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何を持っているかではなく
しおりを挟む十六歳まで伸ばしていた蜂蜜色の髪は、今では肩にも届かない。
好きな人を前にして、きょろきょろと忙しなく動かしていた琥珀色の瞳は、今では試合相手をぴたりと見据え、きっと、鋭く光っている。
十八歳になったわたし────シャンリィ・ラグロックは、騎士見習い期を終え、一般騎士として同じく一般騎士のアペル・ザック・フラミンゴと対峙していた。
「悪いけど、女だからって俺は手加減しないから」
気だるげな口調ではあるけれど、アペルの葡萄色の瞳は、好戦的にギラついている。
たしか彼は、フラミンゴ子爵家の次男坊だったはず。早く進級したい理由は、なんとなく想像はできる。
けれど、わたしだって、ここで負けるわけにはいかない。
この試合は、一般騎士にとっては出世の足掛かりになるものだ。勝ちが多ければ、上官から『仕事を任せても問題ない人材』と評価される。いろんな仕事を受けて知名度を上げていかなくては、数いる一般騎士の中に埋もれたままになってしまいかねない。
ただでさえ、わたしは団長である父さんが「絶対に贔屓しないしさせないもんねー!むしろ、厳しく評価するように命令しちゃうもんねー!」と言っていたので、誰よりも勝たなければいけないのだ。
相棒である剣を握る手に力を入れ、わたしはアペルに向かって挑発的な笑みを浮かべる。
「それを聞いて安心した。負けた途端に手加減してやったって、負け惜しみを言われないで済むから」
「はっ、上等だよ!」
向かってくるアペルに、わたしは腰を低く落とす。振り下ろされる剣を受け止め、払い、すぐさま攻勢に転じる。もう、彼に反撃する隙を与えるつもりはない。
「く……ッ」
回転の速度を利用したわたしの横薙ぎの攻撃を、剣で受け止めようとしたアペルの表情は、焦燥と困惑で歪んでいた。
まあ、それはそうでしょう。
わたしの攻撃は、重い。
ただの女だと思っていたアペルに、対処できるはずがないのだ。
─────キィィィンッ!
アペルの剣が、衝撃に耐え兼ねて割れる。弾き飛ばされた剣先が空中でくるくると回転し、訓練場の敷き詰められた土の上に落下して刺さる。
おおっ、といつの間にか増えていた見物人から歓声が上がった。
「……嘘、だろ……」
脱力して両膝をついたアペルは、悔しそうに俯く。
勝負あり。これで一勝。次の相手を探さないと。
剣を鞘に収めながら周囲を見渡していると、一人の少女が駆け寄ってくるのが見えた。
「シャンリィ!見てたよ~、さっすがあ!」
「アイーニャ」
わたしに抱きついて、キラキラした翡翠の瞳で見上げてくるのは、アイーニャ・ゾルゲート。長い桃色のゆるふわな髪を肩に流すようにまとめた、可愛らしい少女だ。
入団時期が同じで、騎士見習い期は同じ寮で同室だったからか、今でもよく話しかけてくれる。
「わたしと試合する?」
一勝したといっても、まだ試合形式の訓練は継続している。話しかけてきたからてっきり次の試合の申し込みだと思ったんだけど、アイーニャは両手と顔をぶんぶんと横に振った。
「しないしない、しません!シャンリィと試合したって勝てっこないもん!」
「そうかな?」
「いや、普通にそうだよ!?なんで不思議そうにしてるの!?」
だってアイーニャは……
「………しいだろ」
「ん?どうしたの~、アペル」
ぼそっと呟いたアペルに気付き、アイーニャが彼を覗き込む。
次の瞬間、アペルはがばっと顔を上げた。アイーニャは「うひゃあ!」と悲鳴を上げてさっと離れる。おっとりしているように見えて、騎士なだけあって彼女はなかなか反射神経がいい。
「おかしいだろ!なんで女であるシャンリィの攻撃が、あんな不自然に重いんだよ!そんな細腕にあんな怪力を出せるはずない!イカサマだ!」
ああ、やっぱり、アペルは気付かなかったんだ。
「ちょっと、言い方ってもんがあるでしょー!?」
「アイーニャ、いいよ」
「でも……」
「大丈夫」
わたしは剣を再び鞘から引き抜き、アペルの前の地面に突き刺す。
ドスッと深々と刺さったそれに、アペルの顔がわかりやすく引き攣った。
「抜いてみなよ」
「は、はあっ?なんで俺が……」
「いいから。抜けるものなら抜いてみな」
「チッ、わかったよ!」
立ち上がったアペルが剣の柄を握り、引き抜こうとする。
「ふんっ……う……?は?なんだこれ?重……、うがーっ!」
顔が真っ赤になるくらい力を入れているアペルだけど、剣は抜けない。
抜けるわけないんだ。
「それは魔剣フレデフォート。ラグロック家に代々伝わる我が家の家宝だよ」
「ま、魔剣だ、と……?」
「そう。選ばれた者にしか持ち上げられない剣なの。だからアペルには持てないし、その重さが私の斬撃に加算されるから、受けた相手はものすごく重く感じる」
「は、はあああ?やっぱりイカサマじゃないか!」
憤慨するアペルを、わたしはまっすぐ見据える。
「持っているものをすべて使って挑むのが、イカサマなの?」
「─────っ」
動揺を見せるアペルから視線を外し、転がったままの彼の剣をわたしは拾い上げた。
「いい剣だ。一般騎士が持つには高価な代物だね」
「わ、悪いかよ!子爵家の次男が、安っぽい剣なんか使えるわけないだろ!」
「悪くないよ。むしろ、当然だと思う」
「………………」
「アペルはアペルが持っているものを最大限使っただけ。わたしはわたしが持っているものを最大限使って試合をした。ルール上も問題ない。戦いの場で、卑怯とかイカサマとか言ってる余裕はないから」
「そ、それは………」
「大事なのは、何を持っているかではなく、それを使って何をするかだと、わたしは思うよ」
まあ、そんなこと、アペルも知っていると思うけど。
剣を引き抜いて鞘に戻し、わたしはアペルに背を向ける。
早く次の試合相手を見つけないと。
「良いこというな~、シャンリィ!あ、ちなみにあたしも、風魔法が使えちゃうんだよね~。アペルには言ってなかったかも。だからもう一勝してるの。同期で一勝もしてないの、アペルだけだから、さっさと勝ってよね!」
……やっぱり、アイーニャの風魔法は厄介だ。
いつか全力でやり合ってみたい。
そんなことを思っていると、アペルに「シャンリィ!」と名を呼ばれた。
「……悪かった。焦って、八つ当たりした」
「うん。わたしも高価な剣折ってごめん。わざとやったけど、弁償はできない」
「そこは弁償しろよ!」
一般騎士の安月給では買えるわけがないので、わたしは「無理」と即答しておく。
父さん、もうお小遣いもくれないし。そんなにわたしが騎士になるのイヤなのかな。
「シャンリィ、おまえは、何をするか、決めてるのか」
訊かれてすぐ脳内に浮かんだのは、どうしてかルイシスだった。
初恋で、失恋した、バルハロッド王国の第二王子。
騎士を目指したのが、彼を忘れるための〝逃げ〟であったのは、否定できない。
そんなわたしが騎士になって、何をするべきなんだろう。
たぶん、普通の人よりは、わたしは剣の才能があるほうなんだと思う。運動神経も悪くないし、父さんが選ばれなかった魔剣フレデフォートにも選ばれた。けれど、代々騎士の家系であるラグロック家の中で、いちばん才能があるのは父さんだとわたしは思っている。だって、ラグロック家の長い歴史の中で、数多いる貴族の令息令嬢を差し置いて騎士団長の座につけたのは、父さんだけだ。
魔剣が使えないならその分を筋肉で補うと、昼夜問わず筋トレに励み、寝る間も惜しんで剣技を磨き続けたのだと、祖父さまが教えてくれた。危険な任務にも率先して立候補し、成果を収めて帰ってくる。
そんな父さんが、わたしの憧れだった。
ずっと、あの大きな背中を見て育った。
だから、たとえ失恋から逃げた結果だとしても、わたしがなるのは騎士しかないと思ったんだ。
「ごめん、アペル。わたしもまだ探し中なんだ」
「はあ!?ヒトに偉そうに言っておいて、おまえもかよ!」
もっともなアペルの叫びに肩を竦めながら、わたしは次の試合相手を探すために歩き出した。
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