【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第一章

64話:騎士②

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┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「チーム長!」

 長い脚で前を歩かれると、あっという間に距離が空いてしまう。久遠は、店の出口までの廊下で、彼を追いかけて歩いていた。
 ありすを置いて出てきてよかったのか、他の女をかばって彼女との間に亀裂が走ることを気にしないのか、色々聞きたいことはあったが、ひとまず呼ぶことしかでかない。

 レストランを出たところでやっと神永に追いつくことができた。

「あ、ごめん。気遣えなくて」

 小走りで追いかけてきた久遠に気がついた神永が、我に返ったように謝る。

「いやそんなことは全然……。むしろすみません、私のせいで。私本当に、タクシーで大丈夫です。だからその……」

 ありすさんのところへ戻って。

 そう言うべきだと頭では分かっているのに、身勝手な心がブレーキをかけて上手く言えない。
 元カノの分際で、今カノの邪魔をするなんて、いつからこんな悪女になったんだ私は……。

「小島さん。小島さんが心配することは何もないから、今日は早く帰ろう」

 神永は、久遠が頷くのを待った。

 どうしよう、どう出来る?他になにか道は……。

 久遠は、カバンの持ち手を強く握り、あまり働いていない頭で思考を巡らせる。すると――。

「きゃっ!」

 突然、また視界が揺れた。体にも衝撃があり、一瞬何が起きたのか分からなくなる。

「ごめん、大丈夫?」

 神永の声が近い。どうやら、神永が久遠の肩を引き寄せたようだった。近くを走行していった車から久遠を離すために。
 街灯に青白く照らされた神永の肌と、そこに赤く映えた唇が、久遠の額のすぐ上にある。

「ごっ、ごめんなさい!すみませ――」

「何してんだよ!」

 久遠が飛び退きかけたところに、神永の声ではない声が、人通りの少ない道に響いた。

 そちらを向くと、そこには――。

「……凌也?」

 神永と久遠を見て驚いた顔で立っていたのは、北辰医薬の元同期・岡島凌也だった。彼は、スーツを着ていて、紙袋を持っていた。この近くで、取引先と飲み会でもしていたのかもしれない。

 久遠が驚いていると、つかつかとこちらに寄ってきて神永に掴みかかる。

「ちょっ……!」

「おい何してんだよ。久遠嫌がってんだろ!」

 凌也は、久遠の肩を掴んでいた神永の手を引き剥がし、睨み、低い声で凄んだ。

 まずい、とても勘違いしている。

「違うの!神永さんは――」

「何が違うんだよ!手震えてんだろ!」

 凌也に言われて自分の手を見る。神永に掴みかかる凌也を止めた久遠の手は、まだ僅かに震えが残っていた。

「上司だからって好き勝手してんなよ。セクハラで訴えるぞおっさん」

 見上げる形で睨みつけられた神永は、少し顔を歪めたが、凌也の手を取ってそれを振り払った。

「ごめん、確かに今触れたのは軽率だった」

 神永が凌也にも久遠にも向けたように謝ってしまう。

「ち、違う違う!今神永さんは私が車道側に立ってて危なかったから守ってくださっただけで、それに、この変な震えはまた全然違くって、今変な人がいたからそれから守ってくれたのも神永さんで!」

 久遠の必死な訴えに、凌也は眉をひそめていたが、意味が分かると殺気を弱めた。久遠の言葉は全くまとまらなかったが、なんとか伝わったらしい。

「え……そう、なんすか?すみません、俺……」

 凌也は困惑したまま首を前に出して謝った。神永はそれを首を振って制し、スーツの乱れを少し整える。

「ごめんなさい、俺勘違いして」

「いやいい。咄嗟とはいえ、実際触ったのはよくなかったし」

「てか久遠、変な人がいたって……」

「あ……さっき良くない人に絡まれちゃって。そこを助けてくれたのが神永さん」

「大丈夫だったのか?何もされてないか?」

 凌也がガバッと久遠に向き直り、まじまじと点検するように久遠を見る。

「だ、大丈夫大丈夫。なんともない」

「なんともないって、まだ震えてただろ。……俺ちょうど帰るとこだし送れるよ」

 凌也はそう言ってスマホを取り出した。路線案内のアプリを立ち上げ、到着地の欄に久遠の最寄り駅を入れようとする。

 凌也の申し出に、久遠の心が少し揺れた。凌也が送ってくれるということは、神永と気まずい思いをしなくて済むし、神永がありすのもとへ戻ることも出来るようになるのだ。だけど、それでも――。

「岡島さん、大丈夫です。俺が送るところなので」

 凌也を止めたのは神永だった。

「や大丈夫っす。俺方面同じなんで」

 凌也はさも当然のように、久遠を送る方針を変えなかった。神永の気遣いに感謝している声色ではありつつも、スマホを操作する指は止めない。

「今日車なんです。俺が、小島さんを家まで送っていきます」

 神永も態度を頑なにしていることに気づくと、凌也も顔を上げた。神永の真剣な表情に、凌也もやや表情が固くなる。

「いや……。上司の人に迷惑かけられないんで、友だちだし俺が――」

「迷惑だなんて思ってません。むしろ、自分が安心したいから自分で送りたいと思っているだけで」

 なお頑なな神永に、凌也が一層怪訝な顔をした。2人の間に対立構造が出来てしまうのが見えた。

「……久遠はどうしたい」

 凌也に聞かれ、2人の間にいた久遠はどきりとする。

 どうしよう、意見を聞かれると困る……。

 だって、頭では凌也に送ってもらう方が諸々良いというのは分かっている。それなのに、どうしても引っかかっているのだ。神永一織が自分にくれる優しさを、もらえるだけ全部受け取っておきたいという欲張りな自分の感情が。

 もし、今ここで断ったら。
 また次会う時には、『会いたくなかった』と突き放す神永に戻ってしまっているかもしれない。そんなことを思ってしまうから、昔の彼を彷彿とさせる優しい側面を見せられてしまうと、久遠は思考や論理では動くことができなくなる。

「えっと……」

「小島さんが俺じゃ嫌ということじゃなければ、俺がこのまま車で送っていきます。それでは岡島さんが不安ということなら、彼女を無事送り届けたという旨を、あとで岡島さんにメールします。それでどうですか」

 神永が提案した。その真摯な対応に、凌也も迷いながら曖昧に頷く。視線が久遠を向き、久遠の意思を尋ねてきた。久遠もそれに答えるように小さく頷く。

「……じゃあ、信用していいんすね」

 凌也の問いかけに、神永が頷いた。凌也は次に、また久遠を見て、久遠の頭に手を載せる。

「気をつけて帰れよ。玄関入るまで気抜くな」

「うん、ありがとう」

「……あ、明後日。何があったか、明後日話せよ。久遠が言いたい範囲でいいから」

 くしゃっと頭を撫でられながら思い出した。――明後日、そうだ。
 今週の日曜は、凌也と霧島の店にお邪魔して食事することになっていた。

「うん。そうするね」

 凌也はそのまま神永に頭を下げ、久遠に手を振り、去っていった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 そこから3分も歩かないところに、駐車場はあった。

 神永がスマートキーで鍵を解錠し、車のライトが点灯する。

「さっき彼も言ってたこと、ほんとごめんね」

 神永が助手席のドアを開けてくれ、久遠が乗り込む時、なぜか謝られてしまった。意図が分からず久遠は不思議そうな顔をする。

 神永はドアを支えながら続けた。

「車が来た時。小島さんが怖い思いしたばかりだったのに。俺も男性だし……怖かったかなと思って」

「怖くありません!」

 久遠の口は、考えるより先に開いた。

「チーム長になら、触られても、怖くありません」

 助手席から、ドアを開けてくれている神永を真っ直ぐ見上げてそう言った。

 慌てるようにこうして言葉を連ねたのは、神永に少しでも勘違いしてほしくなかったからだった。力ずくで女性の尊厳を損ねるような下劣な人と、私の好きな人が、同じ性別ってだけで同類として捉えうるだなんて。そんな風に絶対に思ってほしくなかった。
 そんな焦りが、明確な形を持つ前に脳の中を駆け抜け、さっきみたいな言葉となって口から飛び出たのだ。

 ――だけど。

 ひとたび振り返ると、また違う焦りが出てきた。さっきの言葉が、なんだか他の意味を含有するような、神永としてはお断りな積極性を帯びていたような気がしてきたからだ。

 どうしよう。なんか私今、変なことを言ってしまったかも……。

 神永が何も感じ取ってくれなければそれでいいのだけれど、彼は静かに「……そう」と言って久遠のドアを閉めた。

 ……絶対に引かれた。

 私は、どうしてこうも衝動的に口走ってしまうのか。このせいで過去にこの人を失ったのに……。

 神永はボンネット側を回り込み、運転席に乗り込んだ。エンジンをかけ、車が滑らかに滑り出す。

「一人暮らしだよね?送るの、そっちの家でいいの?」

「え?」

「実家でもいいよ。今夜一人だったら、不安なんじゃないかと思って」

 その提案にびっくりしてしまって、すぐには返事ができなかった。
 久遠が思いつきもしていなかった案を、彼は考えて、提案してくれた。それは彼が、久遠の身に起きたことを自分事のように想像してくれたから出来ることだと思った。

 優しさを受け取るほど胸が締め付けられる。せっかく自然なリズムに戻ってきてくれていた心臓の音が、また主張し出す。この人のことが心から大好きだと、久遠の体が虚しく叫んでいた。

「こんなことがあったんだし、来週とかしばらく休み取ってもいいよ。実家で休養しても――」

「いえ、大丈夫です。送っていただくのも、今の家の方で。……お気遣いありがとうございます」

 精一杯普通の声が出るように努めた。そうしないと、また涙が出そうになって喉が震えているのがバレてしまいそうだったから。

 こんなにも優しい人を、私は自分で傷つけて、手放した。8年後悔していたって、そんなの全然遅くって、何の役にも立たない。だって、その間に彼は新たな人を見つけて、今一緒にいるのだから。
 彼が私にこうして優しくするのも造作無いのは、彼の中では完全に、私を過去のこととして処理しきれているからだと、この時思った。
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