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第五章 エレナと造られた炎の魔人
97:エレナの悩み
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「──エレナ」
ウィンの誕生祭から数か月が経過したとある朝。優しい低声にエレナは目を覚めた。目の前には魔王。どうやらもうベッドから飛び出す時間のようだ。エレナはにっこりして半身を起こした。
「おはよう、パパ」
「あぁ。おはよう」
何も変わりはしない、いつもの光景。幸せで素敵な朝。なんて心地いいのだろう。エレナはこれから始まる一日への期待に胸を弾ませていたが……。
──ぐちゅっ……。
そんな、日常とは程遠い音がエレナの耳に入ってきた。
「え?」
顔を上げる。そして言葉を失った。何故ならいつの間にかエレナの部屋に侵入していた原初の悪魔──セロの腕によって、魔王の胸が貫かれていたのだから。エレナの寝間着に魔王の真っ赤な血が弾けた様に付着していた。エレナはそれに触れて、全身に寒気が走る。
「な、なに、を……」
「なにって、目障りな怪物達を排除しているだけだよ??」
怪物達。その言葉にエレナは嫌な予感がした。気づけば魔王の死体とセロはいなくなっていた。とにかく今の状況を知るために部屋を飛び出す。すると。
「うっ……み、みんな……っ!!?」
皆が、死んでいた。城の魔族達が、全て。エレナは城中を駆け回った。アムドゥキアスも、アスモデウスも、リリスも、アドラメルクも、皆、皆みんなみんなみんなみーんな──死んでいた。大広間にいけば、ゴブリン達の死体の真ん中にて、血だらけのリリィが横たわっていた。リリィは胸の中に動かなくなったルーを抱きしめている。そしてそんなリリィをベルゼブブが最期まで守ろうとしたのか、無惨な状態になっていながらもリリィの手を握り締めていた。エレナはリリィの頬に触れる。冷たかった。
「う、うぁ、うわぁああっ、」
地面に崩れて泣き出す。絶望という言葉を全身で表現するかのように。
──するとその時、聞きなれたグリフォンの鳴き声がどこかで響いた。エレナはハッとする。すぐに立ち上がり、中庭へ向かった。そこにはノームとサラマンダーが様子のおかしいテネブリスに困惑しているようだった。
「ノーム、サラマンダー!!!」
「エレナ! これはどういうことだ? 血だらけの魔族達が……」
「今、テネブリスはセロの襲撃を受けているの!! ノーム、サラマンダー、逃げて! 貴方達まで失いたくない!」
エレナは子供のようにわんわん泣いた。そんな彼女をノームが抱きしめる。
「大丈夫だエレナ。余らは勇者だぞ? そう簡単に死ぬもんか。なぁサラマンダー」
「……あぁ。安心してそこで見ていろ、エレナ」
「で、でも!!」
二人がそう言ってくれるのは嬉しい。だが得体のしれない恐怖がエレナを襲った。やはり二人をシュトラールに帰らせるべきだ。そう思って、再度二人を見れば──
(──は?)
真っ赤な血で彩られた、ノームとサラマンダーが、地面に倒れていた。エレナは考えるより先に二人に駆け寄る。二人はまだ微かだが生きていた。
「ノーム!? サラマンダー!? ど、どうして、こんなことに!! い、いやだ、いやぁ……っ」
「え、れ……な、」
ノームがエレナに手を伸ばす。その手が頬を優しく撫でた時、エレナはハッとした。早く治癒魔法を施さねば。いつもの呪文を唱え、二人に魔力を分け与える。今までで一番の苦痛がエレナを襲うがそんなものはどうでもよかった。だが二人の体力が奪われ過ぎていたのか、体が治癒魔法によって逆に傷ついていく──!!
「がっ、げほ、」
「そ、そんな!! これじゃあ、あの時と、一緒……」
エレナの脳裏にはレイナの最期が頭を過っていた。治癒魔法には魔法の対象者にもある程度の体力が残されていることが前提である。もしノームとサラマンダーに治癒されるために必要な体力さえ残っていないとするならば、エレナはどうすることもできない。レイナを救えなかったように今のエレナでは二人を救えない。
「そんな、そんなぁ、いやだ、いやだよノーム、サラマンダー! お願い、お願い、だからぁ! う、っひく、私に、私に、もっと力があれば……絶望的な死の淵でさえ覆すことのできる、力が!! もう、だれもっ、目の前で──」
──死なせたく、ないっっ!!!!!
「──エレナ?」
ぎゅっと自分を抱きしめる柔らかい何か。エレナはそこでようやく現実に戻ることができた。
息が荒い。今の今まで自分が夢を見ていたかと思うと、一気に力が抜けた。エレナは自分を優しく包み込んでくれる存在──リリィを抱きしめ返す。
「わっ、エレナ? 大丈夫? うんうん唸ってたよ」
「きゅーう!!」
「リリィ、ルー……よかった。本当に、よかった」
「わっ。もう、変なエレナ」
リリィが訳が分からないとエレナの腕の中で眉を顰めていた。一緒に抱きしめられたルーも苦しそうにジタバタしている。
(よかった、ちゃんと、生きてる。まだ失ってない。本当に、よかった──)
(……でも、これから失うかもしれない。怖い。本当に怖い。大切な人が治癒魔法ではどうにもできないような瀕死状態になった時、私は一体どうすればいいんだろう……)
(治癒魔法の進化。ドリアードさんには絶対不可能と断言されたけれど、大切な人を守るために、今のままじゃダメだ!)
エレナは心の中でそう呟くと、にっこり微笑んでリリィとルーを離した。
いつもの朝が、ようやくやってきたのだ。
ウィンの誕生祭から数か月が経過したとある朝。優しい低声にエレナは目を覚めた。目の前には魔王。どうやらもうベッドから飛び出す時間のようだ。エレナはにっこりして半身を起こした。
「おはよう、パパ」
「あぁ。おはよう」
何も変わりはしない、いつもの光景。幸せで素敵な朝。なんて心地いいのだろう。エレナはこれから始まる一日への期待に胸を弾ませていたが……。
──ぐちゅっ……。
そんな、日常とは程遠い音がエレナの耳に入ってきた。
「え?」
顔を上げる。そして言葉を失った。何故ならいつの間にかエレナの部屋に侵入していた原初の悪魔──セロの腕によって、魔王の胸が貫かれていたのだから。エレナの寝間着に魔王の真っ赤な血が弾けた様に付着していた。エレナはそれに触れて、全身に寒気が走る。
「な、なに、を……」
「なにって、目障りな怪物達を排除しているだけだよ??」
怪物達。その言葉にエレナは嫌な予感がした。気づけば魔王の死体とセロはいなくなっていた。とにかく今の状況を知るために部屋を飛び出す。すると。
「うっ……み、みんな……っ!!?」
皆が、死んでいた。城の魔族達が、全て。エレナは城中を駆け回った。アムドゥキアスも、アスモデウスも、リリスも、アドラメルクも、皆、皆みんなみんなみんなみーんな──死んでいた。大広間にいけば、ゴブリン達の死体の真ん中にて、血だらけのリリィが横たわっていた。リリィは胸の中に動かなくなったルーを抱きしめている。そしてそんなリリィをベルゼブブが最期まで守ろうとしたのか、無惨な状態になっていながらもリリィの手を握り締めていた。エレナはリリィの頬に触れる。冷たかった。
「う、うぁ、うわぁああっ、」
地面に崩れて泣き出す。絶望という言葉を全身で表現するかのように。
──するとその時、聞きなれたグリフォンの鳴き声がどこかで響いた。エレナはハッとする。すぐに立ち上がり、中庭へ向かった。そこにはノームとサラマンダーが様子のおかしいテネブリスに困惑しているようだった。
「ノーム、サラマンダー!!!」
「エレナ! これはどういうことだ? 血だらけの魔族達が……」
「今、テネブリスはセロの襲撃を受けているの!! ノーム、サラマンダー、逃げて! 貴方達まで失いたくない!」
エレナは子供のようにわんわん泣いた。そんな彼女をノームが抱きしめる。
「大丈夫だエレナ。余らは勇者だぞ? そう簡単に死ぬもんか。なぁサラマンダー」
「……あぁ。安心してそこで見ていろ、エレナ」
「で、でも!!」
二人がそう言ってくれるのは嬉しい。だが得体のしれない恐怖がエレナを襲った。やはり二人をシュトラールに帰らせるべきだ。そう思って、再度二人を見れば──
(──は?)
真っ赤な血で彩られた、ノームとサラマンダーが、地面に倒れていた。エレナは考えるより先に二人に駆け寄る。二人はまだ微かだが生きていた。
「ノーム!? サラマンダー!? ど、どうして、こんなことに!! い、いやだ、いやぁ……っ」
「え、れ……な、」
ノームがエレナに手を伸ばす。その手が頬を優しく撫でた時、エレナはハッとした。早く治癒魔法を施さねば。いつもの呪文を唱え、二人に魔力を分け与える。今までで一番の苦痛がエレナを襲うがそんなものはどうでもよかった。だが二人の体力が奪われ過ぎていたのか、体が治癒魔法によって逆に傷ついていく──!!
「がっ、げほ、」
「そ、そんな!! これじゃあ、あの時と、一緒……」
エレナの脳裏にはレイナの最期が頭を過っていた。治癒魔法には魔法の対象者にもある程度の体力が残されていることが前提である。もしノームとサラマンダーに治癒されるために必要な体力さえ残っていないとするならば、エレナはどうすることもできない。レイナを救えなかったように今のエレナでは二人を救えない。
「そんな、そんなぁ、いやだ、いやだよノーム、サラマンダー! お願い、お願い、だからぁ! う、っひく、私に、私に、もっと力があれば……絶望的な死の淵でさえ覆すことのできる、力が!! もう、だれもっ、目の前で──」
──死なせたく、ないっっ!!!!!
「──エレナ?」
ぎゅっと自分を抱きしめる柔らかい何か。エレナはそこでようやく現実に戻ることができた。
息が荒い。今の今まで自分が夢を見ていたかと思うと、一気に力が抜けた。エレナは自分を優しく包み込んでくれる存在──リリィを抱きしめ返す。
「わっ、エレナ? 大丈夫? うんうん唸ってたよ」
「きゅーう!!」
「リリィ、ルー……よかった。本当に、よかった」
「わっ。もう、変なエレナ」
リリィが訳が分からないとエレナの腕の中で眉を顰めていた。一緒に抱きしめられたルーも苦しそうにジタバタしている。
(よかった、ちゃんと、生きてる。まだ失ってない。本当に、よかった──)
(……でも、これから失うかもしれない。怖い。本当に怖い。大切な人が治癒魔法ではどうにもできないような瀕死状態になった時、私は一体どうすればいいんだろう……)
(治癒魔法の進化。ドリアードさんには絶対不可能と断言されたけれど、大切な人を守るために、今のままじゃダメだ!)
エレナは心の中でそう呟くと、にっこり微笑んでリリィとルーを離した。
いつもの朝が、ようやくやってきたのだ。
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