僕がオメガじゃなかったら

ネギマ

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2-2

注意
今回は結構な暴力表現があります。
苦手な方はご注意ください。

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 彼の意外な態度に呆気にとられる。たしかに東雲くんはいつもクールで冷たい印象を受けるが、他人に対して本当に冷たい態度をとっているところは見たことがなかったから少々面食らってしまった。
 お店を出て少し歩いてから、東雲くんは立ち止まって僕の腕を離した。そしてこちらを振り返り僕を見る。その目に先程の冷たさは既になく、いつも通りの彼に見えた。

「無理に連れ出してごめん」
「えっ、いや!全然平気!」

 声色もいたっていつも通り。先程の冷たさは幻だったかのようになりをひそめている。もしかして本当に僕の幻覚だったのだろうか。普段からクールだから、そう見えただけ、とか。

「声かけられるのが嫌だからあのカフェ選んでたのに。今度から違う場所を見繕ったほうがよさそうだな」

 あ、幻覚ではなさそう。目がカフェで見たときと同じくらい温度がない。
 彼の様子を見るに、学食でなくカフェを利用するのは食事に集中できないから、以外の理由もありそうだ。
 もしかしたら、人気者だから友達も多くたくさん遊んでいると僕が勝手に印象付けているだけで、本当はそうでもないのかもしれない。
 大企業の社長さんの息子だから、多かれ少なかれ、甘い汁を吸おうと近付いてくる人間は居ると思う。家族から見放されている僕でさえ、そんなことは知る由もない人たちが利益目的に近付いてくるなんてこともあった。そういうのには気を付けろと家族に口酸っぱく言われたのも覚えている。彼はきっと僕以上に、そういう経験をしているだろう。先程声をかけてきた女子たちも利益目的の人たちだったのかもしれない。
 全員が全員、東雲くんから得られる利益目的だとは思わないが、ひっきりなしにああやって声をかけられたら学食での食事は落ち着けないどころかむしろ疲れてしまうよな。ああいう対応をするのも納得である。

「ごめん、ああやって来られるの西條は苦手だろ。また静かな場所を探しておくよ」
「う、うん……――え?」

 心の中でひっそり同情していたところ、そう言った東雲くんの、温度が戻った視線と声音にほっとして反射的に頷いてから、僕ははっと顔を上げた。目を丸くする僕を見て、東雲くんは首を傾げる。
 僕、東雲くんどころか、誰にも自分の苦手とすることを言った覚えはないんだけど……どうして知っているんだろう。

「似たような場面で、いつも困った顔をしてたからそう思ってたんだけど……違った?」

 疑問が顔に出ていたのだろう、彼は少し眉を下げて僕を伺い見た。なので僕はぶんぶん首を横に振って否定する。
 東雲くんが僕と話をするためにあのカフェを選んだのは、誰にも声をかけられずにゆっくりしたいからだと思っていた。いや、九割くらいはそうなのだろうが、まさか自分のことまでも考えてくれていたとは想像だにしなかった。しかも僕の様子を見て、いろいろと察してくれていただなんて。
 そんなことは初めてだった。誰も、家族でさえこんなふうに僕のことを気にかけたことなどなかったから。
 胸の奥にあたたかなものが溢れた。勝手に口角が緩んで、だらしない顔になっているかもと思って手で口元を覆う。そんな俺の仕草をなにをどう勘違いしたのか、東雲くんは「いやその、決してずっと見てたわけじゃなくて、たまたま目についたというか、なんというか」と珍しく焦った様子で言った。今度は僕が首を傾げれば、彼は手で顔を覆って「墓穴掘った……」と項垂れた。どうやらいらぬ勘繰りをしてしまったらしい。
 今日は、遠くで眺めるだけだった東雲くんの知らなかった一面をたくさん見られてる気がする。それがまた、僕の心の内をほわほわとあたたかくした。

「その……嬉しかっただけなんだ。なにか勘違いをさせたなら、ごめんなさい」
「…………」

 僕の言葉に、東雲くんは一瞬目を丸くする。けれどまたすぐに感情の読めない顔になって、僕の方に手を伸ばした。
 その手が、僕を叩くために振り上げる拓真さんのものと重なる。
 あ、叩かれる。そう思ったら心が一瞬でひゅっと冷えて、僕は反射的にぎゅっと目を瞑り身を強張らせた。
 しかし、覚悟していた痛みはいつまでたってもおとずれず、代わりに頭のてっぺんに少しの重みとぬくもりを感じた。
 おそるおそる、瞼を開ける。目の前には、こちらに手を伸ばした東雲くんがいて、視界に映る腕が左右に動く度に僕の頭の上にあるぬくもりも動いた。
 ……撫で、られている?
 数秒してようやく、僕はその答えに辿り着いた。
 なぜ僕は撫でられているのか。しかもあの、みんなが憧れてやまない東雲くんの手に。
 撫でられているという状況を理解しても、その理由までは思い至れなかった。

「あ、あの……?」

 頭の中をはてなマークでいっぱいにしながら、そろりと東雲くんを見上げる。彼ははっと我に返ったように目を見開くと、僕から素早く手を引いた。当然ながら僕の頭から彼の手のぬくもりも重みもなくなり、僕は未だ強張らせていた体から力を抜いた。そしてなんとなしに、先程まで東雲くんの手が乗っかっていた頭に自身の手を乗っけてみる。
 昔から僕は体温が低く、暑い夏であっても手は冷えていた。今だって、自分で触れてみた頭頂部は指の冷えた感触を僕に伝えていている。
 そして何気に、人から頭を撫でられたのも初めてかもしれない。撫でられると安心して、体が宙に浮くような、ふわふわとした心地になることを初めて知った。

「ごめん、気安く触って」
「う、ううん、平気。東雲くんの手って、あったかいんだね」

 また新たに東雲くんの情報を知れた。それが嬉しくて微笑めば、彼は「そうかな」と首の後ろを掻きながら視線を逸らした。

「と、とにかく次からは別の場所を見繕うから、そこで改めて話そう」
「うん」
「あとこの資料、持って帰ってもいいかな。じっくり読んでみたい」
「もちろんいいよ」

 それから数分だけ立ち話をして、次の講義が差し迫っていた東雲くんと別れ僕は帰路についた。

 スーパーで買い出しをして、家に帰ってからはいつも通り家事と夕食の用意をした。いつもは淡々と無心でこなすそれも、今日はなんだかうきうきした気分ですることができた。
 思い浮かべていたのは当然、東雲くんのこと。見せてくれた僅かながらの表情の変化や手のぬくもりを思い出すだけで、僕の心は馬鹿みたいに浮き立った。
 でも、拓真さんが帰ってきてからはしっかりと気を引き締めた。ちょっとでも僕が機嫌よさそうにしていたら、拓真さんはすごく怒るのだ。「こっちは仕事で疲れて帰ってきてるのに、役立たずの出来損ないがいい思いしてるんじゃねぇ」と。それ以来、拓真さんの前ではぼーっとしてしまうことがあるもののいいことがあっても表に出さないようにしてきた。
 玄関のドアが開く音がしてから、僕は深く息を吐いて気持ちを底に沈めた。東雲くんの顔も思い出さないよう、頭の中を空っぽにする。
 それから玄関で拓真さんを出迎えた。いつものように投げ渡された鞄を受け取り、床に脱ぎ捨てられたジャケットを拾い上げる。今日も先に夕食を摂るらしい。
 早く鞄をジャケットを置いて夕食を並べなければと、寝室に足を向けたその瞬間だった。
 突然がっと胸倉を掴まれたかと思ったら、思いっきり壁に体を押し付けられた。
 強く打ってしまった背中と後頭部に痛みを感じながら、反射で瞑っていた目をうっすらと開ける。目の前には、いつも以上に目尻を吊り上げた、今にも食ってかかってきそうなものすごい剣幕の拓真さんがいた。

「てめぇ、どういうつもりだ」

 低く、怒気の孕んだ声。それにプラスして、空気が重くなるような、このまま圧し潰されてしまうような圧迫感を全身に感じた。
 グレアだ。
 アルファの威嚇に、僕は全身を震え上がらせた。オメガがアルファにグレアを放たれてしまったら太刀打ちなんてできない。どんなに怖くて逃げ出したくても、この圧迫感が消えるまで、僕は震えていることしかできないのだ。
 なんで、拓真さんは怒っているのだろう。先程までの浮かれていた気持ちは完全に隠せていたはずだ。掃除もして廊下には埃も見当たらない。お出迎えもいつも通りで、なにも粗相はなかった。拓真さん自身の機嫌は悪かったけれど、いつも通りの機嫌の悪さでそこになにか変なものも感じなかった。なのに、なんで拓真さんは突然激昂して、僕の胸倉を掴み上げたんだ。

「どういうつもりだって聞いてんだよ!」
「ぅ゛ッ……」 

 胸倉を掴んだ拓真さんの手が首にも押し付けられ息がしずらくなる。わけがわからない状況に頭も混乱して、まともに物事も考えられないから返事もできない。
 そのせいで、拓真さんはより一層苛立ちを募らせた。

「いっちょ前に浮気なんかしやがって!出来損ないのオメガのくせに!」

 拓真さんはそう怒鳴りながら、僕を廊下の奥に向かって投げ飛ばす。まともに受け身も取れず、僕はそのまま廊下の床に倒れ伏した。
 浮気って、なに?なんのことだ?
 全く見に覚えがない。余計に頭がこんがらがる。
 床にぶつけた体の痛みに耐えながらなんとか身を起こしたが、すぐに髪を掴み上げられ今度は顔を殴られた。その衝撃で仰向けに倒れると、拓真さんは僕を起き上がらせないよう腹にドンッと足を置いた。

「あぁ、くせぇ……他のやつの匂いなんか纏わせやがって……てめぇ自分が誰のもんかわかってんのか?しかも俺より強いやつのだと?ふざけんなよ……劣等種のオメガのくせに……出来損ないのオメガのくせに……どれだけ俺をこけにする気だ……バカにしやがって……」

 拓真さんは顔を俯かせながら、なにやらぶつぶつと呟いている。グレアは依然放ったまま。しばらくして僕の上に跨ると、身につけていた僕のシャツを力任せに破いた。

「ぁっ……ご、ごめんなさ……ごめんなさい、拓真さ――」
「うるせぇ!」

 また顔を殴られる。口の中に血の味が広がった。
 痛い。怖い。震えが止まらない。
 でも動くことも、逃げることもできない。
 僕の足を割り開きながら、またぶつぶつとなにかをうわ言のように呟く拓真さんから目を逸らす。そうすることでしか、この恐怖から逃れられないと思った。

「ぅあ゛あ゛っ!」

 濡れてもいないそこに、太い異物がねじ込まれた感覚がした。これまでの比じゃないくらいの刺すような痛みに、前回の行為から治りきっていない部分が遂に切れてしまったことを察した。
 自然と、目の端から涙が溢れる。拓真さんはそれを見て、また僕を殴った。
 もう、痛みしか感じない。それも、歯を食いしばって、自身の手の甲や腕に爪を立てながら耐えることしか、今の僕にはできない。
 そんな中、ふと、“彼”の顔が浮かんだ。
 無表情で、クールだから冷たい印象を受ける彼の顔。
 でも本当は、柔らかく笑うし、ちょっとびっくりしたような顔もする。目力のある切れ長のあの瞳だって、冷たいだけじゃない、優しい温度を感じる。
 手だって、僕とは比べ物にならないくらい大きくて、あたたかい。もう一度あの手で、僕の頭を撫でてくれないだろうか。
 ペアワーク、一緒に頑張りたいな。彼は優秀だから、足を引っ張らないように気を付けなきゃ。
 ……でも、しばらくは学校、行けないかも。早速、迷惑かけちゃうなぁ……。

 そうやって彼に思いを馳せた時、また僕の目の端から、涙がこぼれ落ちた。

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