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第三章 魔族姫と白髪の聖女編
59:不穏な婚約式
しおりを挟むもうすぐ、レイナとノームの婚約を記念した式が始まろうとしている。二つの国の王太子が関わっている前代未聞の婚約発表だけあって、シュトラール王都ではこれまでにない賑わいを見せていた。
「いよいよですわね、ノーム殿下」
「……あぁ」
シュトラール王国、サマルク広場。レイナとノームは婚約式が始まると同時にその広場を決まった道順で数周した後、広場正面のサマルク宮殿のバルコニーにてスピーチを行うことになっていた。髪と同じ純白のドレスに身を包むレイナを眺めて、ノームは目を細める。
「似合っているよレイナ。綺麗だ」
そう言うと、頬を赤らめ顔を綻ばせるレイナ。そんな彼女にノームも幸せな気持ちに浸る一方、そんな幸せを拒絶したくてたまらない謎の衝動に駆られた。脳裏に焼き付いて離れないのは昨日のエレナの言動だ。
──『待っていてノーム。私、こんなアホ聖女に負けないから。絶対に貴方を元に戻してみせるから! 約束だよ』
……あれはどういう意味だったのだろうか、とノームは気になって仕方がない。そもそも自分はエレナという恩恵教元聖女とそこまで会話をしたことがないはずだ。しかし彼女は自分を「ノーム」と呼び、親し気に話しかけてきた。彼女は王太子の自分にそんな無礼な態度をとるような人間ではないはずなのだが……。それに一番不思議なのは、己がそんな彼女の態度を心地よく思っている点だった。
──どこか、変だ。
──余は何かを忘れているのか? エレナ嬢の言っていた「余を元に戻す」とはどういう意味なのだろう。
──あの暗い青色の髪飾りだって初めて見たものであるはずだ。だから余は「知らない」とはっきり彼女に伝えた。
──あの時、どうして彼女は今にも泣きそうな顔をしたのだろう……。余も余でどうして勝手に涙が出てきたのだ? 嗚呼、考えれば考えるほど分からなくなってくる。
──まるで、自分が自分ではないみたいだ。
ノームが心のわだかまりを持て余していると、彼の腕に柔らかい感触が絡まった。ノームは我に返る。
「……ノーム殿下? どうかしましたか?」
「っ、いや、なんでもない。馬車が広場に着いたか。……行こう」
ノームとレイナがサマルク広場に到着した馬車から降りると一斉に民からの歓声が上がった。肌をビリビリと刺激してくるそれにノームは驚く。落ちこぼれ王太子の自分にここまで脚光が浴びせられたのは初めてではないだろうか。皆が、自分の幸せを祝福してくれている。そして隣には愛しい想い人の笑顔。幸せでないはずがなかった。しかしどういうわけかノームは強引に笑みを作る。心から笑えなかったのだ。何かが足りないと、これは違うんだと、心の奥底では分かっているはずなのに──。
ノームは自分達の晴れ姿を国民達に見せつけるように広場を周ると、ようやくサマルク宮殿へ足を踏み入れた。少しの休憩だ。宮殿には共にバルコニーへ出る枢機卿やスペランサ国王がいた。ちなみにサラマンダーはやむを得ない事情があり今日は出席しないと聞かされている。彼は常日頃からノームを嫌悪しているのでこれは予想できたことだった。ノームが宮殿に入って来るなり、枢機卿が足早に近づいてくる。
「の、ノーム殿下! この度はご婚約おめでとうございます。……しかしその、今回の婚約は本当に貴方の御意思なのでしょうか?」
「! どういう意味ですか猊下」
コソコソと耳打ちをしてくる枢機卿にノームはキョトンと首を傾げた。枢機卿はそんなノームに眉を顰める。
「いえ、先日の親交パーティではエレナ様と大変親しげな様子だったものですから……。特に、あんなに素敵なお二人のダンスを見た身としては今回のお話に耳を疑ってしまいましたよ」
「? ダンス、ですか……。親交パーティでは余はレイナと踊ったはずなのですが……」
いや、違う。
そう言い掛けて、ノームは頭痛に襲われた。枢機卿がノームの瞳を見て、目を丸くする。しかし彼がノームの異変を指摘する前に──
「驚きましたよ、ノーム殿下。まさか貴方と僕が同じ妻を娶ることになるとは」
彼の肩に手を置いたのは群青色の髪に眼鏡を掛けた美丈夫──ウィン・ディーネ・アレクサンダーだ。ノームは己の肩にやけに強く彼の指が喰いこんでいることに気づいた。
「ウィン、殿下……?」
「ふふ。貴方がレイナの方に目を向けてくれてよかった。これで気兼ねなく僕はエレナを取り戻すことが出来るわけだ」
「とり、戻す?」
ウィンのその言葉は不自然そのものだった。何故ならその元婚約者を処刑しようとしたのは彼自身ではないか。しかしそこを疑問に思ったところで、レイナがノームの腕を掴む。どうやらもうバルコニーへ出る時間のようだ。
再び脚光に包まれるノーム。民の歓声は異常なほどにヒートアップしていた。そしてヘリオスのスピーチに続き(歯を食いしばりながら、苦々しそうな様子だった)、ノームが式に集まった民たちへ感謝の意を述べた……はずだ。ノームは違和感が拭えないまま考え事をしていたので、自分がどんなスピーチをしたかは覚えていなかった。そして次はレイナだが──。彼女がスピーチ台に立つと、急に空の雲行きが怪しくなっていく。それに反比例するかのようにレイナは今にも踊りだしそうな程の笑顔だった。
「──ずっと、この時を待ってました」
しんっと静まる中、レイナの高い声は声を拡大させる魔石を通して広場によく響く。しかしそこで言葉がなかなか続かないと思えば、彼女は感激の涙を流していた。傍から見れば愛する相手と結ばれて心から幸せそうな少女、だが──。
次の彼女の言葉によって事態が、急変する。
「これでようやく、あたしも、セロ様も、絶対神デウスへと復讐を遂げられます。手始めにその一歩として──皆さん、死んでください」
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