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【没】第五章 エレナと不屈の魔導士たち
95:潜入調査の始まり
しおりを挟むエボルシオン魔導学園に潜む悪魔ベルフェゴール。それを見つけ出す為にエレナとサラマンダーは生徒として学園に潜入し、調査することをアンスから依頼された。……が。
「エレナ、いつもの金髪は? なんで髪が短くなってるの? 男の子みたい!」
リリィの不満そうな声がテネブリスの中庭にて響く。当のエレナは先日アンスから送ってもらった制服をきっちり着こなし、ネクタイの位置をアムドゥキアスに整えてもらっていた。そしてリリィの言葉通り、今のエレナの容姿はいつもとは違って年相応の青年に近づけてある。何故なら明日から潜入するエボルシオン魔導学園には男子生徒しかいないからである。百数人いる男子生徒達の中に女性が紛れ込むのは色々と問題が発生するため、こうしてエレナは男装することになったのだ。エレナは慣れないズボンに新鮮な気持ちを抱きながら、その場を跳ねる。とても動きやすかった。
……と、ここでもうすっかり聞き慣れたグリフォンの鳴き声が空から聞こえてきた。共に潜入調査するサラマンダーのお迎えだろう。しかしテネブリス城の中庭に降りてきたグリフォンは二頭。
「ノーム! エストレラ王国へ出発したはずじゃ……!」
「あぁ、ウィン殿下に先に出発するように頼んでおいた。余もすぐに後を追うさ。最後にエレナの顔を見ておこうと思ってな」
ノームが顎に手を当て、難しい顔で男装姿のエレナを観察する。そして腕を組んで眉を顰めた。
「ふむ。やはり男装してもエレナの可愛らしさは滲み出てしまうな。これで男の中に紛れ込むのは危険ではないか……」
ノームの言葉に周りの男性魔族達がうんうん頷いて珍しく彼に同調した。サラマンダーがそんな彼らにやれやれとため息を溢す。
「おい、エレナ、そして馬鹿兄上。もう行くぞ。日が暮れてしまう」
「あ、うん。……ノーム、顔見せてくれてありがとね」
「あぁ、」
ノームはエレナの額にキスを落とした。エレナは顔を赤らめたが、しばらくは彼に会えないと思うと拒否もできない。そんなエレナを愛しそうに腕の中に閉じ込めながら、ノームはサラマンダーを見る。
「サラマンダー、余の恋人を頼むぞ。余の代わりにお前がエレナを守ってくれ。信じているぞ」
「っ! ……ふん、」
「──そしてエレナ。お前もだ。余の大切な弟を頼んだ」
「うん! サラマンダーは私がしっかり支えるよ! だからノーム、安心してね」
ノームはにっこり微笑んで、再度エレナの額にキスをした。サラマンダーはそのやり取りにどこか気恥ずかしい想いを抱く。
そしてついにエレナはサラマンダーと共にグリフォンへ乗った。これで彼女はテネブリスともノームともしばしの別れだ。リリィが寂しそうに顔を歪めて、懐いているベルゼブブの手を握る。ベルゼブブはそんなリリィの手を握り返してやると、エレナに声を掛けた。
「おい、金髪」
「っ! ちょっと、その呼び方やめてって言ったじゃんベルゼブブさん」
「なんでもいいじゃんよ。……ベルフェゴールの野郎は怠惰の悪魔だ。せいぜいお前も怠惰にされねぇようにしろじゃん」
怠惰。その言葉の意味がいまいち理解できなかったエレナは休日ぐうたらと怠ける自分を思い浮かべた。しかし勿論、そんな罪で悪魔になるはずがない。
「悪魔は殺人を犯した魂の集合体。そして悪魔にとっての怠惰ってのは『生きる』という人間の義務から逃げ出すことじゃん」
「っ! つまり、それって……」
──悪魔ベルフェゴールは、生前自殺した魂から成り立っているということ。
ベルゼブブは忌々しそうに語る。
「……能力も性格もかなり気持ち悪いやつじゃん。それにあいつ、お前みたいなしぶとい性格の人間が好みだから、気を付けるじゃん?」
ベルゼブブの忠告を一応頭に入れるエレナ。そしてサラマンダーのグリフォンはテネブリスを飛び立った。魔王がエレナと目があい、頷く。エレナはそんな父に微笑み返してみせると、サラマンダーの腹に腕を回した。新しい戦地へと旅立ったのだ。
エボルシオン魔導学園への道中、なんだか寂しくなったエレナはサラマンダーに話しかける。
「ね、サラマンダー。学校ってどんな所だろうね。私、学校に通うなんて初めてだよ」
「っ、さ、さぁな。俺も学校生活というものに縁はなかったんで分からねぇよ」
「……? なんかサラマンダー、そわそわしてない?」
「はぁ!? んなわけないだろ!! ばーか!!」
そう叫ぶサラマンダーにエレナは首を傾げた。一方で年頃のサラマンダーは「後ろから意中の異性に抱き付かれている」というシチュエーションに冷静の二文字が頭から吹き飛んでいた。少し遠慮がちに回された細い腕に胸がきゅんきゅんとうるさい。背後から聞こえてくる声がなんとも聴き心地がよく、このままずっとこうしていれたら、なんて思ってしまう。……しかし。
──『……サラマンダーは最近、身体の調子が悪い。昨日も倒れたと聞いている。本人は隠しているつもりだろうが。エレナの治癒魔法ならサラマンダーの不調にも対応できる』
──『サラマンダー、余の恋人を頼むぞ。余の代わりにお前が守ってくれ。信じているぞ』
──『エレナ。余の大切な弟を頼んだ』
──サラマンダーの中で、エレナへの恋心と同時に自分を想いやる優しい兄への温かい感情が生まれ始めているのも事実である。そんな二つの感情によって自分がぐちゃぐちゃにかき乱されていることを実感し、サラマンダーは唇を噛みしめたのであった……。
***
「──おい、これはどういうことだ」
エボルシオン魔導学園に到着後、サラマンダーはドスの利いた声でそう尋ねた。目の前には少しだけ埃っぽい殺風景な部屋が広がっている。エボルシオン魔導学園長のアンスが申し訳なさそうに身体を縮ませた。
「実はその、寮の空いている部屋が一室しかなく……。それにエレナ様も『同室でいい』と言ってくださいましたので……」
「!? エレナ!? お前は一体何を考えているんだ!! お、俺とお前がっ!! ど、どど、同室で生活するなど──っ!!!」
サラマンダーがエレナの両肩をひっつかんでエレナの身体を揺さぶった。エレナは何も問題はないといいたげに胸を張る。
「最低限の仕切りは用意してもらったし、これでサラマンダーがいつ倒れても治癒魔法を施せるでしょ? 寝ている時に悪魔に襲われる可能性だってあるし、夜も一緒にいた方がいいよ」
「馬鹿っ! こんのっ、大馬鹿っ!!! いいかエレナ、俺はな、その、なんつーか……一応、男なんだぞ……っ? 」
サラマンダーの顔が一気に熱くなった。しかしエレナはそんなサラマンダーに対し──
「──でも、サラマンダーと私は友達だよ? 貴方が私に何かする心配なんて全然してない!」
──と、無邪気に言い放ったのだ。サラマンダーは石のように固まる。サラマンダーにとって、エレナの今の言葉はつまり「貴方のこと、異性として見てないのよほほほ」と言われているも同然なのだ! 故に内心ちょっぴり……否、かなり傷ついたのである。次第にそこまで自分を信頼するというのならば今夜どうにかしてやろうか、と苛立ちまじりのヤケクソな感情がサラマンダーの中で爆発したものの──「信じているぞ」というノームの言葉と笑顔を思い出し、サラマンダーの強く握りしめられた手がふっと力を抜いた。
──ったく。エレナといい兄上といい、俺を信頼しすぎなんだよ、馬鹿。
サラマンダーはそう心の中で呟くと、複雑な感情を身体から追い出す様に大きなため息を吐き出したのである……。
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