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二、王女と公爵 3
しおりを挟む「エミィ、疲れただろう」
漸く多くの人の目から逃れ馬車に乗り込んだフレデリクは、隣に座るエミリアに優しく声を掛けた。
「ありがとうございます。流石に緊張しましたし、疲れましたけれど大丈夫ですわ」
生まれた時から王城で暮らし、この国唯一の王女として生きて来たエミリアが、その凛とした態度を崩せる相手は少ない。
その筆頭と自負しているフレデリクは、そっとその細い肩を抱き寄せた。
「邸に帰ったらゆっくりしよう」
「はい。わたくし、あのお屋敷が大好きですの。これからも時折は過ごしたいですわ」
「ああ。必ずそうしよう」
この先、とてつもない重責を担う未来が待っているけれど、エミリアと一緒なら乗り越えられる、否、何があっても乗り越えてみせる、そして何よりエミリアの笑顔を守ってみせるとフレデリクはその決意を新たにする。
「あ、ところで・・・きゃっ」
エミリアが何かを言いかけたその時、馬車が急停車をした。
「何事だ!?」
鋭く叫んだフレデリクの耳に、馬の嘶きと多くの人間の声が届く。
『閣下!襲撃です!おふたりは馬車内にいらしてください!』
『分かった。王城へも伝令を。動きがあれば、都度報告しろ』
『はっ』
護衛隊長からの念話を受け取ったフレデリクは、エミリアを座席の中央に座らせ直し、外を見遣った。
「エミリア、襲撃だ。今、護衛達が応戦している。なに、護衛は手練れ揃いだ。難なく排除してくれるだろう」
「ええ。皆、強いですもの」
王城から公爵邸まで然程の距離があるわけではない。
王城の高い塀をぐるりと囲む堀には長大な橋があり、そこを越えると緑地があってその先はもう公爵邸である。
正直、城門を潜る前と潜った後の距離がほぼ変わらないほど。
その近距離で襲撃して来るとは相手もかなり切羽詰まっているのだろう、とフレデリクはエミリアの手を握る。
「襲撃者は、かなりの数のようだな。それに、統制も取れている。まさか残党か」
フレデリクは、漸く一段落着けた筈の相手を思い出し苦い顔になった。
「逆恨みしていそうだとは思っていましたが、動きが早いですね」
フレデリクの呟きに、驚くことなくエミリアも返す。
「ああ。核だった筈の本人達より有能なくらいだ」
襲撃者は、その後衛に魔術師を配し、剣士に身体強化をかけているのが窺える。
「相手の魔術師は凄いですね。あれだけの数の味方に身体強化をかけ続けながら、こちらの魔術師へも攻撃を仕掛けていますでしょう?あれ、見た目に派手な魔術ではありませんが、確実に魔力を削るものなのです。あれでは、こちらの魔術師が魔力枯渇を起こしてしまうかも知れません」
そしてその動きを見ていたエミリアが、懸念に眉を寄せた。
「相手の魔術師の方が、上か」
「こちらの魔術師も相当なのですけれど、相手が悪いですわね」
相手の魔術師と同じように、こちらの護衛の魔術師も剣士に身体強化をかけているものの、その魔力残量に不安があるのは最早一目瞭然。
その現状に、フレデリクがため息を吐くように瞳を閉じ、考え込んだのは一瞬。
早々に瞳を開けたフレデリクは、その目に闘志を宿していた。
「僕も出る。ひとりは危険かも知れないが、必ず守るからエミリアはここで」
「わたくしも行きます」
エミリアは馬車に待機、と言い終わることも出来ず言葉を奪われたフレデリクは、複雑な表情でエミリアを見る。
「エミリア。君が優秀な魔術師であることは重々理解している。だが」
「あら、奇遇ですね。わたくしも、貴方様がとても優秀な騎士様であることを知っています。そしてわたくしは、わたくしの魔術がそのお力になれることを誇りに思っているのですわ」
にっこりと微笑んで言うエミリアの顔には、闘う覚悟がある。
「分かった。必ず後衛に居て、自身に防御をかけておくこと。それが条件だ」
「畏まりました」
「では、行くぞ」
「はいっ」
たちまち現地での上官と部下の様相になったふたりは、素早く馬車を下り敵へと対峙した。
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