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第一章
19話:パーティー⑥
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その後も凌也と神永は、互いの仕事について質問し合うなど、会話を続けていた。けれどそれは、凌也が一緒に来ていた上司に呼ばれるまでのことで、凌也が離れていってからは、また神永と久遠の2人が残った。
凌也のおかげで曖昧にすることができていた神永との間の気まずさが、再びぶわりと存在感を増す。
「……彼、楽しい子だね」
じゃあぜひまた!と、神永にも愛嬌のある笑顔を向けて去っていった凌也の背中を眺めながら、神永が話しかけてくれた。
凌也の背中がパーティー会場の人ごみに紛れて見えなくなる。
「あ、はい。明るいですよね」
「同期にいてくれたら嬉しいタイプだね」
「はいそうなんです。私も色々と助けられ、て……」
会話を続けてくれる神永の気遣いに応じるべく、久遠もテンポよく返したが、相手が求めている以上に話しすぎているかもしれないと思い口をつぐんだ。
締まりが悪くなってしまって落ち着かず、グラスに口をつける素振りで誤魔化す。
主催の企業とも、その他の企業とも挨拶は終えたはずで、パーティー自体ももう終結に終わっている。
先においとました人もいるのか、心なしかはじめより人が少なくなっていような気もする。
「今日は急にお願いしちゃって申し訳なかったね。スーツの件でもお世話になったし……」
「いやあれは!私を、……私、も、助けられたので。おかげさまで濡れなかったですし」
『私を助けてくれたから』。
と言いかけて、自惚れも甚だしいことに気がついて軌道修正する。
「あ、あと、これもありがとうございました」
ずっと腕にかけていた、上着用に借りていたスーツジャケットの存在を思い出し、神永に差し出した。
しかし彼はそれをすぐには受け取らない。
「……室内は暖かいけど、外出たら寒いよ。邪魔じゃなかったら羽織って帰って」
――また。
また申し訳なさポイントが貯まってしまう。
「でも、」
「電車乗る時も目立つかもしれないから。ね」
食い下がられると、久遠としてももう対抗はできなかった。
「もちろん、かえって迷惑だったら無理しないで」
「迷惑だなんて!すみません、そしたら、お借りします」
一度自分のものとして腕の上で重さを取り戻したジャケットに目を落とす。みぞおちに当てた手に、無意識に力がこもる。
気遣いを受ければ受けるほど、胸が苦しくなる。
乗算されていく申し訳のなさに蝕まれて、自分の価値が見えなくなってくる。
煌びやかなこの会場で、久遠が立ってところだけ地面が沈み凹んでいるようだった。
慣れないヒールの靴の先っぽで、足の指が窮屈になっている。けれど、久遠の心の奥の方はその指先以上に強く縛られていた。
家から羽織ものを持ってくればよかった。完全に自分の準備不足だ。
――どうか、これ以上嫌いにならないで。
持ち前の優しさや立場のせいで、自分でも止められなくなっているんでしょう。嫌いだから優しくしなくていいやとか、そんな簡単じゃないあなたの中では、自分を欺き、自分を左右から引っ張るような不可抗力が生じているんでしょう。
そんなもののせいで、私についての負担を勝手に蓄積させるのはやめて。そんなことなら、優しくしないで。それは私の願いじゃないから。
私が願うのは、これ以上嫌われないことだけだから。
心の中ではそんな独りよがりな願望を叫んでいたけれど、いずれも口へ上がる前に嚥下され、心を縛る紐に姿を変えていくだけだった。
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その後も凌也と神永は、互いの仕事について質問し合うなど、会話を続けていた。けれどそれは、凌也が一緒に来ていた上司に呼ばれるまでのことで、凌也が離れていってからは、また神永と久遠の2人が残った。
凌也のおかげで曖昧にすることができていた神永との間の気まずさが、再びぶわりと存在感を増す。
「……彼、楽しい子だね」
じゃあぜひまた!と、神永にも愛嬌のある笑顔を向けて去っていった凌也の背中を眺めながら、神永が話しかけてくれた。
凌也の背中がパーティー会場の人ごみに紛れて見えなくなる。
「あ、はい。明るいですよね」
「同期にいてくれたら嬉しいタイプだね」
「はいそうなんです。私も色々と助けられ、て……」
会話を続けてくれる神永の気遣いに応じるべく、久遠もテンポよく返したが、相手が求めている以上に話しすぎているかもしれないと思い口をつぐんだ。
締まりが悪くなってしまって落ち着かず、グラスに口をつける素振りで誤魔化す。
主催の企業とも、その他の企業とも挨拶は終えたはずで、パーティー自体ももう終結に終わっている。
先においとました人もいるのか、心なしかはじめより人が少なくなっていような気もする。
「今日は急にお願いしちゃって申し訳なかったね。スーツの件でもお世話になったし……」
「いやあれは!私を、……私、も、助けられたので。おかげさまで濡れなかったですし」
『私を助けてくれたから』。
と言いかけて、自惚れも甚だしいことに気がついて軌道修正する。
「あ、あと、これもありがとうございました」
ずっと腕にかけていた、上着用に借りていたスーツジャケットの存在を思い出し、神永に差し出した。
しかし彼はそれをすぐには受け取らない。
「……室内は暖かいけど、外出たら寒いよ。邪魔じゃなかったら羽織って帰って」
――また。
また申し訳なさポイントが貯まってしまう。
「でも、」
「電車乗る時も目立つかもしれないから。ね」
食い下がられると、久遠としてももう対抗はできなかった。
「もちろん、かえって迷惑だったら無理しないで」
「迷惑だなんて!すみません、そしたら、お借りします」
一度自分のものとして腕の上で重さを取り戻したジャケットに目を落とす。みぞおちに当てた手に、無意識に力がこもる。
気遣いを受ければ受けるほど、胸が苦しくなる。
乗算されていく申し訳のなさに蝕まれて、自分の価値が見えなくなってくる。
煌びやかなこの会場で、久遠が立ってところだけ地面が沈み凹んでいるようだった。
慣れないヒールの靴の先っぽで、足の指が窮屈になっている。けれど、久遠の心の奥の方はその指先以上に強く縛られていた。
家から羽織ものを持ってくればよかった。完全に自分の準備不足だ。
――どうか、これ以上嫌いにならないで。
持ち前の優しさや立場のせいで、自分でも止められなくなっているんでしょう。嫌いだから優しくしなくていいやとか、そんな簡単じゃないあなたの中では、自分を欺き、自分を左右から引っ張るような不可抗力が生じているんでしょう。
そんなもののせいで、私についての負担を勝手に蓄積させるのはやめて。そんなことなら、優しくしないで。それは私の願いじゃないから。
私が願うのは、これ以上嫌われないことだけだから。
心の中ではそんな独りよがりな願望を叫んでいたけれど、いずれも口へ上がる前に嚥下され、心を縛る紐に姿を変えていくだけだった。
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