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しおりを挟むその後家に帰り着き、少々自分の機嫌が悪いことを自覚しながらも普通に過ごしていた。そんな中、仕事から帰ってきた父に、母が今日の出来事を話したのか、父の書斎に一人呼び出された。父も俺に詳しい事情を問いかけてきたが、俺は父にもなかなか言い出せなかった。
父は、母をとても大切に思っている。
二人が出会ったきっかけはお見合いだったが、しっかり恋愛を経て番となり結婚したという話は、母のお姉さん、つまり伯母から聞いたことがあった。息子の俺から見ても二人は相当仲良しだしいつまでたってもラブラブだ。俺はそれを何ら変だと思ったこともなかったし、
むしろ番になった人同士であれば当たり前の光景とさえ思っていた。
でもそれは、第二次性に対する偏見や差別が無いこと前提であったと、この日思い知らされた。
俺の家族や親戚はみんな、第二次性に対して差別的な思考は持っていない。というか今まで、第二次性を理由に差別する人を見たことがなかった。しかし実際は、あんなにもいたのだ。人の親にさえも下に見るような発言ができる奴らが。
今思い返せば、今朝出かける前の母を父はとても気にかけていた。もしかしたら父は、あの人達の下劣な思想に気付いていたのかもしれない。知らなかったとは言え、あんなところに母を連れて行ってしまったことがひどく申し訳なく思った。
拳を握りしめて俯く俺の頭を、父はその大きな手で撫でた。
「母さんのこと、守ってくれたそうだな」
「!」
その言葉に俺ははっと顔を上げる。
父は優しげに目を細め「ありがとう」と言った。
なんとなく、その目を見てわかった。父はおそらく、俺がなにに憤ってなにに引け目を感じているか気付いている。
「……俺、なにもできなかった」
「そんなことないさ。陽は立派に母さんを守ったよ」
父の手が俺の頭を更にわしゃわしゃ撫で回した。大切な人が嫌な思いをしたはずなのになんだか機嫌が良さそうだから、本当に心の底からそう思ってくれているのだろう。
そのことに安堵してほっと息を吐き出せば、父は俺から手を離し「だが、そうだな……」と少し考えるような素振りを見せた。
「……そろそろ陽にも伝えなければならないか」
「なにを……?」
「うちと、陽の与える影響力について」
「?」
言っている意味がわからず首を傾げる俺に、父はかいつまんで説明してくれた。
俺は、自分の家は人より少し裕福なだけのごくごく普通の一般家庭だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
父は会社の社長、ここまでは知っていた。でもただのその辺の会社の社長ではなく、誰もが名前を聞いたことがあるような有名な大手企業の社長らしい。といっても子どもの俺ではその凄さはわからなかったので、とりあえず従業員がたくさんいて一応この国の中だと十本の指に入るくらい稼いでいると思っていればいいそうだ。それから母の実家も、十本どころか五本の指に入るくらいらしい。
ただ母自身は実家の会社やその系列で働いているわけではないので、そこまでの影響力がある、というわけではない。が、しかし、母の家族が末の息子である母を大層溺愛している、というのは一部界隈では有名な話だそうで、母に失礼があったら大企業のトップが動くと恐れられている。そうなってしまえば、その辺の企業やただの従業員じゃ歯が立たない。
とまぁつまり、父は大企業のトップでただでさえ影響力があるというのに、更にそれより影響力のある母の実家の大企業がバックについている状況だ。そんな企業は国内でもそうそうないらしい。そして俺は、その影響力のある家の縁者、というわけである。
会社の大きさ云々は正直わからなかったが、自分の家が人より少し裕福なだけのごくごく普通の一般家庭ではないことだけは理解できた。
正直驚いた。父も母も、どちらの実家の親戚もみんな優しくて良識のある普通のその辺にいる人のように見えるから、そんな影響力があるだなんて意外だった。
「俺たちがそういう家だというのはたぶん、陽の通う学校の人達はみんな知っている。まだ子どもの陽にこんなことを言うのは酷だとは思うが……うちの家の利益にあやかろうと陽に近付いてくる人間も多少はいるだろう」
「…………」
父の言葉に、俺はふと友人たちの顔を思い浮かべた。
彼らと友達になったきっかけは、彼らから声をかけられたからだったと思う。普通に共に学校生活を送って、普通に楽しく遊んでいたが、思い返してみれば彼らはみんな、自分の家がどれだけ裕福であるかとどれだけ優れているかを大勢にひけらかすわりに、俺を不自然に褒め称え持ち上げることがあった。その持ち上げ方も過剰だったから正直気持ち悪くて、それやめろと言ってからはあまりしなくなった。あの友人たち意外にも、そうやって俺を過剰に持ち上げる人ややけに話しかけてくる人もいたような気がする。全てではないかもしれないが、あれらはほとんど、俺の家のことを加味しての擦り寄りだったのかもしれない。
「陽が今後損をしないよう、下心を持って近付いてくる人とそうじゃない人の見分けもつくようになってほしいと思っている。……まだ小学生の陽に言うには、荷が重すぎるかもしれないが」
「ううん。俺も、それはわかるようになったほうがいいと思ってる」
俺がそういう目を持っていたら、今回のように母に嫌な思いをさせることもなかった。父は俺が損をしないようにと言うけれど、これはたぶん家族のためになることでもある。
自分が友達だと思っていた人達がそういう下心ありきで近付いて来たことは寂しくはあるが、友達を続けたいと思うほど俺の心は広くないし、あいつらと一緒にいないとだめだなんていう、わびしい日々を送っているつもりもない。
それから俺は父に友人たちが言っていた言葉をなんとか伝えた。そして自分なりに人の見分け方を学び、あの友人たちとも極力関わらないようにした。
はじめはしつこく絡んできたりしたけれど、冷たくあしらったり無視したりしていれば、友人たちだけでなく擦り寄り目的のやつらも無闇に声をかけてくることもなくなった。
父には友人を持っておいて損はないんだぞと言われたけれど、擦り寄りたいくせに俺の母やオメガを貶める言葉を吐ける神経の持ち主たちとはもとより友人になりたくない。友人は今後、自分の思うように作っていけば良いだけだ。
友人――いや、元友人たちが俺との関係を報告したからか、ほどなくして彼らの両親が俺の家に謝罪にやってきた。「うちの息子が粗相をして申し訳ありません」と。思わず笑ってしまった。自分たちに責任の一端があると思ってもみないのだろう。
主に話を聞いたのは父であったが、父も彼らを許すつもりもないらしく、謝罪を受け取ることはなかった。
俺は、恵まれていると思う。良識や常識を教えて、時代遅れで下劣な発言や差別をせず、ちゃんとした第二次性の知識を授けてくれる人が周りにいる。心底、自分があんな奴らのように成り下がらなくてよかったと思った。
それと、数年後に行われた第二次性のバース検査で、俺はアルファであると診断された。自分の第二次性を気にしたことなどなかったから、アルファと診断されても特になんの感想も抱かなかった。かと言って、意外というわけでもない。
元友人A宅で、母に不躾にも触れようとした父親の手を掴み怒鳴ったとき、なぜか母意外のその場に居た全員が俺を怯えた目で見ていた。あれは、今思えばアルファのグレア(威嚇)だったのだと思う。
まだ未成熟な子どものうちはアルファやオメガの特徴が現れることはない。けれど俺の場合は常人よりアルファ性が強かったらしく、第二次性の診断ができる年齢にに達する前からグレアが使えたらしい。時々そんなことはあると、かかりつけ医が言っていた。
そんなことがあってから更に年月が経ち、俺は大学生になった。
俺の希望で父から経営のことやその他の必要なことを学びながら、父と母の母校である学校に通っている。両親からは自分のやりたいことを好きなようにしていいとも言われているが、両親を支えることが俺のしたいことなので文字通り好きなようにやらせてもらっている。
ちなみに、信頼できる友人は少ないが作ることができた。中学、高校で知り合った奴らで、通っている大学は違うけれど、頻繁に連絡は取り合って会って遊んだりもしている。
相変わらず利益目的で近付いてくる奴らはいるが適当にあしらいつつ将来に向けての勉強をして、信頼の置ける友人たちと適度に遊んでいる日々は、とても充実していると思う。
が、そんな呑気なことを言っている俺が、友人たちは少し気に食わないらしい。というのも、俺にあまりにも女っ気がないから面白くないんだそうだ。
そう言われても、興味が無いのだから仕方ない。
これまで告白はされたことはある。アルファからも、ベータからも、オメガからも、男女問わずだ。しかしそのどれにも自分の食指が動くことはなかった。
俺は顔が整っているらしく、これで恋愛しないなんて宝の持ち腐れだなんてよく言われるが本当に興味もわかないし、恋愛よりも自分の好きなことをして過ごすほうが有意義に思えてしまう。
おそらく誰になにを言われようが、俺のこの感覚は一生変わることがないのだろうと、思っていた。
しかし彼に出会い、俺の心に変化が訪れた。
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