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第一章
17話:パーティー④
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┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
何だこの状況。
……と、思いながら、久遠は料理を眺めている。
久遠の左サイドには、元同期であり友人の凌也がいて、「あー、これもうまそう」などと言いながら自分と久遠の皿に勝手に料理を盛っている。
そして右サイドには、上司であり元恋人の神永がいる。こちらは何も喋らず、たまにシャンパンを飲んだりしているようだった。
たまに見る、人間関係がごちゃまぜになった夢みたいな状況にクラクラする。
そんな中、凌也が皿に盛っていく料理が溢れそうなので、戸惑いながらもひとつ摘んで食べた。
生ハムとメロンのピンチョスは、噛むと塩気を感じ、そしてすぐにじゅわりとメロンの果汁が広がった。……美味しい。
「なー、うまいだろ?」
自然と緩んだ顔を凌也に見られていたらしく、すかさず得意げな顔をされる。
「うんありがとね」と返しながら、続けてブルスケッタも食べてみる。思ったよりバゲットが硬くて口の中を怪我してしまいそうだったけれど、クリームチーズにバジルの風味がよく合った。
……ただ、やはりひとつ気がかりなのは、神永が料理に手を伸ばしていないところだ。
凌也と合流する前は、空腹だと言っていたが、やはりあれは優しい嘘だったのだろうか。
しかし、それは別としても、シャンパンを口に運ぶペースは早い気がするので、少し心配になる。
「……あの」
控えるべきか迷ったが、勇気をだして右側にいる神永に話しかける。
ん?と目だけで聞き返してきた神永は、パーティーの照明の加減によって正確には見えないものの、頬が微かに桜貝みたいなピンクに染まっているように見えた。
「チーム長もなにか少し召し上がりませんか?先ほどからお酒しかお腹に入れていないみたいなので……心配、というか」
出すぎた真似をしている自覚に、歯切れが悪くなってしまった。
神永は、そんな久遠を見て視線を止め、ほんの一拍遅れて瞬いた。そして、少し口角を上げた。――ような気がした。シャンパンで濡れた唇が艶めいている。
「そうだね。そうするよ」
神永の声色には、少しだけ疲弊が滲んでいるように感じられた。
あらゆる人と挨拶をしたことで疲れているのだろうか。それとも、憎んでいる相手を引率することや、その友人と一緒に行動する流れになったことに疲れているのだろうか。両方かもしれない。
「仲がいいんだね」
神永が紡いだその言葉が、久遠と凌也のことを指しているということがはじめは分からなかった。話しかけられたこと自体に驚いてしまって、思考が遅れたからだ。
「彼と。同期仲がよかったんだね」
「す、すみません。仕事で来てるのに」
「いいんだよ。たまたま会えてよかったねと思って。……元気になったように見えるから」
それは要するに、ふたりの時間はかなり気まずくてきつかった、ということを示唆しているのだと思う。
言葉の奥に隠されたメッセージを感じ取り、唇に力が入るが、「ありがとうございます」とだけ答える。
神永はまた1口シャンパンを口に含んだ。グラスはほとんど空になっている。
「北辰医薬ではどんなことをしてたの?」
また話しかけられ、内心驚く。
前の会社について聞かれるのははじめてだった。神永に限らずとも、妙なタイミングで派遣として転職してきた久遠に、好奇の目を向けるチームメンバーもいなかった。それは、優しさや冷たさどうこうというより、単にチームの人数が少なく、各々が忙しなく駆け回っている神永チームでは、新入社員に興味を持つ暇などないという様子だった。
「ええと……営業推進部というところで、事務をしていました」
でも、どうして急に聞く気になったんだろう。少し考えてみて、左側にいる凌也の存在を思い出す。
なるほど、現れた第三者に、私たち2人が不自然なほど会話のない上司部下だと思われないようにしているのか。そのために、単なる上司と部下としても自然な話題設定をして、話しかけてくれているのだ。
神永の意図をキャッチしたので、さらに少しつけ加える。
「社員の納期調整とか在庫管理とか、営業先からの問い合わせ対応とか……です」
「そうなんだ。……それで、なんで前の会社辞めてうちに来たの?」
そう問われるのは自然な流れだ。けれど今度は、すぐには答えられなかった。
答え方に迷いながらも、脳裏に思い出したくない光景がちらついている。
性別だけを根拠にした、こちらを見下すような言葉。
腰に回された、湿り気のある手のひら。
自宅のエントランスで待ち伏せされた日に、目と鼻の先まで顔を近づけられた時の、相手の息の、感触、とか――。
何だこの状況。
……と、思いながら、久遠は料理を眺めている。
久遠の左サイドには、元同期であり友人の凌也がいて、「あー、これもうまそう」などと言いながら自分と久遠の皿に勝手に料理を盛っている。
そして右サイドには、上司であり元恋人の神永がいる。こちらは何も喋らず、たまにシャンパンを飲んだりしているようだった。
たまに見る、人間関係がごちゃまぜになった夢みたいな状況にクラクラする。
そんな中、凌也が皿に盛っていく料理が溢れそうなので、戸惑いながらもひとつ摘んで食べた。
生ハムとメロンのピンチョスは、噛むと塩気を感じ、そしてすぐにじゅわりとメロンの果汁が広がった。……美味しい。
「なー、うまいだろ?」
自然と緩んだ顔を凌也に見られていたらしく、すかさず得意げな顔をされる。
「うんありがとね」と返しながら、続けてブルスケッタも食べてみる。思ったよりバゲットが硬くて口の中を怪我してしまいそうだったけれど、クリームチーズにバジルの風味がよく合った。
……ただ、やはりひとつ気がかりなのは、神永が料理に手を伸ばしていないところだ。
凌也と合流する前は、空腹だと言っていたが、やはりあれは優しい嘘だったのだろうか。
しかし、それは別としても、シャンパンを口に運ぶペースは早い気がするので、少し心配になる。
「……あの」
控えるべきか迷ったが、勇気をだして右側にいる神永に話しかける。
ん?と目だけで聞き返してきた神永は、パーティーの照明の加減によって正確には見えないものの、頬が微かに桜貝みたいなピンクに染まっているように見えた。
「チーム長もなにか少し召し上がりませんか?先ほどからお酒しかお腹に入れていないみたいなので……心配、というか」
出すぎた真似をしている自覚に、歯切れが悪くなってしまった。
神永は、そんな久遠を見て視線を止め、ほんの一拍遅れて瞬いた。そして、少し口角を上げた。――ような気がした。シャンパンで濡れた唇が艶めいている。
「そうだね。そうするよ」
神永の声色には、少しだけ疲弊が滲んでいるように感じられた。
あらゆる人と挨拶をしたことで疲れているのだろうか。それとも、憎んでいる相手を引率することや、その友人と一緒に行動する流れになったことに疲れているのだろうか。両方かもしれない。
「仲がいいんだね」
神永が紡いだその言葉が、久遠と凌也のことを指しているということがはじめは分からなかった。話しかけられたこと自体に驚いてしまって、思考が遅れたからだ。
「彼と。同期仲がよかったんだね」
「す、すみません。仕事で来てるのに」
「いいんだよ。たまたま会えてよかったねと思って。……元気になったように見えるから」
それは要するに、ふたりの時間はかなり気まずくてきつかった、ということを示唆しているのだと思う。
言葉の奥に隠されたメッセージを感じ取り、唇に力が入るが、「ありがとうございます」とだけ答える。
神永はまた1口シャンパンを口に含んだ。グラスはほとんど空になっている。
「北辰医薬ではどんなことをしてたの?」
また話しかけられ、内心驚く。
前の会社について聞かれるのははじめてだった。神永に限らずとも、妙なタイミングで派遣として転職してきた久遠に、好奇の目を向けるチームメンバーもいなかった。それは、優しさや冷たさどうこうというより、単にチームの人数が少なく、各々が忙しなく駆け回っている神永チームでは、新入社員に興味を持つ暇などないという様子だった。
「ええと……営業推進部というところで、事務をしていました」
でも、どうして急に聞く気になったんだろう。少し考えてみて、左側にいる凌也の存在を思い出す。
なるほど、現れた第三者に、私たち2人が不自然なほど会話のない上司部下だと思われないようにしているのか。そのために、単なる上司と部下としても自然な話題設定をして、話しかけてくれているのだ。
神永の意図をキャッチしたので、さらに少しつけ加える。
「社員の納期調整とか在庫管理とか、営業先からの問い合わせ対応とか……です」
「そうなんだ。……それで、なんで前の会社辞めてうちに来たの?」
そう問われるのは自然な流れだ。けれど今度は、すぐには答えられなかった。
答え方に迷いながらも、脳裏に思い出したくない光景がちらついている。
性別だけを根拠にした、こちらを見下すような言葉。
腰に回された、湿り気のある手のひら。
自宅のエントランスで待ち伏せされた日に、目と鼻の先まで顔を近づけられた時の、相手の息の、感触、とか――。
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