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一、記憶喪失と過保護な夫 2
「エミィ、調子はどう?」
目覚めてから三日。
その間に、超絶男前な彼が私の夫であることとか、超絶男前な彼がこの国、アールクヴィスト王国のアールグレーン公爵であることとかを教えてもらった。
私はといえば、あれほど酷かった頭痛も収まり、身体のふらつきは未だあるものの、体調が戻りつつあるのを実感している。
そんななか、アールグレーン公爵閣下・・・じゃなかったフレデリク様は、一日に何度も私を心配して訪れてくれる。
それはもう過保護の域では、と思うほど私のことを気遣ってくれ、私が望むことは何でも叶えてくれるほどなのだけれど、ただひとつ。
私が公爵閣下と呼ぶことには難色、というより激しい拒絶を示し、名前で必ず呼ぶようにと念を押された。
なので、私が躊躇しつつもフレデリク様と呼ぶと。
『フレデリク様、か。まあ、仕方が無いか』
と、寂しそうな笑みを浮かべたので、記憶を失くす前の私はもっと違う呼び方をしていたらしいと見当を付けるも、今の私に呼ばれたくはないかも、とも思い、それ以上は深く追求していない。
初日に、記憶にあるのは日本という国にいたこと、そこの言葉やお話は幾つか覚えているけれど、名前や年齢など自分のことは何も分からないことを伝えた私に、フレデリク様は優しくこの国での私のことを教えてくれた。
それによれば私はエミリアという名で、生まれた時から正真正銘この国の人間であり、フレデリク様は私の従兄で幼なじみでもある、らしい。
赤ん坊の頃から知っているんだから間違いないよ、と笑ったフレデリク様はとても格好良くて、私は思わず顔が熱くなるのを感じて俯いてしまった。
「エミィ?どうかした?気分でも悪くなった?」
「ああ、いえ。フレデリク様は今日も格好いいなあ、と思いまし・・・すみませんっ」
そんなことを思い出していたせいで、私に近寄り心配そうな瞳で私を見つめるフレデリク様にするっと言ってしまってから、私は思い切り顔が熱くなるのを感じる。
「エミィこそ、今日も可愛いよ」
気障にも嫌味にもならず、そんな甘い言葉を自然に音に出来るフレデリク様は本当に格好いい、などと見惚れていたら、その顔が極限まで近づいて、頬に優しく唇が触れた。
「っ」
「嫌だった?」
目覚めて初めてのことに私がぴくりと驚けば、フレデリク様が哀しい瞳になる。
「い、嫌ではありません、でした。ただ、驚いて」
本当にそれだけなので正直に言えば、フレデリク様が嬉しそうに笑って私の頬を撫でた。
私を気遣ってか余り触れないようにしてくれる、手の甲側を使ったその仕草も優雅で優しくて、フレデリク様が本当に私を大切にしてくださっているのだ、と、そのあたたかさに実感する。
「僕にとっては日常でも、今のエミィには受け入れ難い事もあると思うから。その時は、きちんと伝えて欲しい」
「はい。ありがとうございます。あ、あの。今日のご本はそれですか?」
フレデリク様と居ると、記憶の無い不安も忘れるほど穏やかで優しい気持ちになれる反面、落ち着かない気持ちになるのも事実で、誤魔化すようにそわそわとフレデリク様が持って来てくれた本を見て言えば、優しい笑みが返る。
「ああ。約束していた、建国の英雄譚だよ。でも、本当にこれでいいのかい?」
「はい。とても楽しみです」
今の私に、この国の記憶は何も無い。
何度も読み返すほどに好きだったという建国史はおろか、この国の言語を書くことも読むことも出来ない。
記憶にあるのは、日本で読み聞きしたお話とその言語だけ。
なので私は、何故か会話することだけは出来るこの国の言語で、フレデリク様に日本のお話をたくさんした。
いつも、この国での暮らし方を教えてくれるフレデリク様にお礼がしたいと思っていた私にフレデリク様が願ってくれたのだからと、それはもう張り切って。
フレデリク様は、どのお話も興味深く聞いてくれたけれど、かぐや姫を語った時は私の手を握りしめて『エミィを、日本という月に帰しはしないからね』と、強く宣言された。
その瞳は『いえ、日本という月はありません』などという軽い返答を許さないくらい強くて、フレデリク様にこれほど愛されているエミリアが、自分なのに羨ましくなるという複雑な体験をすることになった。
尤も、記憶が定かでない私は、そもそも日本が本当に月じゃないのかどうかも正確には判らないのだけれど。
日本って、月じゃない、わよね?
だったら、帰る、って言わないもの、ね?
「じゃあ、読むよ」
本を読んでくれるとき、フレデリク様はいつも私を膝に乗せ、本が良く見えるようにして読んでいる場所に指を添わせ、私も文字を追えるようにゆっくり発音してくれる。
今もその体勢を整えたフレデリク様が、良く通る声で建国の英雄達を語り始めた。
その臨場感ある読み方に、私は直ぐ物語に夢中になってしまう。
冒険あり、陰謀有りのその世界に、自分も生きているかのように私はフレデリク様の声を聞き、懸命に文字を追った。
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