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十、唐果物
しおりを挟む「父上、これは?」
皇の宮にて、既に着席していた皇と雪舞に迎えられた白朝は、恐縮しながら挨拶を無事に済ませ、勧められるがままに石工の隣の椅子へと腰掛けた。
そこで出されたのは、見た事もない食べ物らしきもの。
何かしら、これ。
茶色い果物、というよりは果物を模した何か、よね。
とてもいい匂いがするけど、見たことない。
とてもいい香りはするものの、見慣れないそれに白朝が戸惑っていると、同じく初めて見たらしい石工が、戸惑うような声をあげた。
「それは、唐果物だ。俺も先日初めて献上されたばかりの、珍しい物だぞ」
「そのように貴重な品を、ありがとうございます」
桜宮家という大家に生まれ育った白朝も、珍しいと言われる物を口にする機会は多いけれど、やはり皇は凄いと改めて唐果物を見つめる。
「なに。雪舞がな。ふたりにも、是非食べさせたいと言うのでな」
「だって、美味しいものは、みんなで食べれば、よりおいしくなるでしょう?」
にこりと笑った雪舞は、嬉しそうに石工と白朝を見た。
「ふたりも旨いと言えば、今度他の者達にも振る舞おうと思う。まあ、毒見役と思え」
「まあ、武那賀様。そのように、心にもないことを」
ころころと笑う雪舞に、皇は肩を竦めて見せる。
「何の話か、とんと分からぬな」
「さようでございますか」
揶揄うように言う雪舞には、皇である武那賀も敵わないのか、困ったように雪舞を見た。
「雪舞よ、ばらすでない」
「よろしいではありませんか。息子とその正妃には先に食べさせたかった、など、微笑ましいお話でございましょう」
「・・・ああ、まあ、そういうことだ。遠慮なく食すといい」
わざとらしい咳払いと共に武那賀がそれを口に入れ、雪舞はそっと手元に取ってから、ひと口の大きさに整え、ゆったりとした動作で口へと運んだ。
雪舞様の所作、すっごくきれい。
早速、と雪舞の所作を真似て唐果物を口へと運んだ白朝は、感動の余り口を手で押さえてしまう。
「おいしい・・・」
思わず声が漏れてしまい慌てるものの、武那賀も雪舞も微笑み頷いてくれていて、白朝はほっと安堵の息を吐いた。
「そうだろう、旨いだろう」
「ほのかな甘みがありますね。母上、これは?」
「甘葛を煮詰めたものを混ぜてあるのよ」
なるほど、それで。
確かに甘味があって、すごく美味しい。
どうしよう、もっと食べたい。
「白朝媛。もうひとつ、いかが?」
傍で交わされる皇武那賀と正妃雪舞、そしてその息子である皇子の石工、という皇家の会話を聞きながら、大事に味わって唐果物を食べていた白朝は、最後のひと口を食べ終えてしまい、呑み込むのを惜しみつつもそれを喉に通したところで、雪舞からそう声を掛けられた。
ああ、雪舞様は白朝媛と呼んでくださるのね。
それに、優しく気遣ってもくれて。
扇様なんて、呼び捨てのうえいつも居丈高な傍若無人・・・って、え!?
雪舞様、今何とおっしゃいましたか!?
もしかして、私の心情なんてばればれ!?
「遠慮なく貰おう。それとも、もう要らないか?」
自分ももうひとつ手に取りながら、石工が焦る白朝に声をかける。
「いただきたいです・・・・・!」
焦りつつも本心は隠せず、つい、力が籠ってしまったことで石工にくすりと笑われるも、白朝は唐果物に夢中で気にもならない。
「美味しいですよね」
「はい、とても!」
にっこりと微笑む雪舞に、にっこりと笑い返し、白朝は幸せな気持ちで唐果物を口に運ぶ。
思えば、扇様とはこんな風に微笑み合ったことなんて無いし、若竹が私を労わってくれたことも無かったわね。
武那賀様とは、若竹や扇様と会うというより、お父様絡みで会うばかりで。
それが今は、武那賀と雪舞を前に、石工と共に唐果物を楽しんでいる。
同じ武那賀の皇子であるのに、若竹と石工では、その扱いが大きく違うと白朝は感じた。
何より、雪舞の醸す雰囲気が温かい。
『雪舞様なら、安心だわ』
そう言った母、奈菜香藻の安堵した表情の意味を、白朝は今痛感している。
美味しい唐果物と、優しい方達に囲まれて幸せだわ。
「何だか、妬けるほどに幸せそうだな」
うっとりと思っていた白朝に突然、石工が苦笑しながらそう言った。
「え?」
「美味しい物を食べ、幸せそうな顔をするのも可愛いと思っていたが、これは父上が用意した物だからな」
「石工よ。俺に敵おうなど早い。自分の妃を喜ばせる事にかけて、俺ほどの域に達するのは未だ未だ先と心得ろ」
未だひよっこの青い者が何を言う、と豪快に笑う武那賀は石工に似ている、と思ってから、逆だと白朝は認識する。
そうか。
石工が、皇様によく似ているのだわ。
「ふふ。ふたりは、よく似ているでしょう?性質も似ているのよ」
「はい。石工皇子様は、皇様によく似ていらっしゃいます」
しみじみとふたりを見ていたからか、雪舞にそう声を掛けられ、白朝は慌てて視線を外しながら答えた。
いけない。
不躾だったかしら。
「石工は、生まれた時から俺によく似ていた。雪舞に似れば、もっと柔らかい雰囲気も持ったのだろうが」
「何をおっしゃいます。凛とした男らしい顔立ちを受け継いでくれて、わたくし、とても嬉しく思っておりますわ」
やや残念そうに言う武那賀に、雪舞が負けじと言い返す。
「其方は、俺の顔や見た目が好きだものな」
「あら、お顔も見た目も、ですわ。それに今は、中身も、です」
ふふふ、と笑う雪舞に石工が肩を竦める。
「母上。白朝が驚いています」
「あら、奈菜香藻から何か聞いていない?」
「母から、ですか?おふたりのご婚姻については、特に聞いておりませんが」
雪舞も、白朝の母奈菜香藻も同じ五大貴族の出身であるから、確かに嫁ぐ前の雪舞の事を聞いたことはある。
しかし、雪舞が皇である武那賀に嫁ぐことになった経緯は聞いたことがなく、単に家柄だとばかり白朝は思っていた。
「蛍会の舞でね、開始早々、突然武那賀様に手を取られてしまったの」
「それは、その、予め言われていたわけではなく、ですか?」
蛍会の舞は、幾曲かを男女が共に舞うものであり、割と自由に相手を選べはするものの、約束事がひとつだけある。
それは、伴侶を持つ者は、最初の舞はその相手と舞うということ。
当時既に扇という正妃が居た皇は、当然扇と舞う立場だった筈。
「ええ。誓って、蛍会でのお約束などしていませんでしたわ。扇様は、今も信じてくださいませんけれど」
「ああすれば、其方を正妃とするという俺の言葉が、偽りない真実だと伝わると思ったのだ」
「それはまあ、確かにそうなりましたわね」
何だろう。
雪舞様の方が、上手?
「その頃、母上を娶りたいと思っていた父上は、正妃として迎えるためにそのような荒業に出たのだそうだ」
思わぬ武那賀と雪舞の力関係に驚く白朝に、石工が更なる情報をくれる。
「蛍会でね、直接そうお言葉をいただいたのよ。蛍舞うなかで。とても素敵でしたわ」
「そうだったな。俺の求婚の言葉に、雪舞はぽうっとなって『素敵・・・お顔が、ご容姿が』と言ったのだ」
「見目だけでも気に入られて、良かったではありませんか」
石工の言葉に、武那賀が苦笑した。
「確かに。それで俺は、望みが叶ったのだからな」
「あら。見た目を厭う方とは、終生相容れないと思いますわ。そこには瞳の優しさや、感じる雰囲気、つまりはその方の性質も含まれるのですから」
雪舞の言葉に、武那賀が目を見開く。
「雪舞。それでは」
「ふふふ。そういうことですわ」
「父上、母上。そういうのは、ふたりだけの時にお願いします」
今にも手を取り合いそうなふたりに石工が言うも、特に焦った様子もない。
「白朝。それだけを聞くと、雪舞が扇を蔑ろにしているように思うかもしれぬが、先に俺を裏切っているのは扇なのだから、雪舞には何の罪も無い」
「え?」
それどころか、突然核心に迫るような発言をされ、白朝は戸惑った。
これって、皇様が扇様を顧みないのは、扇様が正妃としてのお役目を果たさないからではなくて、皇様を裏切っているから、ということ?
でも、どういう意味かしら。
「白朝媛。石工は、優しくしてくれるかしら?」
白朝が考えていると、雪舞がふんわりと笑いながら話題を転換して来たことで、その思考は中断される。
「はい。とても気遣っていただいております」
そして、扇からはされたこともない、予想もしない内容に驚きつつも、白朝は何とか返事をした。
「でも、誉め言葉など得意ではないのではなくて?」
「いいえ。先ほども、香菓に例えてくださいました」
「え?そうなの?」
恥ずかしくも嬉しかった、と白朝が言葉にすれば、雪舞の目がきらきらと輝く。
「石工が、そのような言葉を?白朝、もっと詳しく教えてくれ」
「え」
雪舞と武那賀。
この国の頂点に立つふたりに迫られ、白朝はその場で固まった。
~・~・~・~・~・
ありがとうございます。
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