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第四章 エレナと桃色の聖遺物
77:神の力
しおりを挟む──その日はどういうわけか、アムドゥキアスの様子がおかしかった。いつもより早くエレナとリリィを起こすなり、爽やかな笑顔で──
「エレナ様、今日は十九のタイムバードが鳴く時間まで遊んで構いませんよ。というか、その時間まで帰って来てはいけません! ほらほら、リリィ様も連れて行ってください! 何かあった時の為に魔王様の魔法陣を渡しておきますね! それではいってらっしゃいませっ!」
──と、言ってきたのだ。いつもならば「十八のタイムバードが鳴る時間」が門限だというのに、今日は一時間遅い。それどこかむしろエレナとリリィにそれまで城に帰ってきてほしくなさそうな物言いだった。エレナとリリィは首を傾げながらもそのまま星の原っぱへ向かう。
「なーんか今日のアム、変だったなぁ。お城もいつもより雰囲気が違ったような……? お客さんでも来るのかな。でもそんな話聞いてないし。ドリアードさん何か知ってる?」
「常に森にいる我が城のことをお前以上に知っているわけがなかろう」
ドリアードの正論にエレナはそれもそうかと納得した。ドリアードは自前のマンドラゴラティーを穏やかに啜ると、エレナの隣にいるリリィに視線を移す。
「──それで、リリィは今日も本を読み漁っているのか」
ドリアードの言う通り、リリィの正面には十数冊の本が積まれていた。ずっと土の中にいた彼にとって様々な世界観の疑似体験ができる“物語”はとても魅力的なもののようだ。また、本を読み始めたリリィは違和感のない流暢な言葉を紡ぐこともできるようになっていた。
が──
「はい、リリィは本を読むの好きでありますの。色んな物語と言葉を知るのは、とっても楽しいのですわっ!」
──こんな風に小説の登場人物のヘンテコ口調が移ってしまうことがよくある。口調からして、今読んでいるのはどこかの国の姫君が登場する物語だろうか。エレナはどれどれとリリィが読んでいるページを覗きこんだ。……しかしその文字の羅列に唖然とする。慌てて表紙を見れば「エルフ姉妹の優雅でふしだらな日々」とあった。明らかに官能小説である。リリィはぽっと頬をピンクに染めて、何やらエレナに熱っぽい視線を向けた。エレナはすぐにリリィから子供が見る本ではないとそれを取り上げる。図書室を管理しているエルフ達にこの件について詳しく聞く必要があるようだ。
本を取り上げられたリリィは不満そうに頬を膨らませる。
「エレナお姉様、酷いですわ!! その小説はリリィのお気に入りなんですの!! 今、いいところですの!!」
「だーめ。こんな本まだリリィには早いよ! ほら、私がお伽噺でも読み聞かせてあげるから」
エレナが自分の膝をポンポン叩けば、リリィはすぐに顔を輝かせてそこに乗った。ちょこんと己の膝に座る可愛らしい弟にエレナは出会って数日経った今でも慣れる気配がない。テネブリスに来るまで孤独であったエレナにとって、「自分を慕ってくれる弟」という存在は驚異的な破壊力を宿しているのだ。
そしてエレナはリリィの期待に応えるために手頃な位置にある本を手に取った。本の内容はこの大陸でいちばん有名であろう「四勇聖伝」という御伽噺。
──数百年前。この地には凶悪な悪魔が蔓延っており、人々は常に恐怖と共に暮らしていた。しかしその悪魔を打倒すべく絶対神デウスによって選ばれた四人の勇者と一人の聖女が現れる。彼らは数々の冒険を経て、ついにその悪魔を滅ぼすのだ。四勇聖伝とはその四人の勇者と聖女の冒険の過程を描いた物語で、勇者四人と聖女の波乱万丈な恋の行方や手に汗を握る悪魔との戦いなど老若男女楽しめる内容である。しかしこの物語はお伽噺ではあるが、ほとんどが史実でもあるらしい。故に恩恵教の聖書にも一部抜粋されていたりする。聖女と勇者の存在意義を説明するには欠かせない物語だ。
──しかしそれはつまり、数百年前にも一度、当時の四人の勇者と聖女がセロと戦っているということになるが──
(でもよく考えたら、どうして一度は滅ぼされたはずのセロがまた復活したんだろう)
(もしかしてセロって倒しても定期的に復活したりするとか……)
そう考えている内にエレナはどうやら怖い顔をしてしまっていたらしい。リリィが心配そうにエレナの顔を覗きこんでいた。エレナは我に返って慌てて笑みを作るがもう遅い。リリィは身体を翻して、エレナを抱きしめる。先程までのヘンテコ口調は納まっていた。
「エレナ、大丈夫だよ。この先怖い悪魔が出てきてもリリィが魔法で守ってあげるから!」
「魔法……。そういえばリリィ、風魔法属性だったっけ。城の大広間を吹っ飛ばしそうになるくらい凄い威力だったもんね。リリィがいれば私も安心だよ」
「?? リリィ、風魔法だけじゃないよ? なんでもできるよ?」
「……えっ?」
エレナが眉を顰める。しかし次の瞬間──リリィの手の平から大量の水が放出された。水はそのまま綺麗な弧を作り、空に虹を描く。ドリアードが盛大に茶を噴き出した。
「ぶほぉっ!!? はぁああ!?!? 二つ以上の属性の魔法が使えるだとぅ!? 其方の魔力回路は相変わらずどうなっているのだ!? 視せてみろっ!!」
ドリアードが目を剥いてリリィの両肩を掴む。そしてリリィの身体をまじまじと観察するが、途中で目が疲れたのか目頭を押さえた。
「はぁ……やっぱり視えない……。この我が、妖精女王の我が……透視できない魔力回路がこの世にあるはずがないというのに……」
そうがっくり落ち込むドリアードをエレナは慰める。そしていかにも褒めてほしそうにしているリリィの頭も撫でてあげた。リリィがむふー、と満足そうに目を瞑り、自分からエレナの手に頭をぐりぐり押し付ける
「エレナ! リリィ凄い!? もっともぉっと褒めて!! リリィは他にも土の魔法も炎の魔法も使えるんだよ! あと、少しだけならもっと凄いことも出来るの!」
「もっと、凄いこと?」
するとその時だ。星の原っぱに来客が訪れた。それは勿論、グリフォンに乗ったノームとサラマンダーである。すっかり馴染みの二人の姿を見て、リリィは悪戯っ子らしい笑みを浮かべた。そんなことも知らないノームがグリフォンから飛び下りて、エレナに大袈裟に手を振る。
「エレナぁ! 余が来たぞ! 疾くお前を抱きしめさせ──」
「──えいっ☆」
こちらへ駆け寄ってきていたノームとサラマンダーに、リリィが容赦なく魔法をかけた。彼が二人を指さし、何かを唱えたかと思えば──ボンッ!! という破裂音とともに土埃が舞う。思わず目を瞑るエレナ。そして土埃が落ち着いたところで、再びバレンティア兄弟を見ると──
「あ、ああ、あああああああ!!!」
混沌。瞬時にエレナの頭でその単語が駆け巡った。
つい先程兄弟がいたはずの場所にいたのは──二人の、美少女。一人はネオンブルーの瞳と美しく長い茶髪を持ち、その窮屈そうなたわわに実った胸でエレナを誘惑している。一人は真っ先に意識に飛び込んでくる深紅のセミロング。胸はほのかに存在感を主張してはいるのだが、片方と比べると影がさらに薄く見える。しかしながらその琥珀の瞳の美しさにはサキュバスの魅了魔法にも負けない魅力があった。
美少女達は互いを指差し、唖然としている。それを見ているエレナとドリアードも同じような顔だ。どうやら彼女らはノームとサラマンダーらしい。リリィが彼らを性転換させたのだ。性転換など、神話上でしか聞いたことのない──それこそ夢物語であるというのに……!!
「えっへん! リリィには男の子を女の子に変えることだってできるのだー! エレナ、すごいすごい!? リリィ、エレナの自慢の弟!? あ、他にもできることいっぱいあるんだよ! 見たい? 見たい!?」
「う、うん。ソウダネ。凄すぎてもう言葉も出ないや……」
エレナがそう言うと、リリィは心底嬉しそうに微笑む。そんな愛らしい弟の笑みにエレナはつい目の前の惨状を放り出して、彼の頭を撫でてしまった。思わぬ被害を被ってしまった二人の美少女──もとい、ノームとサラマンダーは「それよりも元に戻してくれ!」と少女らしい甲高い声で泣き叫んだ。
そんな中、ドリアードはというと──騒ぐ彼らを余所に、顔を曇らせる。
──複数の属性の魔法を使う、性別を変える……そんなの、神そのものの力ではないか。
──性別を変えるというのは気に入った男を女に変えていたという海神ポセイド特有の力であるはず。しかし水の魔法しか使えないポセイドとは違い、リリィは複数の属性の魔力回路を持っている。
──つまりリリィは複数の神の力を持っているということか? もしそれが本当であるならば全知全能と言われている絶対神デウスの父、ゼース並みの話になってくるぞ……?
──万が一にでもそのような力を持つリリィが暴走したら、それこそ原初の悪魔を越える災害じゃないか!
──エレナ。お前は、リリィを弟にするというその意味を、本当に分かっているのか……?
ドリアードは敢えてその問いを心に留めておく。エレナの前であまりにも幸せそうに笑うリリィを見ると、それを口にする気になれなかったのだ……。
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