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五十七、推しと騎士と子ども達との奇妙な同居生活の終わり

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「このまわりを、はずしてたべる?」 

 デシレア渾身の説明を受けるも、エディはただ不思議そうにそのクッキーを見つめるばかり。 

 大皿にきれいに盛られたクッキーは、どれも丸のなかに四角があったり、四角の中に丸があったり、かと思えば丸の中に鳥や猫が居るという、見た事も聞いた事も無いもので、それらを見つめるエディの目には強い戸惑いがあった。 

「そうよ。この周りの部分を外して、四角や三角を取り出して食べるの。もちろん、外した外側の部分も食べられるわよ」 

「ここを、はずす・・・あ、わかった!」 

 そんなことをすればクッキーを壊してしまうのではないか、と恐る恐る外側の部分を外したエディが、弾んだ声をあげる。 

「なるほど、考えたな」 

 感心してクッキーを見つめているオリヴェルに、デシレアは大きく胸を張った。 

「ふふーん。でしょでしょ。名付けて<自分で型抜きクッキー>ほら、マーユとフレヤもやってみて」 

「うんっ」 

「まあう、ねこしゃんがいい・・・あっ、こわれちゃっ」 

 クッキーを手元の皿に乗せ、揚々と枠を外そうとしたマーユだが、枠ごと猫の身体も壊してしまい、涙目になってしまう。 

「猫さんは、ちょっと難しいかな。でも、大丈夫よ。最後まで抜いて、で食べて、また新しいのに挑戦しましょう」 

「うんっ。ねこしゃん、ごめんね」 

 壊れてしまった猫のクッキーに謝るマーユが可愛いと、デシレアは眦を下げる。 

「まーゆ。ねこのが、ほしいの?」 

 懸命に、何とか残り部分の猫を取り出そうとしているマーユに、エディが声をかけた。 

「うん。かあいい」 

「じゃあ、ぼくがやってあげる。それで、まーゆはぼくに、さんかくをくれる?」 

「えーと?」 

 よく理解出来なかったらしいマーユが、首をこてんと傾げてエディを見る。 

「ねこさんと、さんかくをこうかんしよう、って。わかる?」 

 実際にクッキーを示して言うエディに、ぱあっと笑顔になったマーユがこくんと頷きを返す。 

「こうかん、しゆ!」 

「きまりだ」 

「あたちは、とりしゃんがいい」 

 そう言ってフレヤが、鳥の型抜きクッキーをエディに渡せば、エディは四角のものをフレヤの皿に乗せた。 

「じゃあ。ふれやは、しかくをぼくにくれる?」 

「うんっ」 

 各々クッキーと真剣に向き合う子ども達を見つめ、大皿のクッキーを一枚手に取ったオリヴェルが、デシレアへ視線を移す。 

「鳥や猫は、何となく分かる。だが何故、亀?」 

「え?可愛いじゃないですか」 

 あっけらかんと答えるデシレアに、オリヴェルは、デシレアはそう思うのか、と頷きながら眼鏡の細い縁を持ち上げた。 

「なるほど。ではデシレアには、俺が亀を抜いてやろう」 

「ほんとですか?では、オリヴェル様には私が蜥蜴とかげを」 

 私達も交換ですね、とうきうきしながらデシレアが蜥蜴のクッキーに手を伸ばせば、オリヴェルの顔が引き攣った。 

「いや、だから何故・・・もしや、それも可愛いと思うのか?」 

「もちろんです。蜥蜴、可愛いです」 

「本気で・・言っているから、クッキーにしたのだよな?」 

「当たり前ではないですか。好きなものを型抜きするのが、楽しいんですから」 

 何を分かり切ったことを、と言いながら、デシレアはせっせと蜥蜴を抜いて行く。 

「でしれあ。ぼくも、とかげすき。かっこういい」 

「とか・・ちゃ!」 

「とかげぇ」 

 エディが言えば、マーユとフレヤも明るく笑って参戦した。 

「エディはともかく、マーユとフレヤは分かっていないだろう」 

「ろう!」 

 くすぐる真似をするオリヴェルに、マーユとフレヤがきゃっきゃと笑い、鳥と猫の型抜きを終えたエディは、一仕事終えた職人のように、晴れ晴れと満足気な笑みを浮かべる。 

「エディは、とっても丁寧ね。それに、ふたりにちゃんとしてあげて、お兄さんで偉いわ」 

「これ、おもしろい」 

「気に入ってくれて、良かったわ」 

 などと和んでいると、不意にオリヴェルが神経を張り巡らせた。 

「誰か来た」 

「え?」 

 言われ、すわ侵入者かと慌てて子ども達を抱き寄せようとしたデシレアは、しかしふっと表情を緩めたオリヴェルにその動きを止められる。 

「大丈夫だ。レーンロート殿が戻っただけのようだ」 

「クリス様が?随分、お早いですね」 

 言っているうちにも廊下にクリスの足音が響き、居間にその姿を現した。 

「朗報だ!賊は全員確保し、事件は無事解決した」 

 朗々と告げられたその言葉は、心からの安堵と同時に、この奇妙な同居生活の終わりをも意味していて、デシレアは寂しい気持ちも覚える。 

「レーンロート殿。直ぐに出立か?」 

「はい。既に、ご家族にも連絡をしてあります」 

「そうか」 

 そのクリスとオリヴェルの遣り取りで、デシレアもその別れが今直ぐのことなのだと実感し、寂しさは募るものの、最後まできちんと送り届けなければという責任感も強く湧いた。 

「さ、デシレア。仕度を」 

「はい、オリヴェル様」 

 そんな複雑な心境でいるデシレアの髪を撫で、瞳を覗き込むオリヴェルを見つめ返して、デシレアは込み上げそうになる涙を何とか堪えた。 

「でち?」 

「みんな。お家に帰れるのよ。お仕度しましょうね」 

「おうち!?」 

「ははうえとちちうえに、あえますか?」 

 エディの問いに、クリスがにこりと笑って頷く。 

「ああ。町の騎士団の詰め所で、待っておられる」 

「クリス様。では、急いで準備しますね」 

 言いつつ席を立ったデシレアは、三人がクッキーをじぃっと見つめているのに気が付いた。 

「クッキー、お土産に持って行ってくれる?」 

「はいっ」 

「うんっ」 

「くえゆ!」 

「ああ、その。俺にもくれ」 

 迷うことなく頷いた三人と、恥ずかしそうに言うクリスの分を包み、デシレアは、洗濯して仕舞っておいた、元々三人が着ていた服と共にそれぞれの荷物を作った。 

 それからデシレアも、自分の荷物を整える。 

「お待たせしました」 

「ああ。子ども達は、口も漱がせたから安心しろ」 

 きらりと眼鏡を光らせて言うオリヴェルの、その最早慣れた様子に、デシレアは思わず微笑んでしまう。 

「では、出発しよう」 

 そのクリスの言葉を合図に、デシレアは短くも濃い時間を過ごした邸を後にした。 

 

 

「ここが、騎士団の詰め所」 

 お世辞にも親しみを持ち易いとは言えない、その無骨で堅牢な建物を前にデシレアが呟けば、その腕に抱かれているマーユもしっかりとデシレアにしがみ付いた。 

「でち。こあい」 

「大丈夫よ。ここはね、悪いひとを捕まえてくれる、騎士様達がいらっしゃる所なの」 

 分かっていても怖さが先に立つのだろう。 

 そう説明するデシレアの隣では、フレヤだけでなく、エディまでもがオリヴェルに張り付いている。 

「こっちだ」 

 そんなデシレア達に苦笑しつつ、クリスは建物の中へと入って行く。 

「でち」 

 町へ戻るまでの道中、邸から船着き場までの道も楽しそうに歩き、町へ戻る為の船に乗った時も、怖がることなくはしゃいでいた三人は今、神妙な面持ちでそれぞれしっかりオリヴェルとデシレアに抱き付きながら廊下を進んでいた。 

「この部屋です」 

 クリスの案内で辿り着いた部屋の前には騎士が立っていて、一礼してから両開きの扉を開けてくれる。 

 

 まぶしっ。 

 

 薄暗く冷たい石造りの廊下から見えるそこは明るい光に包まれ、ソファやテーブルが置かれていて、どうやら応接室のようだとデシレアが思った瞬間、そこに座っていた人々が一斉に立ち上がった。 

「フレヤ!」 

「マーユ!」 

「エディ!」 

 そして、感極まった声と共に、六人の男女が扉へと走り寄って来る。 

「おかあしゃま!」 

「ははうえ!」 

「おかあしゃまぁぁ!」 

 それぞれの両親に抱き上げられ、頬刷りをされて、嬉しそうな声をあげる三人に、デシレアの瞳がまた潤みそうになる。 

「良かったな」 

「はい」 

 しっかりと自分の肩を抱き寄せてくれる、オリヴェルの腕の強さに感謝しながら、デシレアはその感激の場面を見届けた。 

 

 

 

「みんな、元気でね。最後に、ぎゅうしてもいい?」 

「でち!ぎゅう!」 

「ぎゅうっ」 

「もちろんです!」 

「みんな、たくさんありがとう」 

 そうして立ち上がったデシレアは、オリヴェルと共に三人の両親から幾度も礼を言われつつ、騎士団の詰め所を後にした。 

 

 

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