人気俳優が恋人なので、気苦労が絶えません

夏笆(なつは)

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「違います!いや、紅葉乃さんの熱愛相手が俺、っていうのは合ってるけど、報道の相手は違ったんです!記事の相手が俺なら、こんな動揺はしませんよ」 

 そりゃ、かなりのマイナスイメージだろうけど、そんなことで俺は傷つかないと言い切れば、紅葉乃さんが何故か拍手した。 

「おお、流石の鏡だ」 

「そんな驚嘆いらないです」 

 やけ気味に、ぐいっ、と酒を呷れば、すかさず紅葉乃さんが注いでくれる。 

 そんな所作も楚々として凄くきれいだ、なんて言ったら嫌がられるだろうけど。 

「でもまあ、ばれないに越したことは無いから。報道の相手が鏡じゃないなら良かった」 

「よくないですよ。なんだって、あんな記事」 

 事実でないならどんな記事も気にならない、と心底安心した様子で呑気に言う紅葉乃さんに毒気を抜かれた気持ちになりながら、ガリを齧る。 

 

 だって、面白くないことに変わりはないからな! 

 

「ほらほら、鏡はいい子~」 

 拗ねた俺の頭をぽんぽん叩いて、紅葉乃さんが自分のスマホを操作し出す。 

「しっかし、お前がそんなんなるなんて、その記事書いた奴極刑だな」 

 そして、俺を撫でる優しい仕草と裏腹に、そんな物騒な言葉を吐く紅葉乃さん。 

 

 このギャップもいいんだよな。 

 てか、紅葉乃さんの手、気持ちいい。 

 

 なんて、紅葉乃さんセラピーで、荒れた心を癒していると紅葉乃さんの手が止まった。 

「これか」 

 そして、ちょっと待ってな、という言葉と共に何処かに電話をかける紅葉乃さん。 

「ああ、俺。うん、そう。なんか変な記事出てるけど・・・え?相手の女優さんが主犯?事務所通して正式に抗議?俺、何も聞いてないよ?」 

 その会話の途中、紅葉乃さんがむすっとした表情になったのが気になった俺は、紅葉乃さんの袖を引いて<誰?>と唇を動かした。 

 会話の内容から予想はつくけど、それだけに俺も蚊帳の外に居たくない。 

『だって四季に言う暇あったら動きたかったし?四季なら、記事見たら連絡してくるだろうと思ったからな』 

 俺の行動に気づいた紅葉乃さんは、すぐさまスピーカーにして会話を聞かせてくれる。 

 

 柳瀬さん、か。 

 

 やっぱりの相手に、俺は納得で頷いた。 

 電話の相手は、紅葉乃さんのマネージャーをしている柳瀬さん。 

 随分長い付き合いになるとかで、紅葉乃さんの信用も厚いし、紅葉乃さんを下の名前で呼ぶほどの親友ポジションに居る、俺にとっては要警戒の相手だ。 

「俺、本人だよ?なんか、扱いが雑じゃねえ?」 

『あのな。あの女、前からSNSで匂わせっぽいことしてたんだよ。俺たちから見りゃ、その相手がお前だって分かるけどはっきり抗議するには弱くて、何かやらかしてくれないかな、と事務所総出で待ち構えていたわけだ。そこに来てのあの記事だぞ?すぐさま対処するに決まってんだろうが』 

 

 SNSで匂わせ? 

 なんだ、それ。 

 俺も知らない。 

 

「匂わせ、って。そんなこともされてたの?俺」 

『されてたんだよ。でも、もう大丈夫だから安心しろ』 

「なんか、俺だけ知らなくてごめん」 

 色々対応に奔ったのだろう事務所の人達を思ったのか、紅葉乃さんがその場で頭を下げた。 

『四季はSNS苦手だろ?いいんだよ、そんなのは俺が動く範囲なんだから』 

 そう言った柳瀬さんの声はやわらかい。 

 役者としての紅葉乃さんのことはもちろん、私生活でも紅葉乃さんと親しい柳瀬さんは、本当にいついかなる時でも紅葉乃さんの楯となる覚悟があるんだな、って常日頃から感じている俺としては、面白くない思いもありつつ、感謝でもある。 

『とはいえ、暫くは周りも煩いだろうから行動には気を付けろよ?・・・鏡紫苑君も。うちの四季が大事だったら、大人としての対応、よろしく。ああ、あと、あの記事にあったコメントも全部やらせだから安心しな』 

「っ!」 

  

 前言撤回! 

 感謝なんてねえ! 

 ひとのこと、ガキ扱いしやがって! 

 つか、俺がここに居るのも、記事読んで気になったことも普通にばれてるし! 

 

 ぜってえ薄ら笑い浮かべてるだろう柳瀬さんを睨むつもりで、その声の発生源を睨み上げれば、紅葉乃さんの手元のスマホを睨むこととなり。 

「ほらほら鏡、機嫌直せって」 

 通話を終了した紅葉乃さんに、またも頭をぽんぽんされてしまった。 

「紅葉乃さんまで、俺を子ども扱いして」 

「してないよ」 

「してます」 

「もう・・・どうしたら機嫌直してくれる?」 

「そんなの。紅葉乃さんが考えてください」 

 ふいっ、と顔を横向ければ、紅葉乃さんがその俺の顔を覗き込んで来る。 

「じゃあ、今夜は俺がいやして、あ・げ・る・・なんてな」 

 冗談めかして言って、離れて行こうとするその腕を俺は思い切り掴んだ。 

「そんな可愛いことして、逃げられると思うなよ?」 

 何だ今の可愛さ。 

 俺の半身はもう、それだけで臨戦態勢まっしぐらだ。 

「か、鏡?」 

「紅葉乃さん、今夜の宿は何処ですか?」 

 どうせ宿の手配は柳瀬さんがしたに決まっている。 

 要警戒相手の柳瀬さんだけど、俺と紅葉乃さんの事も知っていて上手く隠してくれているのも事実。 

 実際、柳瀬さんは、今日紅葉乃さんが俺と一緒に居る確信を持ってた。 

 だからきっと今夜のことだって想定済みだと踏んで言えば、紅葉乃さんの目が泳いだ。 

「人目を気にしなくていい場所、なんでしょう?それって、紅葉乃さんも期待してくれている、ってことですよね?」 

 すり、と紅葉乃さんの頬を手の甲で撫でれば、紅葉乃さんが真っ赤になった。 

「だって!鏡と会うの久しぶり、だから」 

「そんな顔見せんの、俺だけですよね?」 

 さらりと手触りのいい紅葉乃さんの髪をかきあげ、耳元で囁いて頬に唇を寄せる。 

「あたりまえだろっ!」 

「俺も・・紅葉乃さんだけです・・可愛い」 

 ほんとはもっと余裕のある態度でいたい。 

 だけど現実の俺は、がっつかないようにするのが精いっぱいで。 

 本当に何とか通常を装って鮨屋の清算を済ませ、紅葉乃さんが泊まる予定の宿の個室に辿り着くまで手を出さずに済んだ。 

 
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