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五、会合
しおりを挟む「なるほど。玉桐と凪霞を盗み出し、石工殿の咎とする、か。安易だが、成功すれば確かに石工殿の継承権は剥奪されるな」
「お父様!玉桐と凪霞がどういうもので、どれほど厳しい警護のもと守られているか知っていらっしゃるでしょう!盗むなんてほぼ無理だし、もし万が一盗み出したとしたら、それこそ即刻極刑ですよ!?そんなこと、わざわざするのは愚か者、とさえ言われる国の宝。つまり、そんな愚行を犯すと言われているのです、石工が!それって石工が、それほど愚かな事をする馬鹿、考え無しって言われているようなものではないですか!もっと怒ってください!」
南雲の密告を聞き終えた桜宮家当主和智の、のんびりとした声を聞いた白朝が、くわっと目を剥いて父に噛みつくように言った。
宝剣玉桐と宝玉凪霞は、いずれも初代皇が神より賜ったと伝わる国の宝で、代々皇を継承する際の儀式で用いられ、それらを手にすることで正当な皇であると内外に示す大切な品。
故に、当然の如くそれらが収められている棟は皇の住まう屋敷内にあり、皇と共に厳重な警護のもと保管されている。
その厳しさは有名で、それこそ、ねずみ一匹入り込めないと言われているほど。
「白朝よ、そう吠えるな。怒るより呆れただけだ。白朝を正妃とした暁には、日嗣皇子となる事が確定している石工殿が、わざわざ罪を犯して皇位継承の証を盗み出す理由がないからな」
「それだけ必死ということでしょうが、放っておけば白朝や和智殿にも迷惑がかかります。それは、避けたい」
時期を待てば、正当な立場となって手に出来るそれを、わざわざ罪を犯して手にするなど有り得ないが、それを押し曲げてまでも自分を排除したい動きがあるのならば、先手を打つ。
そして、その理由は白朝とその家族を巻き込まないため。
そう静かに言った石工を、和智が目を細めて見つめる。
「石工殿は、本当に白朝を大切に想ってくださっているのですね」
「もちろんです。全力で、護ります」
「なら、私は石工の事を全力で守るわ」
当然、と名乗りをあげた白朝が、石工と目線を交わして微笑み合う。
「では、私は、国の安寧を守るため、皆を招集して策を練るとしますか」
政を担う重鎮として、国を乱す者は許さじと、和智は手を叩いて使用人を呼ぶ。
こうして、再び三つの宮家と五大貴族のうち、四家が集うこととなった。
・・・ええと。
お父様が招集をかけたのは、藤宮家と芙蓉宮家。
それから、五大貴族のうち扇様ご出身の鷹城家を除く四家。
つまり、紫城家、水城家、月城家と、それから、石工の母君雪舞様のご生家である香城家。
・・・の筈なのに、どうしていらっしゃるのかしら?
あの日の光景再び、と言わぬばかりの状況に、白朝は遠い目をしてしまう。
そしてそれは、他の宮家、貴族家の当主夫妻も同じこと。
突然の皇と正妃雪舞の登場に、その場の全員の間に動揺が走った。
「驚かせて悪かった。しかし、皆が集まると聞いてな。吾が持っている情報も共有した方がよかろうと思った仕儀だ」
「しかし皇。一応、この会合は密談の体なのですが」
苦笑して言う和智も、一応と言うだけあって、これが完全な密会となり得ない事を知っている。
鷹城家も今頃、ここに宮家すべてと五大貴族のうちの四家が揃っているという情報を、掴んでいるだろうことは想定のうち。
そして、そこに自分達だけが呼ばれない理由を考えるというのも、当然のこと。
しかしそれでも、宮家と貴族家だけであれば、未だ他の理由も候補にあげるだろうが、皇が動いたとなれば、一気に今回の企みが露見したという見解に至る可能性が高い。
となれば、様子見に転じて動きを止めるという、動かして仕留める機会を失する危険を伴うこととなる。
「そうですよ、父上。父上までが動いたとなれば、計画を中止する可能性が高くなる」
それなのに何故このような行動を、と憮然とした表情の石工に、しかし皇は豪快に笑った。
「いいや。実行させる。扇には、今日、桜宮に於いて石工と白朝を祝す宴が催されると言ってある。故に『鷹城は気分も良くないだろうから、招かぬ方が良いと言っておいた』とな。いいか、和智。今日、この場に鷹城が居ないのは、吾が其方に言ったからだ」
そう悪戯っぽく言った皇の隣で、雪舞が追従するように頷き微笑む。
それはもう、ふたり揃って『蚊帳の外は許さぬ』と言っているも同義で、和智は困ったように息を吐きながらも、会の開始を決めた。
「・・・・・分かりました。では南雲、先の話を今一度頼む」
そして、話を振られた南雲は、自分へと向けられる視線の数々、しかもこの国の重鎮ばかりという状況に顔色を青くしながらも、凛とした姿勢と声で話をしていく。
南雲って苦労人なのよね。
元々、かなりの仕事量だったのに、美鈴が来て若竹が腑抜けちゃってからは、私とふたりでほぼ全部の仕事を指揮して処理して、自分でも動いて、って。
有能だから扇様に目を付けられて、本人の意志無視で無理矢理若竹の側近にされたのに、若竹は南雲を使うばかりで感謝とかないし、それどころか、仕事は出来る奴にやらせればいい、とか言い出して、自分は高みの見物を決め込んで、それなのに手柄は自分の物にするという最低皇子。
・・・・・あら?
若竹って、美鈴が来る前から腑抜けの横暴皇子だったということね。
今まで気づかないなんて、私も馬鹿ってことかしら。
「・・・・・自分からは、以上でございます」
白朝が考えているうちに南雲が話し終わり、一礼をすると、頭を下げたまま、きれいな動きでそっと後ろへと下がった。
「その話は、真か?」
「石工殿と白朝の婚姻が決まり、いくら追い詰められているとはいえ」
「玉桐と凪霞を盗み出すなど」
「正気とは思えぬ」
難しい顔で言った藤宮家、秋永の言葉を筆頭に、次々と疑念の声が上がる。
「真であろうな」
しかし、その声が更に大きくなる前に沈めたのは、皇の重々しい一言だった。
「皇?何かをご存じなのですか?」
自分とて、実行するかどうかは怪しいものの、他家と情報を共有しておくべき、という判断でしかなかった和智は、驚きの表情で皇を見つめる。
「ああ。扇が、呼びもしないのに吾の宮に押しかけて来るのは常だが。最近、やたらと言うようになった言葉がある。『石工にご注意ください。石工は、皇の大切な物を盗む計画を練っているようです。まさか、国の宝には手を出しますまいが』とな」
「それは、何というか」
心底、何とも言い様のない顔で言った和智に頷き、皇は話を進めた。
「元々、浅はかな女だからな。俺にそう囁いておいて、実際に玉桐と凪霞が奪われれば、石工を疑うと思っているのだろう。皇位継承の証である玉桐と凪霞を奪われた俺の権威が失墜するなど、考えも及ばぬに違いない」
私的な場所での俺という言葉を使い、皇は吐き捨てるようにそう言った。
そんな皇を、雪舞が案じるように見つめている。
そうか。
実際に、玉桐と凪霞が盗まれるようなことがあれば、警護の緩み、つまりは皇様の支配力が危ぶまれるし、天が今皇を認めていない、とか理由を付けて退位させる、なんて事も可能になってしまうから。
「では、実際に盗ませるようにしますか?」
「いや、盗まれた事実を作るのはよくない」
「やはり、直前で捕えるのがよろしいかと」
「しかし、皇の屋敷内に入れるというのは」
「して、その後の駆け引きは」
扇のように愚かな思考を持つことなく石工を支えていきたいと思いながら、白朝はその会合を見守っていた。
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