7 / 25
形而上の愛
二〇一九年七月二十九日月曜日
しおりを挟む
〇
『二〇一九年七月二十九日月曜日 by:Unified-One.
Subject:Your password will expire soon.
市井野工業高等専門学校総合情報処理センターよりお知らせします。
高専共通システムに登録されているパスワードの有効期限が近づいています。あと六日です。パスワードを変更してください。
有効期限が切れた場合、ログインが出来なくなります。
パスワードの変更は、市井野高専認証サーバ
https://douyathsy.itiino-ct.ac.jp\iumus/にて行ってください。』
その後、彼女とは土曜日の十六時にあの四阿で待ち合わせをすることにした。金曜日にも花火は打ち上がるが、どうやら彼女は金曜日に予定があるらしい。
それまでの時間は、「テスト勉強に集中する期間を設けたい」と託けて、早百合のことで踏ん切りをつけるために、充てることにした。
とある授業終わりに、『元カノ 忘れたい』と調べようとして、しかし学内Wi-Fiが接続されていないのに気付いた。最近はずっとこうだった。寮の有線も接続できず、携帯回線を普段の一回りも大きく消費していた。
すると右手のほうから声を掛けられた。
「ねえ、東雲くん」
「なにか用かね、クラス委員長様が直々に」
榎本さんは深緑のブラウスをカーキスカートの中にしまって、栗色のベルトで締め上げていた。ブラウスから延びる細い左腕を頭の後ろにもっていき、困ったというように、
「いやあ、用ってわけじゃないんだけどさ。東雲くん、なあんか元気ないなって」
「大したことではないのだがね、少しとばかり困りごとがあるぐらいか」
「困りごと?」
「ああ」
あまり他人に話すようなことではないが、どうやら私だけでの解決は、埒が明かないということをこの数日で実感したのだった。
「少し、彼女に悪いことをしてしまってね」
「えっ! 東雲くん、彼女いたの!」
「なぜそう驚きを浮かべる。……君には私が唐変木にでも見えているのかね」
すると榎本さんは、わざとらしく手を振って否定してきた。
「いや、ほら、ね。なんか、意外じゃん」
五秒前の自分の行動に責任を持ったほうがいい。
「まあ、それはそれとして。聞かせてくれるかな」
私の手を取って、胸の前に掲げた。
〇
「――他に好きな人が出来たから、お前とはもう付き合えない。かあ」
「私は、どうしてもその人に伝えたい言葉がある。ちょうど、花火大会の日に、だ。しかしそのことが枷となって、このままでは間に合わなくなってしまう」
「成程ねえ。……でも、早百合さんは相当東雲くんのことが好きだったんだね。それに、東雲くんも早百合さんのこと、相当好きだったんでしょ。だから、こんなに悩んでる」
「早百合のことは……私の情けなさ故の関係だ。そこに好意なんてない」
「それは、違うよ」
「なぜかね」
「……ごめん、上手く、言葉に出来ないな。うん。でもさ、最初は好意なんてそれこそなかったのかもしれないけど、どんどん早百合さんのことが好きになっていったんだよ。わたし、思うんだけどさ、仲が良くて、きっといつか告白して付き合おうとするんだろうなってちょっとでも思ったら、相手はそこまで自分のことを考えていなかったとしても、取り合えず付き合えさえ出来たらいいなって思う。相手を捕まえて、手中で篭絡する。ね、効率的じゃない?」
「心底君が恐ろしいよ」
「うるさいよ。……まあ、何が言いたいかっていうと、そんなに気にすることじゃない……っていうとまた語弊があるね。――大丈夫。本当に欲しいと思ったものは、手段なんか選べない。東雲くんも、早百合さんも」
「早百合が?」
「ふふふ。じゃあさ、こう、仮定しよう。――花火大会の日にその人とはもう二度と会えなくなる。ね、危機感が増したでしょ」
「君は大団円を迎えようとはしないのかね」
「現実はそんな甘くないって、わかってるでしょ。とにかく、したいと思ったことをすること。そうじゃないと、早百合さんに悪いんじゃないの」
「そうか……」
「ま、東雲くんは最低だから? フラれちゃえばいいんじゃないの」
「どうしてそういうことを言うのかね……」
「フラれて、二進も三進も行かなくなったら……道しるべぐらいにはなったげる」
〇
きっと薄々気付いていたのだ、もう引き返せないところまで来ていると。
虚言癖だなんだと言ったところで、私はそれにもう甘んじている。だから、この癖を通し続ければいいのだ。
――花火大会の日にその人とはもう二度と会えなくなる。
危機感を募らせて、自分を追い込むのは、テスト勉強でも同じことだ。
私はノートにシャーペンを滑らせながら、
「成績が悪かったら奨学金が貰えなくなる」
そう唱えると、芯が折れてしまった。
『二〇一九年七月二十九日月曜日 by:Unified-One.
Subject:Your password will expire soon.
市井野工業高等専門学校総合情報処理センターよりお知らせします。
高専共通システムに登録されているパスワードの有効期限が近づいています。あと六日です。パスワードを変更してください。
有効期限が切れた場合、ログインが出来なくなります。
パスワードの変更は、市井野高専認証サーバ
https://douyathsy.itiino-ct.ac.jp\iumus/にて行ってください。』
その後、彼女とは土曜日の十六時にあの四阿で待ち合わせをすることにした。金曜日にも花火は打ち上がるが、どうやら彼女は金曜日に予定があるらしい。
それまでの時間は、「テスト勉強に集中する期間を設けたい」と託けて、早百合のことで踏ん切りをつけるために、充てることにした。
とある授業終わりに、『元カノ 忘れたい』と調べようとして、しかし学内Wi-Fiが接続されていないのに気付いた。最近はずっとこうだった。寮の有線も接続できず、携帯回線を普段の一回りも大きく消費していた。
すると右手のほうから声を掛けられた。
「ねえ、東雲くん」
「なにか用かね、クラス委員長様が直々に」
榎本さんは深緑のブラウスをカーキスカートの中にしまって、栗色のベルトで締め上げていた。ブラウスから延びる細い左腕を頭の後ろにもっていき、困ったというように、
「いやあ、用ってわけじゃないんだけどさ。東雲くん、なあんか元気ないなって」
「大したことではないのだがね、少しとばかり困りごとがあるぐらいか」
「困りごと?」
「ああ」
あまり他人に話すようなことではないが、どうやら私だけでの解決は、埒が明かないということをこの数日で実感したのだった。
「少し、彼女に悪いことをしてしまってね」
「えっ! 東雲くん、彼女いたの!」
「なぜそう驚きを浮かべる。……君には私が唐変木にでも見えているのかね」
すると榎本さんは、わざとらしく手を振って否定してきた。
「いや、ほら、ね。なんか、意外じゃん」
五秒前の自分の行動に責任を持ったほうがいい。
「まあ、それはそれとして。聞かせてくれるかな」
私の手を取って、胸の前に掲げた。
〇
「――他に好きな人が出来たから、お前とはもう付き合えない。かあ」
「私は、どうしてもその人に伝えたい言葉がある。ちょうど、花火大会の日に、だ。しかしそのことが枷となって、このままでは間に合わなくなってしまう」
「成程ねえ。……でも、早百合さんは相当東雲くんのことが好きだったんだね。それに、東雲くんも早百合さんのこと、相当好きだったんでしょ。だから、こんなに悩んでる」
「早百合のことは……私の情けなさ故の関係だ。そこに好意なんてない」
「それは、違うよ」
「なぜかね」
「……ごめん、上手く、言葉に出来ないな。うん。でもさ、最初は好意なんてそれこそなかったのかもしれないけど、どんどん早百合さんのことが好きになっていったんだよ。わたし、思うんだけどさ、仲が良くて、きっといつか告白して付き合おうとするんだろうなってちょっとでも思ったら、相手はそこまで自分のことを考えていなかったとしても、取り合えず付き合えさえ出来たらいいなって思う。相手を捕まえて、手中で篭絡する。ね、効率的じゃない?」
「心底君が恐ろしいよ」
「うるさいよ。……まあ、何が言いたいかっていうと、そんなに気にすることじゃない……っていうとまた語弊があるね。――大丈夫。本当に欲しいと思ったものは、手段なんか選べない。東雲くんも、早百合さんも」
「早百合が?」
「ふふふ。じゃあさ、こう、仮定しよう。――花火大会の日にその人とはもう二度と会えなくなる。ね、危機感が増したでしょ」
「君は大団円を迎えようとはしないのかね」
「現実はそんな甘くないって、わかってるでしょ。とにかく、したいと思ったことをすること。そうじゃないと、早百合さんに悪いんじゃないの」
「そうか……」
「ま、東雲くんは最低だから? フラれちゃえばいいんじゃないの」
「どうしてそういうことを言うのかね……」
「フラれて、二進も三進も行かなくなったら……道しるべぐらいにはなったげる」
〇
きっと薄々気付いていたのだ、もう引き返せないところまで来ていると。
虚言癖だなんだと言ったところで、私はそれにもう甘んじている。だから、この癖を通し続ければいいのだ。
――花火大会の日にその人とはもう二度と会えなくなる。
危機感を募らせて、自分を追い込むのは、テスト勉強でも同じことだ。
私はノートにシャーペンを滑らせながら、
「成績が悪かったら奨学金が貰えなくなる」
そう唱えると、芯が折れてしまった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる