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第一章
18話:パーティー⑤
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「うお危ね」
凌也の声が、久遠をトリップから引き戻した。
気がつくと、久遠が皿を持っている方の手を、凌也が握って支えてくれていた。久遠の手が震えたせいで皿が傾き、ローストビーフのソースが皿からこぼれる寸前だった。
「間一髪」と言いながら、凌也が満足気に久遠に目配せする。てっきり料理を見ていたと思っていたのに、いつから久遠側に意識を向けていてくれたのか。
「ご、ごめん。ありがと」
「ぼけっとしてると危ねえぞ」
と言いながら、久遠の口になにか突っ込んだ。
「ん」に濁点がついたみたいな変な声が出てしまって恥ずかしい。
舌の上で、スポンジの食感と、そこから現れる生クリームの甘さを感じて、ミニロールケーキを口に入れられたのだとわかる。
片手で口を覆って隠し、「びっくりしたもう」と凌也を睨みながら慌てて咀嚼する。
「甘いもん好きだろ。それうまかったからあげる」
久遠の睨む顔を面白そうに見ると、片方の口角を上げた。
すると右隣から、神永が静かな口調で言った。
「……ごめん。もしかして言いづらい事情だったかな。聞いてみただけだから、気にしないで」
口の中がケーキでいっぱいになった自分と、冷静な神永では、温度差があって恥ずかしくなる。
「いえ、その……」
「俺から神永さんに質問してもいいですか?神永さんって、さっきチーム長って仰ってましたけど、多分かなり若いですよね?年齢のことで、失礼かもしれませんけど」
久遠が頑張ってケーキを飲み込んでいる間に、凌也が明るい調子で口を挟んだ。凌也のグラスは全然減っていない。
「あ、うん。もし岡島さんが小島さんと同い年だったら、俺は2人の一つ上の代になります」
「すよね!?いや絶対そんな年齢変わんないよなぁと思って。その年齢でチームまとめてるって、尊敬します」
コミュニケーションが器用な凌也にしては珍しく、少し雑にも思える、あからさまな路線変更。
しかし、アシストに少しほっとして、久遠は視線を落とした。
――まだ、思い出すと少し苦しくなるみたいだ。
職場を変えたとて、心の状態はそう簡単には移せないらしい。まだしばらくは記憶に蓋をしていようと思う。
「小さいチームなんです。自分が企画したプロジェクト案が採用されて、そのリーダーにできる人手もなくて、そのまま自分が任命されたってだけの経緯で」
爽やかに謙遜する神永に、凌也は敢えてわざとらしく顔を歪める。
久遠も聞いたことのない、神永がチーム長になった経緯の話。けれど、やはりブリッジノートは彼が考案したプロジェクトだったのかと、腑に落ちるところがあった。
「岡島さんは、どんなお仕事をされているんですか」
神永がスマートに話の矛先を凌也に変えた。凌也もそのテンポを受け止め、応える。
「あ、すみません。名刺も渡していなくて」
凌也が名刺を出し、神永も自分のものを出した。
「営業部の岡島です。医薬品の営業をやってます」
お互いに礼を言いながら名刺をしまう。謎の2人組が名刺交換し合うのを、間に立っている久遠は不思議な気持ちで眺めている。
「小島さんとは別の部署だったんですね」
「あそうですね。部署は違いました。一緒だったらよかったんですけど」
凌也は、料理に目を落としながら軽く笑った。
その言葉に潜んでいる意味。
純粋に久遠と一緒に働きたかったという意味ではない。
あの頃凌也は、『もっと近くにいればセクハラも防止できたかもしれないのに』と、強い正義感ゆえに苦しそうに繰り返していた。久遠は、彼の正義感をありがたく思いながらも、自分のせいで無関係の凌也まで一緒に苦しんでもらってしまっていることが苦しかった。それを、目の前の凌也の自嘲気味な表情を見て思い出した。
凌也の声が、久遠をトリップから引き戻した。
気がつくと、久遠が皿を持っている方の手を、凌也が握って支えてくれていた。久遠の手が震えたせいで皿が傾き、ローストビーフのソースが皿からこぼれる寸前だった。
「間一髪」と言いながら、凌也が満足気に久遠に目配せする。てっきり料理を見ていたと思っていたのに、いつから久遠側に意識を向けていてくれたのか。
「ご、ごめん。ありがと」
「ぼけっとしてると危ねえぞ」
と言いながら、久遠の口になにか突っ込んだ。
「ん」に濁点がついたみたいな変な声が出てしまって恥ずかしい。
舌の上で、スポンジの食感と、そこから現れる生クリームの甘さを感じて、ミニロールケーキを口に入れられたのだとわかる。
片手で口を覆って隠し、「びっくりしたもう」と凌也を睨みながら慌てて咀嚼する。
「甘いもん好きだろ。それうまかったからあげる」
久遠の睨む顔を面白そうに見ると、片方の口角を上げた。
すると右隣から、神永が静かな口調で言った。
「……ごめん。もしかして言いづらい事情だったかな。聞いてみただけだから、気にしないで」
口の中がケーキでいっぱいになった自分と、冷静な神永では、温度差があって恥ずかしくなる。
「いえ、その……」
「俺から神永さんに質問してもいいですか?神永さんって、さっきチーム長って仰ってましたけど、多分かなり若いですよね?年齢のことで、失礼かもしれませんけど」
久遠が頑張ってケーキを飲み込んでいる間に、凌也が明るい調子で口を挟んだ。凌也のグラスは全然減っていない。
「あ、うん。もし岡島さんが小島さんと同い年だったら、俺は2人の一つ上の代になります」
「すよね!?いや絶対そんな年齢変わんないよなぁと思って。その年齢でチームまとめてるって、尊敬します」
コミュニケーションが器用な凌也にしては珍しく、少し雑にも思える、あからさまな路線変更。
しかし、アシストに少しほっとして、久遠は視線を落とした。
――まだ、思い出すと少し苦しくなるみたいだ。
職場を変えたとて、心の状態はそう簡単には移せないらしい。まだしばらくは記憶に蓋をしていようと思う。
「小さいチームなんです。自分が企画したプロジェクト案が採用されて、そのリーダーにできる人手もなくて、そのまま自分が任命されたってだけの経緯で」
爽やかに謙遜する神永に、凌也は敢えてわざとらしく顔を歪める。
久遠も聞いたことのない、神永がチーム長になった経緯の話。けれど、やはりブリッジノートは彼が考案したプロジェクトだったのかと、腑に落ちるところがあった。
「岡島さんは、どんなお仕事をされているんですか」
神永がスマートに話の矛先を凌也に変えた。凌也もそのテンポを受け止め、応える。
「あ、すみません。名刺も渡していなくて」
凌也が名刺を出し、神永も自分のものを出した。
「営業部の岡島です。医薬品の営業をやってます」
お互いに礼を言いながら名刺をしまう。謎の2人組が名刺交換し合うのを、間に立っている久遠は不思議な気持ちで眺めている。
「小島さんとは別の部署だったんですね」
「あそうですね。部署は違いました。一緒だったらよかったんですけど」
凌也は、料理に目を落としながら軽く笑った。
その言葉に潜んでいる意味。
純粋に久遠と一緒に働きたかったという意味ではない。
あの頃凌也は、『もっと近くにいればセクハラも防止できたかもしれないのに』と、強い正義感ゆえに苦しそうに繰り返していた。久遠は、彼の正義感をありがたく思いながらも、自分のせいで無関係の凌也まで一緒に苦しんでもらってしまっていることが苦しかった。それを、目の前の凌也の自嘲気味な表情を見て思い出した。
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