【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第二章

87話:カフェランチ①

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 2人は骨董通りを歩き、鮮やかな赤い外壁が目を引く一軒のカフェに辿り着いた。

 店に入る前から、小麦粉とバターが焼かれる匂いと、深い焙煎のコーヒーが鼻腔をつく。みんなが大好きな休日を凝縮したみたいな香りだ。店内は、土曜日の解放感を楽しむ人々で賑わっていた。

 案内された窓側の席に座り、2人は一枚のメニューを一緒に覗き込む。神永の顔がすぐそばにある緊張で、メニューを読む目が滑ってしまう。

「俺、久遠が選ぶもの当てられるかも」

「え!」

 神永が、得意げに唇の端を上げる。

「久遠の好みが変わってなければね。久遠も俺が頼みそうなやつ当ててみて」

「ええぇ、ちょっと待ってください。時間もらっていいですか」

「どうぞ」

 メニューには、数種類のパンケーキやサンドイッチ、エッグベネディクト、ドリンクの写真が並んでいる。久遠は神永の嗜好――8年前の断片的な記憶を必死に手繰り寄せながら、真剣な表情で文字を追った。

 神永はそんな久遠の横顔を、まるでお気に入りの映画のワンシーンを眺めるような甘い視線で見つめている。数秒の沈黙の後、久遠は意を決した。

「……決めました」

「よし、じゃあせーので指そう」

 神永の「せーの」という合図に合わせて、2人の指が同時に動く。

 久遠が指したのは、香ばしい皮目が魅惑的なグリルチキンサンドイッチの写真だ。対して、 神永のすらりとした指先が指し示したのは、バナナとくるみのパンケーキだった。神永が指したそれは、久遠がまさに心に決めていたメニューだった。

 2人は顔を見合わせる。

「「当たり」」

 同時にこぼれた声に、どちらからともなく笑みが弾けた。

 重なり続ける視線に久遠の方は耐えきれず、頬を染めて視線を泳がせた。

「あっでも……パンケーキ食べたらお腹いっぱいになっちゃうかな。一織くんのサンドイッチ頼んで、それ少しもらうとかでもいい、ですか?」

「全然いいけど、お腹いっぱいになっちゃいそう?朝あれしか食べてないのに?」

「今は余裕で入るんですけど、夜霧島さんのお店に行くなら、タイミングよくお腹空くといいなぁって。あそこではたくさん食べたい……」

 正直な願望を口にすると、神永の眉がわずかに寄った。完璧に整った眉間。どこか物言いたげで、拗ねた子供のような表情だ。

「久遠、ほんと霧島の料理好きだね」

「はい。話しましたっけ」

 神永は眉を上げ、今にもため息をつきそうなほどあからさまな呆れ顔を見せた。霧島の名が出る度に彼が見せる不機嫌さは、普段冷静なチーム長のイメージとは矛盾する。

 やがて気を取り直した神永が、穏やかな声に戻り、久遠に提案してくれる。

「でも、どっちも頼もう。もういらないってなったら俺が全部食べられるから、言って」

 頼もしい一言に、久遠も喜んで頷く。神永は店員を呼び、手際よく注文を済ませてくれた。サンドイッチとパンケーキと、そして2人分のホットコーヒー。

 運ばれてくるまでの時間、店内の喧騒が心地よいBGMになる。久遠はカップの縁を指でなぞりながら、ふと、再会の日からずっと胸の奥に引っかかっていたあの挨拶について切り出した。

 「じゃあですけど」

 その唐突で斬新な出だしに、神永はカップを口に運ぼうとした手を止め、笑った。ちょっと不貞腐れたような久遠が何を言い出すのかと、ワクワクした表情で促してくれる。

「……一織くん、なんで最初、『はじめまして』って言ったんですか?」

 あの日、オフィスの蛍光灯と白いデスクの反射を受けて、光の中で振り向いた彼。衝撃で心臓が止まりそうになった久遠に対し、彼は、完璧な――というよりも、少し冷ややかなまである他人行儀な表情を向けたのだ。

 あの言葉は神永の意思表示だと思った。2人に過去はなかったものとしたいという方針を向けてきたのだと。久遠は、心に刻み込まれるような形でその暗黙の了解を内在化し、その後もその方針に沿っていったのだった。

 しかし、意外にも当人はケロリとしている。

「言ったっけ」

「言いましたよ!それで、昔のことはなかったことにするんだなって分かって、こっちも必死に……」

「ああ……。だってあれ、久遠がすごい顔してたんだもん」

 神永は思い出し笑いをするように目を細めた。

「え?」

「初めて顔合わせた時。もう、絶望、みたいな顔して俺の顔見てたよ、分かってる?」

 久遠は相手から見えていた自分について驚いているが、話している本人は当時の久遠の顔を思い浮かべているのか、口元を拳で隠して少し笑っている。

「俺も久遠が来て相当驚いたし、会えたことに嬉しい気持ちも正直あったんだけど……あの顔見たら、ああ大変だと思って。昔飽きて振った相手が、せっかく転職した先にいたら、もうたまったもんじゃないだろうなって。だからそう言ったんだと思う」

「俺もあんまよく覚えてないけど」と言いながら、彼は運ばれてきた2杯のコーヒーを受け取った。店員にお礼を言ってから、片方のコーヒーカップを久遠の手元に置いてくれる。

 ――まさかあの『はじめまして』が、拒絶ではなく、久遠を追い詰めないための彼なりの優しさだったなんて。

「えっ、じゃあ、じゃあ、伊豆でああ言ったのは?」

「なんだっけ」

「大浴場の近くで会っちゃった時、『俺たちもう会いたくなかったよね』って」
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