は、そう言ったのですが、結果、その」 

「ああ、公爵子息。デシレアがすまない」 

「デシー、紅茶の飴も好きだからな。まあ、頑張れ」 

 ヴィゴとレーヴ伯爵から、憐憫の瞳を向けられたオリヴェルは、きっとなってヴィゴを指さした。 

「君だって、同じ穴のむじなだろうに!」 

「うっ。言い返せねえ」 

「ちょっと、三人とも何か」 

「公爵子息。素晴らしい指輪を娘にありがとうございます。そしてこちらが、加工した色硝子です。私どもは、彫り色硝子と呼んでいます」 

 ヴィゴとレーヴ伯爵、そしてオリヴェルの遣り取りを聞いていたデシレアが、そちらこそ何か誤解を、と言いかけたところで、レーヴ伯爵が色硝子の見本を取り出した。 

「お気遣い、感謝します。伯爵」 

「あ」 

 オリヴェルの言葉で、デシレアは初めて、オリヴェルが色硝子を加工した、その実物を見ていないという事実に思い当たった。 

「すみません、オリヴェル様。気が付かずに」 

「いや。色硝子の利用法を君が探求していることを知っていたのだ。実物を見たことがあると仮定しても仕方ない。俺も言わなかったしな」 

 気にしなくていい、とデシレアの頭をぽんぽんしてから、オリヴェルは加工された色硝子を興味深く見つめる。 

「それにしても、見事ですね。見る限り、彫り方や切り出し方も色々あるようですが、一番複雑な物になると、すべての職人が作れるというものではないのでしょう?」 

「はい。仰る通り、一番複雑なものを完璧に仕上げられるのは、このヴィゴを含めて数人だけですが、その他の品を作成可能な職人は一定数います」 

 そう言ってレーヴ伯爵がヴィゴを見れば、静かに頷きを返して説明を始めた。 

「作品はまず、その品に応じた大きさに切り出すことから始めます。そして、様々な彫りを施すことによって、陽や光に輝くのです」 

「なるほど。これは綺麗だ」 

「色によって、価格は変わります。なので、より安価な物を作ることも、高価な物を作ることも可能です」 

「オリヴェル様。これだけ小さく加工するのは難しいのですが、これに成功したことによって、銀細工や金細工へはめ込む事も出来るようになりました」 

 話が色硝子のこととなれば、ヴィゴも無意味にオリヴェルを挑発したりせず、四人は装飾店に着くまでの短い時間、色硝子について話し合った。 

 

 
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