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107話:久遠の悩み③
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その後も久遠はなかなかに抵抗を続けたが、最終的には暴露した。霧島からの質問をかわす気まずさを紛らわすために、頻繁にグラスに口をつけていた結果、脳の抑制力が落ちたからだ。
「あの、霧島さんにこんなこと話して、ほんとに失礼なことだって、分かってるんですけど」
「はいはいはい、いいよ。大丈夫、言ってみ」
顔を真っ赤にしながら、舌足らず前置きをする久遠を、霧島は半ば煩わしそうに急かす。
店を閉めてしまった霧島は、キッチンに立つのをやめて久遠の隣のカウンター席に座っている。自分で作った料理をつまみながら、いつまでも躊躇っている久遠の相手をしていた。
内容も聞かずに『大丈夫』判定が降りたことに、久遠は一層不安になった。
「いや、大丈夫ではないんですけど、ほんとに」
「あんなぁ久遠、性のことについて悩むのは変なことじゃねーじゃん?性の不一致で別れる奴らだっているくらいだし……カップルの大切な問題だろ」
"性の不一致で別れる"。
霧島が放った何気ないフレーズが、思わず久遠の胸に刺さった。
いや、久遠はそんな予感はしていない。なんの予兆もない。そこまでのことではないのだ。……けれど、不安はある。
「………………なんにも、させてくれないんです」
久遠が思い切って口を開いた。その隣で霧島は、しばらく咀嚼を続けている。
この先どう説明を続けよう。久遠がそう考えていると、久遠が再度口を開くよりも先に、「は!?」と霧島の声が飛んできた。
久遠はびくりと肩を震わせる。なんでも話していいと言ってくれたのに、話したら話したで大声を出されてしまった。
「お前らってまだヤってないの!?」
「ちっ!違います!!違いますっていうかそのっ、いや、大きい声でそういうこと言わないでください……!」
羞恥とアルコールの熱が久遠の瞳を潤ませている。顔を真っ赤にして訴え顔を覆ってしまった久遠に、さすがの霧島も「あごめんごめん」と素直に謝った。
「さすがに違うよな、はは、びびった。あいつがそんな奥手なわけないもんな」
交際して1年は経ち、しかも婚約までした友人カップルに浮上したまさかの可能性に動揺した霧島も、やっと声のトーンを落ち着ける。
――思いが通じあったあの日。一織の家に上がった瞬間に食べられてしまっただなんて霧島に話したら、爆笑されそうなので、絶対に言わない。
「じゃあ何もさせてくれないってなんなわけ?なんかしたいわけ?」
そう言われて言葉に詰まる。どうしたらムダなく伝わるだろうかと思案するけれど、もう4杯目になるワインに浮かされた脳みそはあまり役に立たたない。
「いやその……私から、あの……なにかしようとしても、『久遠はなんもしなくて大丈夫だよ』、って……」
「あー……」
久遠がその違和感を初めて感じたのは、一織と付き合ってから半年も経っていない時だった。いつも自分ばかり気持ちよくしてもらっていることに不安を感じて、ある夜、久遠から触れようとした。けれど、久遠の手が彼の胸、腹筋と伝って、下着の上からそこに到達した時に、そっと手をおさえられてしまった。初めは手を重ねられただけかと思っていたけれど、止められていたのだ。
その後も、久遠が彼のものを舐めたことはないし、久遠が上になったことも、一度もない。そのまま一年以上が経過しているのだ。
彼との行為は毎回気持ちよくて、嫌だと思ったことはない。快感が強すぎて怖くなることはある。けれど決して嫌ではなかった。むしろ、彼をいつもよりも確実に近くに感じることができるあの時間は、久遠も大好きなのだ。
けれど、久遠からは触れさせてもらえないことを察してから、不安が過ぎるようになってしまった。――ああ、下手だと思われているのだな、と。
無理もなかった。久遠は一織以外ほとんど経験がなくて、男性器にも触れたことがないのだ。そんな久遠に対して、期待しろという方が難しいのだろうけれど……。
「つまり……シてる時、訳わかんなくなってる間に終わってて、久遠からは何もさせてもらえてないのが気がかりだ。……ってこと?」
久遠の語りをうまく要約してくれた霧島に、久遠はこくりと頷く。
「……満足させられてない、だろうなぁ、というのは思っていて……」
行為はいつも、久遠がずくずくに甘やかされて終わる。昨夜だってそうだ。久遠は二度も果ててしまったのに、彼は挿入にすら至らなかった。
「うーん何でだろうな?たとえばさ、一回したことあって、そん時に噛んじゃって、そんでもうさせたくない、とかならまだ分かるけど……」
「噛っ……」
一人首を傾げていた霧島は、「……自分で言っておいて痛くなってきた」と呟きながら椅子に座り直す。
「久遠は触りたいんだ?……ってこれセクハラか?」
「さわっ……いやその、触りたいっていうか……変化がないかな、みたいな……」
「ん?……あー、マンネリ化ってこと?」
察しのいい霧島は、久遠の説明が不十分でも的確な言葉を提示してくれる。久遠はまた頷いた。
まずいな、と思っていた。グラスを持つ手を眺める自分の視界の周縁部が暗いのだ。さっきよりも瞼は重いし、酔いがどんどん回ってきている。
「最近……頻度も減ってるような気がして……」
一年も経てば、当初の盛り上がりが下火になっていくのも普通なのかもしれない。けれど、もしも私がテクニシャンだったら?なんて思ってしまう。
久遠が下手で、満足させられていないから、彼も次第に久遠との行為に期待ができなくなってしまっているのだ。そう思えば、どんどん申し訳なくなってきた。いや、申し訳ないだなんて相手のためを思う気持ちよりもずっと、ただただ、久遠が寂しかった。
分かってる。彼は久遠を大切にしてくれているし、今日だって、職場なのに話しかけてくれた。そんな彼からの愛を疑うことなんてない。けれど、このまま頻度が下降傾向となっていけば、何かが変わってしまう気がしないでもなかった。
「まぁさぁ、あいつが何考えてるか分かんないけど……」
霧島はそう言って久遠に向き直る。久遠は、焦点が定まりにくくなっている目で必死に霧島を捉えようとするが、視界がぼやぼやする。
「主導権奪っちゃえば?久遠が」
その後も久遠はなかなかに抵抗を続けたが、最終的には暴露した。霧島からの質問をかわす気まずさを紛らわすために、頻繁にグラスに口をつけていた結果、脳の抑制力が落ちたからだ。
「あの、霧島さんにこんなこと話して、ほんとに失礼なことだって、分かってるんですけど」
「はいはいはい、いいよ。大丈夫、言ってみ」
顔を真っ赤にしながら、舌足らず前置きをする久遠を、霧島は半ば煩わしそうに急かす。
店を閉めてしまった霧島は、キッチンに立つのをやめて久遠の隣のカウンター席に座っている。自分で作った料理をつまみながら、いつまでも躊躇っている久遠の相手をしていた。
内容も聞かずに『大丈夫』判定が降りたことに、久遠は一層不安になった。
「いや、大丈夫ではないんですけど、ほんとに」
「あんなぁ久遠、性のことについて悩むのは変なことじゃねーじゃん?性の不一致で別れる奴らだっているくらいだし……カップルの大切な問題だろ」
"性の不一致で別れる"。
霧島が放った何気ないフレーズが、思わず久遠の胸に刺さった。
いや、久遠はそんな予感はしていない。なんの予兆もない。そこまでのことではないのだ。……けれど、不安はある。
「………………なんにも、させてくれないんです」
久遠が思い切って口を開いた。その隣で霧島は、しばらく咀嚼を続けている。
この先どう説明を続けよう。久遠がそう考えていると、久遠が再度口を開くよりも先に、「は!?」と霧島の声が飛んできた。
久遠はびくりと肩を震わせる。なんでも話していいと言ってくれたのに、話したら話したで大声を出されてしまった。
「お前らってまだヤってないの!?」
「ちっ!違います!!違いますっていうかそのっ、いや、大きい声でそういうこと言わないでください……!」
羞恥とアルコールの熱が久遠の瞳を潤ませている。顔を真っ赤にして訴え顔を覆ってしまった久遠に、さすがの霧島も「あごめんごめん」と素直に謝った。
「さすがに違うよな、はは、びびった。あいつがそんな奥手なわけないもんな」
交際して1年は経ち、しかも婚約までした友人カップルに浮上したまさかの可能性に動揺した霧島も、やっと声のトーンを落ち着ける。
――思いが通じあったあの日。一織の家に上がった瞬間に食べられてしまっただなんて霧島に話したら、爆笑されそうなので、絶対に言わない。
「じゃあ何もさせてくれないってなんなわけ?なんかしたいわけ?」
そう言われて言葉に詰まる。どうしたらムダなく伝わるだろうかと思案するけれど、もう4杯目になるワインに浮かされた脳みそはあまり役に立たたない。
「いやその……私から、あの……なにかしようとしても、『久遠はなんもしなくて大丈夫だよ』、って……」
「あー……」
久遠がその違和感を初めて感じたのは、一織と付き合ってから半年も経っていない時だった。いつも自分ばかり気持ちよくしてもらっていることに不安を感じて、ある夜、久遠から触れようとした。けれど、久遠の手が彼の胸、腹筋と伝って、下着の上からそこに到達した時に、そっと手をおさえられてしまった。初めは手を重ねられただけかと思っていたけれど、止められていたのだ。
その後も、久遠が彼のものを舐めたことはないし、久遠が上になったことも、一度もない。そのまま一年以上が経過しているのだ。
彼との行為は毎回気持ちよくて、嫌だと思ったことはない。快感が強すぎて怖くなることはある。けれど決して嫌ではなかった。むしろ、彼をいつもよりも確実に近くに感じることができるあの時間は、久遠も大好きなのだ。
けれど、久遠からは触れさせてもらえないことを察してから、不安が過ぎるようになってしまった。――ああ、下手だと思われているのだな、と。
無理もなかった。久遠は一織以外ほとんど経験がなくて、男性器にも触れたことがないのだ。そんな久遠に対して、期待しろという方が難しいのだろうけれど……。
「つまり……シてる時、訳わかんなくなってる間に終わってて、久遠からは何もさせてもらえてないのが気がかりだ。……ってこと?」
久遠の語りをうまく要約してくれた霧島に、久遠はこくりと頷く。
「……満足させられてない、だろうなぁ、というのは思っていて……」
行為はいつも、久遠がずくずくに甘やかされて終わる。昨夜だってそうだ。久遠は二度も果ててしまったのに、彼は挿入にすら至らなかった。
「うーん何でだろうな?たとえばさ、一回したことあって、そん時に噛んじゃって、そんでもうさせたくない、とかならまだ分かるけど……」
「噛っ……」
一人首を傾げていた霧島は、「……自分で言っておいて痛くなってきた」と呟きながら椅子に座り直す。
「久遠は触りたいんだ?……ってこれセクハラか?」
「さわっ……いやその、触りたいっていうか……変化がないかな、みたいな……」
「ん?……あー、マンネリ化ってこと?」
察しのいい霧島は、久遠の説明が不十分でも的確な言葉を提示してくれる。久遠はまた頷いた。
まずいな、と思っていた。グラスを持つ手を眺める自分の視界の周縁部が暗いのだ。さっきよりも瞼は重いし、酔いがどんどん回ってきている。
「最近……頻度も減ってるような気がして……」
一年も経てば、当初の盛り上がりが下火になっていくのも普通なのかもしれない。けれど、もしも私がテクニシャンだったら?なんて思ってしまう。
久遠が下手で、満足させられていないから、彼も次第に久遠との行為に期待ができなくなってしまっているのだ。そう思えば、どんどん申し訳なくなってきた。いや、申し訳ないだなんて相手のためを思う気持ちよりもずっと、ただただ、久遠が寂しかった。
分かってる。彼は久遠を大切にしてくれているし、今日だって、職場なのに話しかけてくれた。そんな彼からの愛を疑うことなんてない。けれど、このまま頻度が下降傾向となっていけば、何かが変わってしまう気がしないでもなかった。
「まぁさぁ、あいつが何考えてるか分かんないけど……」
霧島はそう言って久遠に向き直る。久遠は、焦点が定まりにくくなっている目で必死に霧島を捉えようとするが、視界がぼやぼやする。
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