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第一章
16話:パーティー③
「急に転職してきて驚いたかもしれないですけど、彼女優秀なので、頑張らせてあげてください」
凌也は笑顔でそう言った。その目は、神永の目をしっかり見ていた。その言葉は、簡単な挨拶なようにも、圧や祈りであるようにも感じられた。
凌也は、久遠が北辰医薬時代にセクハラを受けていたことを知っている。だから、今の久遠の上司が男性であることを目の当たりにして、今度こそそういった間違いが起きないよう、小島久遠を、"女の派遣社員"としてみなすのではなく、れっきとしたチームメンバーとしてみなすように、目の前にいる今の久遠の上司に対して圧をかけているのだ。
俺はあんたを見ているぞ、と。久遠からはそう見えた。
事情を知らない神永は何も感じ取らないかもしれない。けれど、久遠側の事情のせいで、自動的に神永が加害側に位置づけられていることに申し訳なさを感じた。
もちろん、それを別とすると、凌也のこういった正義感にずっと感謝はしている。
保護者のような凌也の言葉を受け取って、神永はどう思っただろうか。
異動させたいと思っている存在についてこうも真っ直ぐ頼まれるのは、煩わしい事この上ないのではないか。
しかし、恐ろしくて、神永の表情を直接確認することはできない。
凌也が神永から視線を外したところを見るに、神永は凌也に対して声ではなく、表情で返事したようだということが分かった。
「てかその服どっかで見たことあると思ったら、あれか。藤田の結婚式」
凌也は今度は久遠に話しかけた。
藤田とは、久遠の元同期であり、凌也からしたら現役の同期だ。彼は、新卒1年目で大学の頃から付き合っていた彼女と籍を入れ、なんと立派に結婚式まで挙げたのだ。久遠としてはその時が初めての結婚式参列となった。
「あうん。あの時と同じの」
「可愛いよなその服。似合ってる。……てかあん時の久遠と言ったらさ、ほんと笑ったよな」
「余計なこと言わなくていい、いい」
それ以上要らないことを話すなと眼力で訴えるが、謎メンであるこの場を盛り上げようという気遣いもはたらいているのか、凌也は止めなかった。
「そこまで絡みなかった奴の式なのに、涙目になっててな。と思ったらグビグビ飲み出して寝るし」
やめて。だらしないやつだと隣の上司から思われたらどうする……。
あの時、涙目になっていることにいち早く気づいた凌也が理由を聞いてきたので、咄嗟に『幸せそうで、結婚って奇跡で、素敵だなと思って』と答えたのを覚えている。その供述は、半分本当で、半分嘘だった。
その時の久遠は、新郎新婦の藤田ペアを見ているようで見ていなかった。ずっと、神永との恋を思い出していたのだ。
好きな人同士で、互いだけを一生愛し続けるという契りまで至れるという神秘的な現象に直面し、それがどれだけ奇跡的なことかと、自分のかつての恋を悲観していたのだった。
その時、ついつい、白いタキシード姿の神永とウェディングドレス姿の自分が向き合っているイメージまで想像してしまったの内緒だ。
8年前に終わった恋人を、頭の中でチャペルに召喚するとは我ながら気持ちが悪すぎる。それくらいの現実検討はあるが、人間は、頭の中で考えるまでなら何をしても許されるはずだ。止められない思考は、恥じても仕方がない。
……と、自分に言い聞かせないと耐えられないくらいには気持ち悪いことだ。
本当に要らない記憶まで掘り起こされてしまったので、凌也には勘弁してほしい。
「連れて帰ってあげた恩を忘れてんだろその顔」
言いながら凌也が久遠の肩を小突いた。
たしかに、爆睡した久遠を自宅まで運んでくれたという恩がある(らしい)のは、周りの証言から確かになっているので、邪険にできる立場ではない。
だから、この話をするのは、隣の人の前でないならいいのだ。隣の人の前でないなら……。
「感謝はしてるけど、恥ずかしいからもうやめて」
久遠が凌也を睨み上げる。凌也は「ごめんごめん」と笑った。憎めない笑顔だ。
今この時も、神永を自分の私的な交流に付き合わせてしまっているという申し訳なさをひしひしと感じている。相変わらず神永の表情を見ることはできない。
「こうやって会えて嬉しくて。……あ、写真撮ろうぜ。久遠に会ったって報告したい。みんなに」
スマホを一つだけスワイプしてカメラを起動すると、久遠の隣に並び、腕を伸ばした。
自撮りなんか大学生の時以来あまりする機会はないので、なんだか気恥ずかしくなる。
なにより、神永から、仕事をしに来ているのに遊んでいると思われたら嫌だという危惧が大きい。思われたらというか、とっくにそう思われているだろう。
そんな不安があるせいで、笑顔はぎこちなくなる。
真隣に顔を寄せた凌也は、自他ともに認める笑顔上手なのだ。文句のつけ所がない完璧な笑顔を浮かべると、あっという間にシャッターを押した。
「……てか久遠、ちゃんと食べてるか?顔色あんまよくないてないぞ」
撮ったばかりの写真を見返した凌也が眉をひそめた。熱血体育教師みたいなことを言われる。
「食べてるよ」
「なんか信用ならんな。せっかく食べるもんあんだし食い尽くそうぜ。神永さん、これからまだ挨拶回りとかあります?」
「いや……一通り済んでます」
神永が隣で声を出すだけで、手に力が篭もる。
「じゃ食べようぜなんか。せっかくのタダ飯なんだから」
な?と顔をのぞき込まれて、返答に困る。それは久遠の一存では決められない。
「私たちも料理を見に行こうかと思っていたところなんです。よければ一緒に」
答えたのは神永だった。
やっと神永の顔を盗み見ると、微かに口角のあがった、静かな余裕を感じさせる表情をしていた。歳は1つしか違わないはずなのに、放っているオーラはそれ以上の差を感じさせる。
凌也は笑顔でそう言った。その目は、神永の目をしっかり見ていた。その言葉は、簡単な挨拶なようにも、圧や祈りであるようにも感じられた。
凌也は、久遠が北辰医薬時代にセクハラを受けていたことを知っている。だから、今の久遠の上司が男性であることを目の当たりにして、今度こそそういった間違いが起きないよう、小島久遠を、"女の派遣社員"としてみなすのではなく、れっきとしたチームメンバーとしてみなすように、目の前にいる今の久遠の上司に対して圧をかけているのだ。
俺はあんたを見ているぞ、と。久遠からはそう見えた。
事情を知らない神永は何も感じ取らないかもしれない。けれど、久遠側の事情のせいで、自動的に神永が加害側に位置づけられていることに申し訳なさを感じた。
もちろん、それを別とすると、凌也のこういった正義感にずっと感謝はしている。
保護者のような凌也の言葉を受け取って、神永はどう思っただろうか。
異動させたいと思っている存在についてこうも真っ直ぐ頼まれるのは、煩わしい事この上ないのではないか。
しかし、恐ろしくて、神永の表情を直接確認することはできない。
凌也が神永から視線を外したところを見るに、神永は凌也に対して声ではなく、表情で返事したようだということが分かった。
「てかその服どっかで見たことあると思ったら、あれか。藤田の結婚式」
凌也は今度は久遠に話しかけた。
藤田とは、久遠の元同期であり、凌也からしたら現役の同期だ。彼は、新卒1年目で大学の頃から付き合っていた彼女と籍を入れ、なんと立派に結婚式まで挙げたのだ。久遠としてはその時が初めての結婚式参列となった。
「あうん。あの時と同じの」
「可愛いよなその服。似合ってる。……てかあん時の久遠と言ったらさ、ほんと笑ったよな」
「余計なこと言わなくていい、いい」
それ以上要らないことを話すなと眼力で訴えるが、謎メンであるこの場を盛り上げようという気遣いもはたらいているのか、凌也は止めなかった。
「そこまで絡みなかった奴の式なのに、涙目になっててな。と思ったらグビグビ飲み出して寝るし」
やめて。だらしないやつだと隣の上司から思われたらどうする……。
あの時、涙目になっていることにいち早く気づいた凌也が理由を聞いてきたので、咄嗟に『幸せそうで、結婚って奇跡で、素敵だなと思って』と答えたのを覚えている。その供述は、半分本当で、半分嘘だった。
その時の久遠は、新郎新婦の藤田ペアを見ているようで見ていなかった。ずっと、神永との恋を思い出していたのだ。
好きな人同士で、互いだけを一生愛し続けるという契りまで至れるという神秘的な現象に直面し、それがどれだけ奇跡的なことかと、自分のかつての恋を悲観していたのだった。
その時、ついつい、白いタキシード姿の神永とウェディングドレス姿の自分が向き合っているイメージまで想像してしまったの内緒だ。
8年前に終わった恋人を、頭の中でチャペルに召喚するとは我ながら気持ちが悪すぎる。それくらいの現実検討はあるが、人間は、頭の中で考えるまでなら何をしても許されるはずだ。止められない思考は、恥じても仕方がない。
……と、自分に言い聞かせないと耐えられないくらいには気持ち悪いことだ。
本当に要らない記憶まで掘り起こされてしまったので、凌也には勘弁してほしい。
「連れて帰ってあげた恩を忘れてんだろその顔」
言いながら凌也が久遠の肩を小突いた。
たしかに、爆睡した久遠を自宅まで運んでくれたという恩がある(らしい)のは、周りの証言から確かになっているので、邪険にできる立場ではない。
だから、この話をするのは、隣の人の前でないならいいのだ。隣の人の前でないなら……。
「感謝はしてるけど、恥ずかしいからもうやめて」
久遠が凌也を睨み上げる。凌也は「ごめんごめん」と笑った。憎めない笑顔だ。
今この時も、神永を自分の私的な交流に付き合わせてしまっているという申し訳なさをひしひしと感じている。相変わらず神永の表情を見ることはできない。
「こうやって会えて嬉しくて。……あ、写真撮ろうぜ。久遠に会ったって報告したい。みんなに」
スマホを一つだけスワイプしてカメラを起動すると、久遠の隣に並び、腕を伸ばした。
自撮りなんか大学生の時以来あまりする機会はないので、なんだか気恥ずかしくなる。
なにより、神永から、仕事をしに来ているのに遊んでいると思われたら嫌だという危惧が大きい。思われたらというか、とっくにそう思われているだろう。
そんな不安があるせいで、笑顔はぎこちなくなる。
真隣に顔を寄せた凌也は、自他ともに認める笑顔上手なのだ。文句のつけ所がない完璧な笑顔を浮かべると、あっという間にシャッターを押した。
「……てか久遠、ちゃんと食べてるか?顔色あんまよくないてないぞ」
撮ったばかりの写真を見返した凌也が眉をひそめた。熱血体育教師みたいなことを言われる。
「食べてるよ」
「なんか信用ならんな。せっかく食べるもんあんだし食い尽くそうぜ。神永さん、これからまだ挨拶回りとかあります?」
「いや……一通り済んでます」
神永が隣で声を出すだけで、手に力が篭もる。
「じゃ食べようぜなんか。せっかくのタダ飯なんだから」
な?と顔をのぞき込まれて、返答に困る。それは久遠の一存では決められない。
「私たちも料理を見に行こうかと思っていたところなんです。よければ一緒に」
答えたのは神永だった。
やっと神永の顔を盗み見ると、微かに口角のあがった、静かな余裕を感じさせる表情をしていた。歳は1つしか違わないはずなのに、放っているオーラはそれ以上の差を感じさせる。
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