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本編
7 お茶会とキスとドキドキ
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お披露目会以降。
シリウス、フィリス、ガントは折を見て公爵邸に遊びに来てくれた。
バラバラで来ることもあれば、2、3人で来ることもある。
中でもシリウスは頻繁に顔を出してくれた。
市井ではこういったものが流行っていると、差し入れに本を貰うこともある。
エディフィールは参加できないが、シリウスとガントが居る時には、模擬戦を見せて貰ったこともある。
フィリスは得意な魔法で、エディフィールの目を楽しませてくれた。
話題は貴族が全員通うことになる王立学院のことになったこともある。
この王立学院に入学できないという事は、貴族として生きていけないという事になる。
貴族籍で居たければ、避けて通れない道だ。
エディフィールは座学は付いていける自信があるが、実技に関してはほとんど教育を受けていない。
不安はあるが、三人は友人として可能な限りフォローしてくれると言ってくれた。
どう考えてもエディフィールはお荷物であるが、一緒に学院生活を送ろうと約束をした。
それが例えリールディアとの顔繋ぎの為だったとしても、エディフィールは三人の気持ちが嬉しかった。
冬場になると体調を崩しがちなエディフィールだが、三人はお見舞いにも来てくれた。
いつも貰ってばかりで申し訳ないが、エディフィールは嬉しかった。
そんなこんなで友情を深めつつ、月日が過ぎた。
あと半年もすれば王立学院へ入学することになる。
全寮制で、邸に帰ってくるのも週末か長期休みになるだろう。
不安が無いと言えば嘘になるが、それでも新しい環境への期待もある。
今日はシリウスが遊びに来てくれていた。
「そろそろ王立学院への入学準備をしないとだな。エディはもう準備を終えたか?」
庭にあるガゼボで紅茶を飲みながら、シリウスに問われる。
パーティーの日は少し尊大な口調だったが、プライベートでは他の友人達のように話してくれる。あれは外面だったようだ。
「うん。といっても、ほとんど使用人達が用意してくれてるんだけど。僕だって少しくらいお手伝いできるし、自分のことなのに、皆大人しくしてろって言うんだよ?」
少しむくれたエディフィールに、シリウスは苦笑を漏らす。
「くくっ、それは仕方ないだろ。それに、どこの家もそんなものだ。自分で準備するのは下級貴族くらいなもんじゃないか?もしくは、豪商の子供達だが……そういったところはやっぱり使用人達が用意するだろうな。」
「うーん、そんなものなの?いつもお世話してもらってばかりで、凄く申し訳ないんだけど。」
「そういうものだ。逆に主人が手伝うと言えば、使用人達が気を遣う。ありがたくお世話されておけばいいと思う。」
「シルは流石王族だなぁ。」
小市民な感覚の抜けきらないエディフィールには、少しばかりハードルの高い感覚だ。
「その代わり俺達は俺達にしか出来ないことがあるからな。適材適所というんだ。」
「僕にしか出来ないことかぁ。何があるだろ?多分跡継ぎはリーだと思うし、リーの補佐が出来るように勉強を頑張るくらいかな?」
「……エディは本気でそう思ってるんだろうな。」
シリウスから見れば、エディフィールは自己評価が低すぎる。
本人がどういう意図で当主のギルバートと会話し助言したのかは分からないが、エディフィールの膨大な知識は一財産だ。
エディフィールの知識は、それまでの保存食の常識を大きく変えた。
保存食と言えば、干した野菜や干し肉だった。
それすらも塩漬けにされていて塩辛く、美味しいとは言い難かった。
だが、塩の量が少ないと持ちが悪くなる。
仕方のないことだと言われていた。
それをエディフィールは、魔法があるのだから単純に水分を抜いて乾燥させればいいと言ったのだ。
いわゆるフリーズドライの野菜や肉を想定してエディフィールはギルバートに伝えたのだが、これまで保存食と言えば塩漬けで水分を出し、それを乾燥させたものだった。
それが今では、殆ど塩を使わずに野菜や肉を長持ちさせることが出来るようになった。
それだけでなく、果物もだ。
小麦と果物を固めた栄養バーのようなものまで流通し始めた。
これだって、エディフィールの助言の一つに過ぎないのだ。
全てギルバートからの上申で行われていることなのでエディフィールを直接評価することは無いが、保存食に温室。更にはポーションのレシピなど。
功績を挙げるときりがない。
「だってこんな虚弱体質で、公爵家当主なんて無理でしょ?領地の視察にすらいけないんだよ?長子相続が主だって言っても、そうじゃない家だって沢山あるし。跡継ぎにするならリーが適任だよ。」
「それこそ適材適所だ。出来る人間が行けばいい。」
「うーん、そんなものなの?あぁでも、王家の領地は広いし、飛び地になってるところもあるから。そうやって役割分担しないと、全部を治めるのは難しいのか。」
「あぁ。本当は自分の目で見れたら一番だがな。身体は一つしかないから、人員を割り振るしかない。」
「そうやって聞くと納得できるかも。……ふぁーあ。今日は天気が良いから、眠たくなっちゃうね。」
小さな欠伸をしたエディフィールに、シリウスは移動して寄り添って座ってくれる。
このガゼボはソファ席と椅子とが置いてある。
体力が心許ないエディフィールは、お茶会の途中でもお昼寝をさせてもらうことが多かった。
ガントやフィリスだけの時はそこでお茶会を終えるのだが、シリウスはお昼寝しているエディフィールの傍でのんびり過ごすのが好きなようだ。
「寝て良いぞ。俺も本を読みながらのんびりする。」
「いつもごめんね。ありがとう。」
王子であるシリウスにはとても申し訳ないが、いつも膝枕をしてくれる。
今日もポンポンと膝を叩く姿を見て、有り難く膝を借りる。
枕が無いと首が痛くなるので、膝枕はとてもありがたい。その反面、申し訳なさもある。
「もし帰るなら、遠慮なく僕の頭を下ろしてね?」
「気にするな。」
これもいつものやり取りである。
分かってはいても、一応断りを入れて身体を横たえた。
暖かな空気と、優しい人肌の温もりの中。
すぐにエディフィールの意識は微睡の中に落ちていく。
エディフィールが寝入ったのを見届けて、シリウスは『ストレージ』の中から読みかけていた本を取り出して目を通す。
エディフィールがシリウスに特別な感情を持っていないと分かっていても、シリウスにとってこの時間は幸せな時間だった。
エディフィールの噂は知っていた。
どんな子供なのだろうかと興味を持っていた。
お披露目会で目にして、その美しさに目を奪われた。
言葉を交わし、控えめで、それでもしっかりと意見を述べる姿を愛おしいと思った。
こうやって頻繁に足を運べば、少しは好意を抱いてくれるのではないかという下心もあった。
最初は遠慮していたエディフィールも、この二年ほどの交流の中で、遠慮なくシリウスの膝枕で眠ってくれるようになった。
エディフィールが心を許してくれているようで、シリウスは一人で舞い上がりそうになる。
もっと甘えて頼って欲しいと思う。
でもエディフィールの中で、シリウスは唯の友達だということも分かっている。
折に触れて抱き寄せてみたり、顔を近付けてみたりしても、頬を染めて照れることはあっても、それだけだ。
ガントとフィリスはどうもシリウスの気持ちに気付いているようで、影ながら応援してくれている。
どうやったら愛しい人の心が手に入るのか。
そんなことを考えながら、手に持った本に視線を落とした。
優しく髪の毛を撫でられている感触に、エディフィールは眼を覚ました。
寝起きの視界に飛び込んでくるのは、輝くような金髪。
それから優しいエメラルドグリーンの瞳。
「すまない、起こしたか?」
「んーん。おはよう。ありがとう。」
まだ少しぼんやりした頭で、それだけ答える。
どれくらい寝入ってしまったのだろうか。
空高く昇っていた太陽は、既に落ちかかっている。
温かい温もりから離れ、冷めてしまっている紅茶を口に含む。
寝起きのルーティンだ。
「いつもごめんね。」
「エディが気にする必要はない。俺がしたくてしてることだからな。」
いつもそう優しい言葉を返してくれる。
それをエディフィールはいつも、シリウスは末っ子だから弟が出来た感覚なのだろうかと思っている。
眠れば少しは体調が良くなるのに、今日は流石に寝すぎてしまったようだ。
手足の冷えと、気分の悪さが残っている。
「エリナ。魔力を貰える?」
ずっと待機してくれているメイドの一人に声を掛ける。
エリナはエディフィール付きの侍女の中で、一番血縁関係の濃いメイドだ。
今日は両親も弟妹もそれぞれ出かけてしまっている。
家族が居ない時は、エリナがエディフィールへの魔力補給担当だ。
もしエリナが倒れたら、順番に魔力が甘い使用人が対応してくれる。
「かしこまりました。失礼いたします。」
エリナはまだ若いメイドなので、申し訳なさがある。
だが我慢して倒れると、邸の使用人達から心配されてしまう。
我慢するくらいなら使用人を使い潰せ、というのが、エディフィールの回復担当の使用人達の総意だった。
エリナに優しく口付けすると、甘い唾液が口の中を満たしていく。
家族程では無いが、エリナもそれなりに魔力を持っている。
従姉なので魔力の質もかなり近い。
クチュクチュと唾液が交わる。
(甘い……もっと欲しい……。)
淡い甘さを求めて、エディフィールは吸い過ぎてしまった。
乾いた土に吸い込むように、魔力を吸ってしまった。
途端に、ぐらりとエリナの身体が傾く。
慌ててエディフィールが支えるよりも早く。
控えていた他のメイドがエリナの身体を支えた。
「ごめんっ、エリナっ。大丈夫!?」
エディフィールは少しだけ魔力を分けて貰うつもりだったのに、思ったよりも体調が悪かったらしい。
夢中で魔力を吸ってしまったことを反省しながら、倒れたエリナに問いかける。
「私は大丈夫です。少し、休ませていただきますね。」
苦しそうな笑顔でエリナは言葉を紡ぎ、運ばれていく。
やってしまったという感情しか湧き上がってこない。
最近はメイド達が倒れないように加減が出来ていたのに、出来なかった。
魔力枯渇寸前だとは言え、かなり辛いはずだ。
それでも誰一人、エディフィールを咎めず、いつも魔力を分け与えてくれる。
エリナの様子を見て、次の担当者が目の前に現れる。
だが、また倒れてしまうのではと思うと、素直に魔力を分けて貰うことが出来なかった。
「エディフィール様。私共は大丈夫ですので、魔力をお受け取り下さいませ。」
「でも……。」
使用人達は決して自ら口付けてくることは無い。
そこは主従関係があるので、エディフィールから口付けをする必要があるのだ。
躊躇うエディフィールを見かねて、シリウスが口を挟む。
「エディ、俺が魔力を渡そうか?」
「え……シルが?」
「俺なら魔力は十分に持っているから、倒れる心配はない。それに、血縁関係があれば良いんだろ?バンホーテン卿の祖母は王族だ。恐らくだが、俺でも大丈夫だと思う。」
確かに少しばかり遠縁ではあるものの、残った魔力補給要員の使用人達より血は濃い。
それに王族であれば、家族の誰よりも魔力を持っていてもおかしくはない。
「それは……確かにそうだし、嬉しいけど。キスだよ?男とキスするのは、流石にシルだって嫌でしょ?」
それなら大人しくメイドから貰おうとしたところで、グイっと抱き寄せられる。
「俺はエディ相手なら嫌じゃない。もし俺からじゃ魔力が吸えないようなら、使用人達に頼めば良い。……俺とキスするのは嫌か?」
エディフィールが気を遣わないように言ってくれているのだろうかと思うが、真剣な瞳に見つめられ、それならばとエディフィールは受け入れる事にする。
「シルが良いのなら……。でも辛くなったりやっぱり嫌だったら、突き放してね?あと……流石に王子様に僕からキスするのはどうかと思うから、できたらシルからで……。」
いくらシリウスが良いと言ってくれても、メイドとエディフィールの関係のように、立場が上の人間から口付けをするべきだという主張に、シリウスは頷いた。
抱き寄せられたまま、顎を持ち上げられる。
チュッチュと愛おしむようなバードキスが数回、唇を啄んでいく。
その恋人同士のようなやり取りに、エディフィールは頬が熱を持つのを感じた。
魔力の譲渡をするだけなので、キスをする時はいつもすぐにディープキスだ。
(なにこれ……めちゃくちゃ恥ずかしい。イケメンは何やってもイケメンすぎる。ずるい。)
恥ずかしすぎて、心臓がうるさく脈打っている。
ペロリと下唇を舐められ、受け入れる為に唇を開けば、熱くて甘い舌が捻じ込まれる。
その唾液はエリナのモノよりも。
いや、家族のモノよりも甘かった。
流石に母乳程では無いが、それでも甘い。
きっと魔力をたっぷり混ぜてくれているのだろう。
家族や使用人とのディープキスは、快楽よりも唾液の分泌を促すために舌を絡めているイメージだ。
でもシリウスのキスは、エディフィールの口の中を味わおうと貪ってきている感じがする。
(甘くて美味しいけど、なんかえっち……。でも、もっと欲しい。)
身体を満たす甘さに、頭の芯が蕩けてくる。
クチュクチュと卑猥な水音に、自分の甘い吐息が混じる。
「……っふ……んぅ……。」
女のような恥ずかしい声が出たことに、余計に羞恥心が高まる。
だがシリウスはソレを気にする様子もなく、むしろ嬉しそうに熱の籠った眼を細めた。
(魔力を貰ってるだけ、貰ってるだけだからっ。)
そうは思っても、身体に染みわたる甘さがゾクゾクとした快感を引き起こす。
エディフィールを包むシリウスの体温が、抱き寄せられている回された腕が。
身体にジンジンと熱を運んでくる。
(なんで、どうして?今までこんなことなかったのに。)
シチュエーションのせいだろうか。それとも友人とイケナイことをしている背徳感だろうかと、頭の中で取り留めのない思考がグルグルと回る。
確かにシリウスのことはイケメンで、人柄的にも好ましいとは思っていた。
エディフィールにいつも優しくしてくれた。
でもそれは友人として慕っているだけで、恋慕とは違うと思っていた。
でもこの胸の高鳴りはどうしてなのだろうか。
もしかして自分は男色だったのかと思考が渦巻く。
「っはぁ……どうだ?満たされたか?」
短くも長く感じる口付けを終え、乱れた吐息で色っぽいシリウスに問いかけられる。
エディフィールはコクコクと頭を縦に振った。
「んっ、すごく……甘かった。父様より甘い人、初めて。あの、シルは嫌じゃなかった?身体辛くなってない??」
「嫌なわけ無いだろ。エディが望むなら、いくらでも俺の魔力を分けてやる。」
色っぽく微笑んだシリウスの顔がまた近付いてくる。
またキスをするのかとギュッと瞳を閉じたエディフィールの、口元がぺろりと舐められた。
それが口の端から零れた唾液を舐められたと分かり、また顔に熱が集まる。
イケメンは何をやってもスマートというか、もう行動がイケメンだ。
なんていう、頭の悪い考えが頭をよぎる。
「えっと、あの……ありがとう。」
「くくっ、どういたしまして。また魔力が必要そうなら、遠慮なく俺に言ってくれ。」
「え、でも……。」
「学院でも必要だろ?常に使用人を侍らす訳にもいかないだろうし……。」
「で、でも、本来キスは好きな人と……。」
「俺はエディのことが好きだぞ。それとも俺とのキスは嫌だったか?」
少し悲しそうに言われてしまったら、エディフィールは嫌だと言えない。
というよりも、エディフィールは分け与えて貰う方だ。シリウスが友人だと思ってくれているから、助けてくれているのだと、これ以上言い募ることは止めた。
「ううん。すごくありがたい。ごめんね、僕の体調不良に巻き込んじゃって。」
「いや……気にするな。俺からもバンホーテン卿には伝えるが、エディからも俺は相性が良さそうだと伝えておいてくれ。きっと来年の入学を心配しているだろうから。近くに相性がいい魔力持ちが居ると知れば、少しは安心できるだろ。」
「うん、本当にありがとう。」
確かに来年からのことを考えれば、魔力枯渇で倒れずにエディフィールに魔力を分けてくれる相手がいることは、両親の安心材料になるだろう。
この日のお茶会はこれで終了した。
両親にはその日のうちに話して、少しばかりギルバートに複雑そうな顔をされたものの、来年からの学院生活へ安心して送り出せると言ってもらえた。
シリウス、フィリス、ガントは折を見て公爵邸に遊びに来てくれた。
バラバラで来ることもあれば、2、3人で来ることもある。
中でもシリウスは頻繁に顔を出してくれた。
市井ではこういったものが流行っていると、差し入れに本を貰うこともある。
エディフィールは参加できないが、シリウスとガントが居る時には、模擬戦を見せて貰ったこともある。
フィリスは得意な魔法で、エディフィールの目を楽しませてくれた。
話題は貴族が全員通うことになる王立学院のことになったこともある。
この王立学院に入学できないという事は、貴族として生きていけないという事になる。
貴族籍で居たければ、避けて通れない道だ。
エディフィールは座学は付いていける自信があるが、実技に関してはほとんど教育を受けていない。
不安はあるが、三人は友人として可能な限りフォローしてくれると言ってくれた。
どう考えてもエディフィールはお荷物であるが、一緒に学院生活を送ろうと約束をした。
それが例えリールディアとの顔繋ぎの為だったとしても、エディフィールは三人の気持ちが嬉しかった。
冬場になると体調を崩しがちなエディフィールだが、三人はお見舞いにも来てくれた。
いつも貰ってばかりで申し訳ないが、エディフィールは嬉しかった。
そんなこんなで友情を深めつつ、月日が過ぎた。
あと半年もすれば王立学院へ入学することになる。
全寮制で、邸に帰ってくるのも週末か長期休みになるだろう。
不安が無いと言えば嘘になるが、それでも新しい環境への期待もある。
今日はシリウスが遊びに来てくれていた。
「そろそろ王立学院への入学準備をしないとだな。エディはもう準備を終えたか?」
庭にあるガゼボで紅茶を飲みながら、シリウスに問われる。
パーティーの日は少し尊大な口調だったが、プライベートでは他の友人達のように話してくれる。あれは外面だったようだ。
「うん。といっても、ほとんど使用人達が用意してくれてるんだけど。僕だって少しくらいお手伝いできるし、自分のことなのに、皆大人しくしてろって言うんだよ?」
少しむくれたエディフィールに、シリウスは苦笑を漏らす。
「くくっ、それは仕方ないだろ。それに、どこの家もそんなものだ。自分で準備するのは下級貴族くらいなもんじゃないか?もしくは、豪商の子供達だが……そういったところはやっぱり使用人達が用意するだろうな。」
「うーん、そんなものなの?いつもお世話してもらってばかりで、凄く申し訳ないんだけど。」
「そういうものだ。逆に主人が手伝うと言えば、使用人達が気を遣う。ありがたくお世話されておけばいいと思う。」
「シルは流石王族だなぁ。」
小市民な感覚の抜けきらないエディフィールには、少しばかりハードルの高い感覚だ。
「その代わり俺達は俺達にしか出来ないことがあるからな。適材適所というんだ。」
「僕にしか出来ないことかぁ。何があるだろ?多分跡継ぎはリーだと思うし、リーの補佐が出来るように勉強を頑張るくらいかな?」
「……エディは本気でそう思ってるんだろうな。」
シリウスから見れば、エディフィールは自己評価が低すぎる。
本人がどういう意図で当主のギルバートと会話し助言したのかは分からないが、エディフィールの膨大な知識は一財産だ。
エディフィールの知識は、それまでの保存食の常識を大きく変えた。
保存食と言えば、干した野菜や干し肉だった。
それすらも塩漬けにされていて塩辛く、美味しいとは言い難かった。
だが、塩の量が少ないと持ちが悪くなる。
仕方のないことだと言われていた。
それをエディフィールは、魔法があるのだから単純に水分を抜いて乾燥させればいいと言ったのだ。
いわゆるフリーズドライの野菜や肉を想定してエディフィールはギルバートに伝えたのだが、これまで保存食と言えば塩漬けで水分を出し、それを乾燥させたものだった。
それが今では、殆ど塩を使わずに野菜や肉を長持ちさせることが出来るようになった。
それだけでなく、果物もだ。
小麦と果物を固めた栄養バーのようなものまで流通し始めた。
これだって、エディフィールの助言の一つに過ぎないのだ。
全てギルバートからの上申で行われていることなのでエディフィールを直接評価することは無いが、保存食に温室。更にはポーションのレシピなど。
功績を挙げるときりがない。
「だってこんな虚弱体質で、公爵家当主なんて無理でしょ?領地の視察にすらいけないんだよ?長子相続が主だって言っても、そうじゃない家だって沢山あるし。跡継ぎにするならリーが適任だよ。」
「それこそ適材適所だ。出来る人間が行けばいい。」
「うーん、そんなものなの?あぁでも、王家の領地は広いし、飛び地になってるところもあるから。そうやって役割分担しないと、全部を治めるのは難しいのか。」
「あぁ。本当は自分の目で見れたら一番だがな。身体は一つしかないから、人員を割り振るしかない。」
「そうやって聞くと納得できるかも。……ふぁーあ。今日は天気が良いから、眠たくなっちゃうね。」
小さな欠伸をしたエディフィールに、シリウスは移動して寄り添って座ってくれる。
このガゼボはソファ席と椅子とが置いてある。
体力が心許ないエディフィールは、お茶会の途中でもお昼寝をさせてもらうことが多かった。
ガントやフィリスだけの時はそこでお茶会を終えるのだが、シリウスはお昼寝しているエディフィールの傍でのんびり過ごすのが好きなようだ。
「寝て良いぞ。俺も本を読みながらのんびりする。」
「いつもごめんね。ありがとう。」
王子であるシリウスにはとても申し訳ないが、いつも膝枕をしてくれる。
今日もポンポンと膝を叩く姿を見て、有り難く膝を借りる。
枕が無いと首が痛くなるので、膝枕はとてもありがたい。その反面、申し訳なさもある。
「もし帰るなら、遠慮なく僕の頭を下ろしてね?」
「気にするな。」
これもいつものやり取りである。
分かってはいても、一応断りを入れて身体を横たえた。
暖かな空気と、優しい人肌の温もりの中。
すぐにエディフィールの意識は微睡の中に落ちていく。
エディフィールが寝入ったのを見届けて、シリウスは『ストレージ』の中から読みかけていた本を取り出して目を通す。
エディフィールがシリウスに特別な感情を持っていないと分かっていても、シリウスにとってこの時間は幸せな時間だった。
エディフィールの噂は知っていた。
どんな子供なのだろうかと興味を持っていた。
お披露目会で目にして、その美しさに目を奪われた。
言葉を交わし、控えめで、それでもしっかりと意見を述べる姿を愛おしいと思った。
こうやって頻繁に足を運べば、少しは好意を抱いてくれるのではないかという下心もあった。
最初は遠慮していたエディフィールも、この二年ほどの交流の中で、遠慮なくシリウスの膝枕で眠ってくれるようになった。
エディフィールが心を許してくれているようで、シリウスは一人で舞い上がりそうになる。
もっと甘えて頼って欲しいと思う。
でもエディフィールの中で、シリウスは唯の友達だということも分かっている。
折に触れて抱き寄せてみたり、顔を近付けてみたりしても、頬を染めて照れることはあっても、それだけだ。
ガントとフィリスはどうもシリウスの気持ちに気付いているようで、影ながら応援してくれている。
どうやったら愛しい人の心が手に入るのか。
そんなことを考えながら、手に持った本に視線を落とした。
優しく髪の毛を撫でられている感触に、エディフィールは眼を覚ました。
寝起きの視界に飛び込んでくるのは、輝くような金髪。
それから優しいエメラルドグリーンの瞳。
「すまない、起こしたか?」
「んーん。おはよう。ありがとう。」
まだ少しぼんやりした頭で、それだけ答える。
どれくらい寝入ってしまったのだろうか。
空高く昇っていた太陽は、既に落ちかかっている。
温かい温もりから離れ、冷めてしまっている紅茶を口に含む。
寝起きのルーティンだ。
「いつもごめんね。」
「エディが気にする必要はない。俺がしたくてしてることだからな。」
いつもそう優しい言葉を返してくれる。
それをエディフィールはいつも、シリウスは末っ子だから弟が出来た感覚なのだろうかと思っている。
眠れば少しは体調が良くなるのに、今日は流石に寝すぎてしまったようだ。
手足の冷えと、気分の悪さが残っている。
「エリナ。魔力を貰える?」
ずっと待機してくれているメイドの一人に声を掛ける。
エリナはエディフィール付きの侍女の中で、一番血縁関係の濃いメイドだ。
今日は両親も弟妹もそれぞれ出かけてしまっている。
家族が居ない時は、エリナがエディフィールへの魔力補給担当だ。
もしエリナが倒れたら、順番に魔力が甘い使用人が対応してくれる。
「かしこまりました。失礼いたします。」
エリナはまだ若いメイドなので、申し訳なさがある。
だが我慢して倒れると、邸の使用人達から心配されてしまう。
我慢するくらいなら使用人を使い潰せ、というのが、エディフィールの回復担当の使用人達の総意だった。
エリナに優しく口付けすると、甘い唾液が口の中を満たしていく。
家族程では無いが、エリナもそれなりに魔力を持っている。
従姉なので魔力の質もかなり近い。
クチュクチュと唾液が交わる。
(甘い……もっと欲しい……。)
淡い甘さを求めて、エディフィールは吸い過ぎてしまった。
乾いた土に吸い込むように、魔力を吸ってしまった。
途端に、ぐらりとエリナの身体が傾く。
慌ててエディフィールが支えるよりも早く。
控えていた他のメイドがエリナの身体を支えた。
「ごめんっ、エリナっ。大丈夫!?」
エディフィールは少しだけ魔力を分けて貰うつもりだったのに、思ったよりも体調が悪かったらしい。
夢中で魔力を吸ってしまったことを反省しながら、倒れたエリナに問いかける。
「私は大丈夫です。少し、休ませていただきますね。」
苦しそうな笑顔でエリナは言葉を紡ぎ、運ばれていく。
やってしまったという感情しか湧き上がってこない。
最近はメイド達が倒れないように加減が出来ていたのに、出来なかった。
魔力枯渇寸前だとは言え、かなり辛いはずだ。
それでも誰一人、エディフィールを咎めず、いつも魔力を分け与えてくれる。
エリナの様子を見て、次の担当者が目の前に現れる。
だが、また倒れてしまうのではと思うと、素直に魔力を分けて貰うことが出来なかった。
「エディフィール様。私共は大丈夫ですので、魔力をお受け取り下さいませ。」
「でも……。」
使用人達は決して自ら口付けてくることは無い。
そこは主従関係があるので、エディフィールから口付けをする必要があるのだ。
躊躇うエディフィールを見かねて、シリウスが口を挟む。
「エディ、俺が魔力を渡そうか?」
「え……シルが?」
「俺なら魔力は十分に持っているから、倒れる心配はない。それに、血縁関係があれば良いんだろ?バンホーテン卿の祖母は王族だ。恐らくだが、俺でも大丈夫だと思う。」
確かに少しばかり遠縁ではあるものの、残った魔力補給要員の使用人達より血は濃い。
それに王族であれば、家族の誰よりも魔力を持っていてもおかしくはない。
「それは……確かにそうだし、嬉しいけど。キスだよ?男とキスするのは、流石にシルだって嫌でしょ?」
それなら大人しくメイドから貰おうとしたところで、グイっと抱き寄せられる。
「俺はエディ相手なら嫌じゃない。もし俺からじゃ魔力が吸えないようなら、使用人達に頼めば良い。……俺とキスするのは嫌か?」
エディフィールが気を遣わないように言ってくれているのだろうかと思うが、真剣な瞳に見つめられ、それならばとエディフィールは受け入れる事にする。
「シルが良いのなら……。でも辛くなったりやっぱり嫌だったら、突き放してね?あと……流石に王子様に僕からキスするのはどうかと思うから、できたらシルからで……。」
いくらシリウスが良いと言ってくれても、メイドとエディフィールの関係のように、立場が上の人間から口付けをするべきだという主張に、シリウスは頷いた。
抱き寄せられたまま、顎を持ち上げられる。
チュッチュと愛おしむようなバードキスが数回、唇を啄んでいく。
その恋人同士のようなやり取りに、エディフィールは頬が熱を持つのを感じた。
魔力の譲渡をするだけなので、キスをする時はいつもすぐにディープキスだ。
(なにこれ……めちゃくちゃ恥ずかしい。イケメンは何やってもイケメンすぎる。ずるい。)
恥ずかしすぎて、心臓がうるさく脈打っている。
ペロリと下唇を舐められ、受け入れる為に唇を開けば、熱くて甘い舌が捻じ込まれる。
その唾液はエリナのモノよりも。
いや、家族のモノよりも甘かった。
流石に母乳程では無いが、それでも甘い。
きっと魔力をたっぷり混ぜてくれているのだろう。
家族や使用人とのディープキスは、快楽よりも唾液の分泌を促すために舌を絡めているイメージだ。
でもシリウスのキスは、エディフィールの口の中を味わおうと貪ってきている感じがする。
(甘くて美味しいけど、なんかえっち……。でも、もっと欲しい。)
身体を満たす甘さに、頭の芯が蕩けてくる。
クチュクチュと卑猥な水音に、自分の甘い吐息が混じる。
「……っふ……んぅ……。」
女のような恥ずかしい声が出たことに、余計に羞恥心が高まる。
だがシリウスはソレを気にする様子もなく、むしろ嬉しそうに熱の籠った眼を細めた。
(魔力を貰ってるだけ、貰ってるだけだからっ。)
そうは思っても、身体に染みわたる甘さがゾクゾクとした快感を引き起こす。
エディフィールを包むシリウスの体温が、抱き寄せられている回された腕が。
身体にジンジンと熱を運んでくる。
(なんで、どうして?今までこんなことなかったのに。)
シチュエーションのせいだろうか。それとも友人とイケナイことをしている背徳感だろうかと、頭の中で取り留めのない思考がグルグルと回る。
確かにシリウスのことはイケメンで、人柄的にも好ましいとは思っていた。
エディフィールにいつも優しくしてくれた。
でもそれは友人として慕っているだけで、恋慕とは違うと思っていた。
でもこの胸の高鳴りはどうしてなのだろうか。
もしかして自分は男色だったのかと思考が渦巻く。
「っはぁ……どうだ?満たされたか?」
短くも長く感じる口付けを終え、乱れた吐息で色っぽいシリウスに問いかけられる。
エディフィールはコクコクと頭を縦に振った。
「んっ、すごく……甘かった。父様より甘い人、初めて。あの、シルは嫌じゃなかった?身体辛くなってない??」
「嫌なわけ無いだろ。エディが望むなら、いくらでも俺の魔力を分けてやる。」
色っぽく微笑んだシリウスの顔がまた近付いてくる。
またキスをするのかとギュッと瞳を閉じたエディフィールの、口元がぺろりと舐められた。
それが口の端から零れた唾液を舐められたと分かり、また顔に熱が集まる。
イケメンは何をやってもスマートというか、もう行動がイケメンだ。
なんていう、頭の悪い考えが頭をよぎる。
「えっと、あの……ありがとう。」
「くくっ、どういたしまして。また魔力が必要そうなら、遠慮なく俺に言ってくれ。」
「え、でも……。」
「学院でも必要だろ?常に使用人を侍らす訳にもいかないだろうし……。」
「で、でも、本来キスは好きな人と……。」
「俺はエディのことが好きだぞ。それとも俺とのキスは嫌だったか?」
少し悲しそうに言われてしまったら、エディフィールは嫌だと言えない。
というよりも、エディフィールは分け与えて貰う方だ。シリウスが友人だと思ってくれているから、助けてくれているのだと、これ以上言い募ることは止めた。
「ううん。すごくありがたい。ごめんね、僕の体調不良に巻き込んじゃって。」
「いや……気にするな。俺からもバンホーテン卿には伝えるが、エディからも俺は相性が良さそうだと伝えておいてくれ。きっと来年の入学を心配しているだろうから。近くに相性がいい魔力持ちが居ると知れば、少しは安心できるだろ。」
「うん、本当にありがとう。」
確かに来年からのことを考えれば、魔力枯渇で倒れずにエディフィールに魔力を分けてくれる相手がいることは、両親の安心材料になるだろう。
この日のお茶会はこれで終了した。
両親にはその日のうちに話して、少しばかりギルバートに複雑そうな顔をされたものの、来年からの学院生活へ安心して送り出せると言ってもらえた。
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