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六十六、推しとお祭り 3
しおりを挟む「オリヴェル様、オリヴェル様!なんて素敵で麗しいのでしょう!すっごく格好いいです。極上。至上。はあぁ。姿絵欲しい」
朝から、オリヴェルと共に<選べる朝食>を堪能したデシレアは、街へ行くために昨日買った異国の服を身に着け、オリヴェルと待ち合わせをした居間で目を輝かせたまま固まった。
「デシレアこそ、よく似合っている。姿絵か。王都へ戻ってから絵師を呼ぶのもいいな」
「それいいです!是非、そうしましょう」
心なし浮き立った声のオリヴェルが言えば、デシレアは前のめりで賛成する。
「ああ。そして描き上がったら、何処かに飾ろう」
「飾りましょう!どこがいいでしょうか」
うきうきと言うデシレアに、オリヴェルも口元を緩めて答えた。
「初めてふたりで描いてもらうものだからな。どこがいいか一緒に考えよう」
「ん?」
俺としては、階段正面に飾るのは婚姻の儀の際のものがいいかと思うのだが、と考え込むオリヴェルに、デシレアは一瞬首を傾げた後、待ったをかけた。
「ちょっと待ってください、オリヴェル様。その言い方ですと、私も一緒に描いてもらうように聞こえるのですが」
「そう言ったのだから、当たり前だな」
「それは駄目ですよ!私と一緒なんて、価値が大きく下がってしまいます」
ふるふると首を横に振るデシレアに、オリヴェルは眉を下げ、哀しそうな表情を向ける。
「デシレアが俺の姿絵を欲しがるのは、価値があるからか?つまりはいずれ、売り飛ばすつもりだと」
「そんな訳ありません!オリヴェル様の姿絵は、オリヴェル様が描かれているということだけで大きな価値、ああ、この場合の大きな価値というのは、私のなかでは値が付けられないという意味で・・・あ、でもオリヴェル様の姿絵なら絶対に高価格というのも確かで、でも私にとってはそれ以上で・・・・つまり、絶対に売ったりなんてしません!手に入れたなら、生涯手放しません!絶対!」
ぜいぜいと息を荒らげて言ったデシレアに、オリヴェルがにやりと笑った。
「なら、一緒に描いてもらおう。いや、良かった」
「え?あれ?なんで、にやり?さっきの哀し気な儚さは?」
「さあな」
「えええええ。もしかして、騙された・・・つまり詐欺!」
「デシレアが、俺と一緒に姿絵に収まるのが嫌だと言うのかと思って、傷つきはしたから詐欺ではない」
正面向いて言い切るオリヴェルに、デシレアがうっと言葉に詰まる。
「それは、申し訳ありません。言い方が悪かったかもしれませんが、嫌だということでは決してありません。むしろ光栄な、嬉しいことだと思います」
「それを聞いて、安心した」
そう言って安堵の息を吐くオリヴェルに、デシレアがずいと迫った。
「ですが!」
「ですが、があるのか」
力強く切り返すデシレア、その迫力に、オリヴェルが遠い目になる。
「オリヴェル様。私は、オリヴェル様の姿絵をうっとり眺めたいのです。なのに、その横に自分が居るとか、なんか興が削がれてしまいます。お分かりいただけますか?うっとり浸りきれないこの気持ち」
「興、うっとり浸りきる・・・って。いやしかし、そもそも世に出回っている俺の姿絵に、ひとりの物は無いだろう」
オリヴェルの言う通り、国が国民に公開した姿絵は英雄の四人が揃ったものだった。
なので、それと同じではないかと言うオリヴェルに、デシレアは分かっていないと首を横に振る。
「英雄の皆様と、私を一緒にしてはいけません。英雄の皆様は、それぞれがとてもお美しいのですから一見の価値ありです」
「なら、俺の気持ちは?」
「え?」
「俺は、デシレアと一緒に描かれた、ふたりの姿絵が欲しい。元々、自分の姿絵を残したいなどと思わずに来たが、デシレアと会って考えが変わった。この先、デシレアとは色々な場面で共に在った、その証左を残したいと思う。そして年を経て、互いに懐かしく語り合いたい。国に言われて描かせた姿絵と、自ら望んで共にと願うデシレアとの物とでは、気持ちがまったく違うのだ」
「オリヴェル様・・・」
そうか。
もう、オリヴェル様は推しではなくて・・・ん?
いや、婚約者でも旦那様でも、推しでいいのでは?
婚約者でやがて旦那様が推し。
最高ではないですか!
これぞ至福。
「デシレア?」
ひとり、推しの道を極めた気持ちで瞳を閉じたデシレアは、やがてゆっくりとその瞳を開いてオリヴェルを見つめた。
「オリヴェル様が、そんな風に言ってくださって、凄く嬉しいです。私も、オリヴェル様と一緒に人生という名の歴史を刻んでいきたい。ですが!何卒、オリヴェル様おひとりの物もお願いします。うっとり眺める栄誉を与えたまえ」
ひれ伏す勢いのデシレアに、オリヴェルが首を傾げて提案する。
「実物を見ていれば、よくないか?」
「あああ!それはもちろん、一番です・・が!」
苦悩するデシレアに、オリヴェルが小さく息を吐いた。
「そんなに、この顔が好きか」
「大好きです!ああ、でももちろん、素敵な筋肉も長いおみ足も剣だこのある意外と男らしい大きな手も、あとそれから」
「つまり、見た目だけ、か」
「いいええ。中身もすっごく素敵です。繊細だし、細かに気遣ってくださるし紳士だし男前だし」
「俺も。いつだって一生懸命なデシレアが好きだ。その瞳を輝かせて見つめるのは、いつも俺でありたいと思う」
「へ?」
オリヴェル賛歌を言い募っている最中、オリヴェルに意味不明な言語を告げられ、デシレアは固まってしまう。
「よし分かった。姿絵はふたりのものと、俺とデシレアひとりずつのものを注文しよう。そうすれば、互いに互いの姿絵を眺められる」
これで解決、というオリヴェルの言葉もまともに聞き取れないほど、デシレアは思考回路を復活できずに黙り込み、目をぱちぱちさせる。
一方オリヴェルは、そんなデシレアの思考回路の復活を待つことなく、その手を引いてさっさと歩き出した。
「心配しなくとも、昨日着て来た服の洗濯を頼んである。今日、帰るまでには仕上げてくれるそうだから、こちらの異国の服は街歩き限定だ。ヘイムダルに乗って、汚す心配は無用だ」
「ええと」
「さて、どこから巡るか。流石に朝食を食べたばかりで食べ物は無いよな。とすると・・・俺が行ってみたい場所でいいか?」
「あ、はい」
「大丈夫・・・ではないか。俺の言葉で混乱させて悪いとは思う。だが、よく考えてくれ」
少し照れたように言うオリヴェルに手を引かれ歩きながら、デシレアは錆びた鉄の歯車の如く動かない頭を懸命に動かす。
ええと、ええと、なんだっけ。
確か・・・。
オリヴェル様が、私の姿絵を欲しいとか、眺めるとか言って・・・ええええええ!
そして、ぽんこつなデシレアの脳裏に浮かんだのは、そちらの言葉のみ。
オリヴェルが果敢に挑んだ、前哨戦という名の本丸のことなど、すっかりと抜け落ちていた。
「お、オリヴェル様!あの、さっきの」
しかし、そんな事は知らないオリヴェルは、酷く焦った様子のデシレアに深い頷きを返す。
「ああ。偽り無い、俺の本心だ。契約とか言っておいて今更と思」
「そんなっ。私の姿絵を眺めるなんて、正気とは思えません。ふたりで描いてもらったものを、というのなら分かります、共に過ごした証左素敵ですし、後年ふたりで懐かしく語りもしたいですが!私単独のをオリヴェル様が眺めるなんて、そんな」
「・・・・・ああ・・・色々言いたいが。とりあえず。そっちか」
「え?」
「いや、いい。長期戦で臨む。デシレアも覚悟しておけ」
「覚悟、って。そりゃ、オリヴェル様が私の姿絵を眺めるのなんて自由ですが、でも考えただけで恥ずかしくて息絶えそうです・・・!」
本当に無理、と真っ赤になって言うデシレアにオリヴェルはにやりと笑った。
「それ、いいな」
「鬼畜!」
「何とでも言え、鈍感」
「え?何でいきなり鈍感?今、何かありましたかそんなこと」
またも混乱するデシレアに、オリヴェルは上機嫌になって手を繋ぎ直す。
「いいから、ほら行くぞ」
「ああ!誤魔化しましたね!」
「行かないのか?」
「いえ、行きますけれども!」
やいのやいの言いながら、ふたりはしっかりと手を握り合い、喧騒のなかへと歩みを進めて行った。
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