【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第一章

50話:2人きりの出張(1日目)②

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 2人きりの出張になった。

 その事実が頭の中で理解できると、久遠はもう、かえって取り乱したりはしなかった。
 鎧を着て、全部やり過ごせばいい。期間は5日間。……いや、長いが、それでも、一派遣社員としてひたむきに仕事をしていればいつか終わる。嵐はやがて過ぎる。絶対に。

 神永が発券してくれていた新幹線のチケットを受け取り、2人は改札を抜けて新幹線に向かっていた。出発まではまだかなり時間があるが、待ち合わせ場所に2人でいたってしょうがない。待ったって谷口は来ない……。
 ただの熱ではなくインフルともなるととってもきついだろう。あとでお見舞いの連絡を送ろうと考えながら、ホームへの階段を上がろうとすると、肩を叩かれた。

「それ、貸して」

 神永がそれ、と言ったのは、久遠のキャリーケースだった。

 久遠は一瞬思考も動きも停止するが、神永が言ってることが理解できると、「だ、大丈夫です!」とやはり反射で拒否が飛び出る。

 神永もキャリーケースを持っているのに、どうして持たせられるのか。しかも、上司が荷物持ちなんてありえない。むしろ、部下である私が持つべきなのでは……。

 どうしてそんなに気を遣ってくれるんだろう。彼が優しい人なのは知っているけれど、正直今はそんなふうに気を遣ってほしくない。霧島の店でこの人との過去を丁寧に振り返ってしまったことで、久遠の罪悪感がまた鮮明に回帰してくれているところなのに。

「荷物、俺に触られたら困る?」

 一寸の狂いもない美しい彼の顔が、こちらを向いている。直視してしまってはまた心が乱されるので久遠からはピントを合わせられないけれど、彼は確実に今久遠の目を見ている。それだけで、顔が赤くなっていくのが分かる。

「そ!そんなことは、ないですけど、でも」

「じゃあ持つね」

 神永はそう言うと、久遠のキャリーケースの持ち手をそっと奪い、それを収納すると軽々と持ち上げて階段を上がっていってしまった。

 階段付近で久遠が遠慮しているのは他の人の通行の邪魔になり得たので、そういった事情からも神永の即断は有難かったけれど、やっぱり気持ちの処理が追いつかない。

 単なる上司でもこういうことってしてくれるもの?……という戸惑いを、彼は彼女持ちです、という冷静な警告によってかき消す作業に終始しながら、久遠も階段を上った。久遠が抱えるのはサブバッグの重さだけになって、身軽だ。

 ホームに上がると、既に新幹線が停車しているのが見えた。2人で乗り込み、チケット番号と座席番号とを照合しながら進む。目的の座席に着いたが、そこでまた神永の気遣いに気づいてしまう。

 ――絶対にわざとだ。

 購入している座席は、キャンセルできていない谷口の分も含めて3枚だ。2つ並んだ座席と、その後ろの1席が取れている。久遠が持っているチケットが示している座席は、2つ並んだ方の席の片割れであるらしい。神永はその前の、他人と隣になる席に座ろうしている。

「あの、こっちの広い方使ってください。私がそっちに座るので」

 久遠が神永を見え挙げてそう言うと、キャリーケースを荷台に積み終えた彼は首を振る。

「そっちの方がゆっくり寝られると思うから、そっちに座って。俺どっちにしろ作業するし、こっちで大丈夫」

 とんでもないことを言われてしまった。上司より広い座席を悠々と使い、仕事をしている上司を差し置いて寝ていろということか。

 久遠が驚いて何も言えないでいると、その様子を見て神永が続ける。

「昨日、寝られた?顔色良くないように見えるよ」

 相変わらず落ち着いた声でそう言われ、久遠は無意識に頬を覆った。それだけで神永からの視線から逃げられるわけではないのだけれど、直で受けるには神永の真っ直ぐな視線は攻撃力が高すぎる。

 たしかに昨夜は、出張の緊張があったり、やっと寝られたと思ったら昔の神永との夢を見てしまったりと、あまり質の良い睡眠は取れなかった。それが分かってしまうくらい自分の顔色が悪くなっているのだとしたら驚くし、そうでもないのだとしたら、些細な不調に気づいてくれるほど神永が自分の顔を見ていたということになる……。
 久遠は戸惑ったが、一つ確かだと思えたのは、自分は上司に2人分の席を譲ってもらえてしまうほどの体調不良ではないということだ。

「寝てます。だから大丈夫です」

 久遠はやや強情に言ってのけ、神永が座ろうとしていた座席に滑り込んで座った。神永は、既に座ってしまったものは動かすこともないだろうと判断したのか、「わかった」と短く言って後ろの席に着席した。

 久遠の隣の席は空いていたが、久遠が座っているのは通路側で、空いているのは窓際の方の席だった。窓際も空いているのに敢えて通路側の方を予約するとは考えられないので、おそらく待っていれば誰かが隣に来るのだろう。

 そう思っていると、突如視界がやや暗くなった。顔を上げると、体の大きな年配の男性が、久遠が座っている座席のすぐ横の通路にそびえたつように立ち止まっていた。久遠は、その人が自分の隣の席の人なのだと察し、「すみません」と言いながら席を立った。男性は退いた久遠には何も言わず、久遠の座席の前の座席の背もたれなどを掴んで支えにしながら、どっかりと着席した。

 男性は窮屈そうに顔を歪めると、座席の間にあるひじ掛けを上げた。それでスペースに余裕が出来たみたいだが、久遠の座席との境界がなくなってしまった。

 まるで久遠が見えていないかのような自由な振舞いにドギマギしつつ、久遠はそっとまた席に座った。幅広い体型の男性のスーツの肩の部分が、久遠の肩に触れている……。

 男性はふと思い出したように足元の鞄をごそごそと漁ると、駅弁が入っているらしいレジ袋を取り出し、それを開封し始めた。男性が食べ始めるのと同時に、新幹線が滑るように発車した。

 駅弁を食べるのはいい。もちろんそれはいいのだけれど……咀嚼音がよく響く人だった。そして、箸を動かす度に、横で縮こまっている久遠の二の腕に当たる。本人にはどうやら下心も悪気もないみたいだ。それどころか、本当に久遠が透明人間としてみなされているようだった。けれど、セクハラ被害を思い出してしまうために、久遠の心臓は嫌な音を立てていた。

 男性が駅弁を食べ終わった様子を見て、もう咀嚼音に苦しめられなくていいとほっとしたのも束の間、男性が寝始めた。しかも、寝落ちが異常に早い。まじか。男性はかすかにいびきをかき始めたかと思うと、いびきはみるみるクレッシェンドしていき、さらに、舟をこぎ出した男性の頭は久遠の肩にもたれかかってきた。

 男性と触れ合ってしまっている体の部分から久遠の体いっぱいに震えが伝わりそうになる。しかしそれと同時に、やっぱり神永にこの席に座らせなくてよかった……と安心する気持ちもあった。

 久遠が、自分を落ち着かせるために自分の手を揉んでいると、急に耳元で声が響いた。

「小島さん」

 予期せぬ刺激に驚いて、全身に電気が走ったかのようにびくりと反応してしまった。反射的に右耳を覆う。振り向けなかった。だって振り向いたら、今そばにあるはずの神永の顔と対面してしまうはずだから。恐らく今、久遠の耳に神永の吐息が触れてしまいそうなほど、神永の唇がすぐそばにある。

 前を向いたままの久遠に、神永はまた久遠の耳に囁いた。

「こっちおいで」
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