氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第一章 非公式お茶会

4 瞳から伝わる負の感情②

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Side:アレリオン9歳 冬



視界の隅で、頭をふるふると振っている眠たそうなアシェルに気付いて、時計を見るともう20時30分を示していた。

(まずい、アシェが静かだから忘れてた。)

20時までには小さな妹を寝台に連れて行こうと思っていたのに、アルフォードとの話に盛り上がりすぎてしまった。

「あぁ、ほったらかしにしてごめんなアシェ。もう眠たいだろ。」

アルフォードが先に声をかけアシェルの頭を撫でてやる。

「もういい時間だね、サーニャにお風呂に入れてもらっておいで。」

ちらりとサーニャに視線を飛ばし、アルフォードに続いてアレリオンもアシェルの頭を撫でてやる。

とろりと眠たそうな顔をしたアシェルが可愛いなぁ、なんて思っていると、執事長のウィリアムがすっと食堂に入ってきて口を開いた。

「お坊ちゃま方、お嬢様。馬車の音が聞こえてまいりましたので、旦那様がお帰りになったかと思います。お出迎えはどうされますか?」

「私とアルフォードは出迎えよう。……アシェも一緒に父上におかえりなさいを言うかい?」

アシェルだけ先に寝かしてしまってもよかったのだが、せっかくここまで起きて待っていたのだ。

父上が帰ってきたという言葉を聞いた途端、先ほどまでの眠たそうな顔はどこへやら。
満面の笑みを浮かべたアシェルを見ると、一緒にお出迎えをしないという選択肢は選べなかった。

「いくっ!」

「じゃあ行こうか。」

すっとのばしたアレリオンの手が、小さくて暖かいアシェルの手にぎゅっと握られる。
反対の手はアルフォードの担当だ。

三人仲良く歩いて、使用人達と共に父上の帰宅を待った。





『おかえりなさいませ。』

玄関の扉が開かれると同時に、使用人たちがザっと頭を下げる。

「あぁ、今戻ったよ。アン、アル、それにアシェまで。待っててくれたんだね、遅くなってしまってごめんよ。」

外套を近くの使用人に預けた父上——アベルはアレリオン達を順番に一人ずつ抱きしめながら、その頬にチュッとキスをしていく。

最後にアシェルの頬にチュッとキスを落としたアベルは、満面の笑みを浮かべたアシェルに抱き着かれていた。
微笑ましいその様子に自然と笑みがこぼれる。

ふと玄関扉の近くに残る気配を感じて目線を上げると、見たことのない女性が立っていた。
女性は腕の中に、アシェルよりも一回り小さく思える女の子を抱きかかえている。

女性も女の子も同じ亜麻色の髪の毛だ。恐らく母娘なのだろう。

「父上……ご来客ですか?」

こんな時間に邸に女性を?という余計な一言は飲み込む。
アベルが招いた以上お客様だ。

そっとアルフォードを見やるが、弟も小さく首を振っている。
ということは見知らぬ相手なのだろう。

アシェルはというとアベルから慌てて離れ、深々としたカーテシーで挨拶をしていた。
恐らくアシェルは相手に失礼のないように、覚えている中でも最上位の挨拶をしたのだろう。
基礎的なマナーや所作を教えている乳母のサーニャを褒めてやりたい。

(だけど正直……公爵家が深々と挨拶するような相手じゃないよね。着ているドレスは型遅れ。お世辞にも生地がいいとは言えない。平民ではないんだろうし、子連れだから娼婦でもないんだろうけど。まぁ、父上から紹介されていないから黙ってるのは正解かな。)

そう、アレリオンたちの父であるアベルは公爵家当主だ。
貴族の中でもほぼ上位に位置しているといっても過言ではない。

このヒューナイト王国では、王家に続いて、公爵家、辺境伯爵家が権力を持ち、その下に連なる形で侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家が割り当てられた領地を管理し生活している。

貴族社会において上下関係は絶対だ。

そして初めて顔を合わせる者同士は、家格が上のものから声をかけるか、共通の知り合いに紹介してもらうのがマナーだ。
今回の場合は、彼女を我が家に連れてきたアベルがその紹介役になる。

「あぁ、そうなんだ。お前たちに紹介したいと思っていてね。今日はもう遅いし明日きちんと場を設け紹介させてもらうが……こちら、メアリー・エンディット夫人。そしてもう眠ってしまっているけれど、娘さんのメルティー・エンディット嬢だよ。」

アベルがにこにこと笑みを浮かべて、女性と幼女の紹介をしてくれる。
メアリーはメルティーを抱えているからか、軽く膝を曲げお辞儀をしてくれる。

が、その視線が先ほどからずっとアシェルから動かないことが気になった。
挨拶をしていたから見ていた、だけではないと思えるくらい、鋭い目つきでアシェルを見ているのだ。
——この視線はとても良くない。

その視線の先で、アシェルは笑顔を浮かべるのも忘れて固まってしまっている。
————呼吸が浅くなって、身体も硬直してしまっている。だがまだその瞳は思考を続けているようで、輝きを失ってはいない。

(ふざけんなよ。メアリーって言ったっけ。まだ幼いアシェをこんなにびびらせて、何様のつもりだ?)

体裁などかなぐり捨てて、今すぐアシェルを連れて部屋に下がりたいが、相手は客人だ。

貴族として失礼な態度をとるわけにもいかず、思い通りにいかない歯がゆさにぐっと奥歯を噛みしめた。

エンディットといえばフレイム地方の伯爵家だっただろうか。
伯爵夫人が他地域の公爵家に何の用があるというのだろうか。

控えめに言って早くご退場願いたい。

「で、こちらから順に長男のアレリオン。次男のアルフォード。長女のアシェルだ。」

アベルの紹介に合わせて、アレリオンは浅いお辞儀をする。
相手も言葉を発しなかったし、公爵家から伯爵家への挨拶としては妥当なところだろうと思う。
アルフォードもアシェルもそれに倣い、無言で浅いお辞儀をしていた。

本来であれば、言葉を交わそうが交わすまいが、紹介された相手に視線を向けるだろう。
だが、紹介されたアレリオンやアルフォードには一切目をくれることもなく、メアリーはアシェルだけを凝視していた。

顔をあげたアシェルとメアリーの視線が交わり、アシェルの瞳の奥に恐怖の色が浮かんだ。
恐怖でゆらゆらと瞳の灯火が揺れていて、今にも消えてしまいそうに見える。

スカートに添えられているアシェルの両手は、ぎゅっと握りしめられている。

(まずい。なんてことしてくれてんだ、このクソ女っ……!)

まず口に出すことはないが、アレリオンは怒るとかなり口が悪い。
大事なアシェルを傷つけるメアリーに対し、心の中で悪態をぶつけていく。

ちらりとアルフォードをみやると、同じく苦虫を嚙みつぶしたような表情をした弟が立っていた。

可哀想なアシェルは、蛇に睨まれた蛙のように身体を強張らせてしまっている。

アベルはといえば、そんな子供たちの様子には気付かずに「また明日話そう。今日はもう部屋に戻りなさい。」とだけ告げると、メアリー母娘を客室に案内する采配をおこなっていた。

(とりあえず、まずはアシェをここから連れ出すことが最優先だ。)

アシェルのそばで片膝をつき目線をあわせ、精一杯優しい声で名前を呼んだ。

「——アシェ。」

ハッと弾かれたようにあげられた顔と視線が交わる。
アシェルの瞳の奥に、怯えに恐怖と戸惑い、そして僅かな安堵が入り混じっている。

垣間見える様々な感情に、一番最悪の事態だけは回避できたことを悟った。
あとは今回のことが、アシェルにどれくらい傷を残してしまうのかが問題だ。

「おいで、もう眠たくて頭が回ってないんじゃないかい?部屋まで連れて行ってあげるから。」

いつもなら遠慮なく抱き抱えて部屋まで連れて行くのだが、怯えているアシェルにアレリオンから触れることはできなかった。
両手を広げて「おいで。」とアシェルが自分の意志でやってくるのを待つ。

背後ではメイドがメアリー母娘を客室に案内しているようだ。

(あの女が居なくなれば、アシェは安心してくれるだろうか?)

少し不安に思いながらも、そんなことは表情には出さず。ただただ優しく微笑んでアシェルが動くのを待った。

アシェルがアレリオンの腕の中ではなく別の場所に逃げようとした場合に捕まえるために、アシェルの後ろにはアルフォードが待機している。
本当は無理やり捕まえるようなことはしたくないが、アシェルはもう自由に動き回れる。
パニックを起こすとどんな行動を起こすのか分からないので、アシェルの安全を考えると必要な措置だ。

メアリー母娘の姿が完全に見えなくなり足音も遠ざかった時、ようやくアシェルは身体の強張りを解き、ほっと息を吐いた。

いきなりの緊張状態で疲れたのだろう。アシェルは気怠そうな眠たそうな表情を浮かべている。

「ほら、もうお客様は客室に案内されたから。いきなり知らない人が来てびっくりしたんだね。もう大丈夫だよ。」

優しく話しかける。大丈夫だよって安心させるように。

戸惑っているのだろうか、すごく緩慢でぎこちない動きで——アシェルがぽすんとアレリオンの腕の中に納まった。

(……良かった……。)

一先ず安心し、アシェルの小さな身体をぎゅっと抱きしめてから抱えて立ち上がる。

まだ少し身体が強張っていたのだろうか。抱きしめてすぐよりも柔らかな感触になる。

「よく頑張ったな。おやすみ、アシェ。」

ほっとした様子のアルフォードが優しく声をかけ、夜の挨拶といつものように頭を撫でようと手を伸ばした。

(これで……払いのけられなければ問題ないのだけれど。)

ゆっくり伸びてきたアルフォードの手に、一瞬だけアシェルの身体に力が入ったのを感じる。

しかしアルフォードの手が頭に触れたとたん、その力は抜けたようだ。

ほっと安堵し、アルフォードと視線を交わす。

ついっと視線を逸らされた先には書庫の扉。
こくりと小さく頷いて了解の意を返す。

「おやすみなしゃい、あるにーたま。」

まだまだ舌ったらずだが、しっかり声をだしニコッと笑ったアシェルに笑みがこぼれる。

(あぁ、本当に可愛い妹だ。)

アルフォードとはその場で別れ、二階にあるアシェルの部屋へと向かう。
ゆっくりと歩きながらも、優しくアシェルの頭を撫で続ける。

なにやら難しい顔をしているが、ゆっくり頭を撫で続けていると睡魔に負けたのだろうか。

うつらうつら閉じては開いてを繰り返していた瞼がしっかり閉じられ、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。

アシェルをそっとベッドにおろし、靴を脱がしたあとに掛け布団をかけてあげる。
先ほどまでの強張った表情からは想像できないほど、安らかな寝顔だった。

「おやすみ、アシェ。願わくばよい夢を……。」

チュッと額におやすみのキスを落として、アレリオンは静かに部屋を後にした。





足早に書庫へと入り、小さな灯の中に佇むアルフォードの隣の席に腰をおろす。

「アシェはちゃんと寝た?」

「あぁ、今夜はぐっすり眠れると思うよ。」

アレリオンと同様に不安だったのだろう。
椅子に腰を下ろすと同時にアシェルの心配をする弟の頭を、よしよしと撫でてやる。

いつもなら「子供扱いすんなっ。」と払いのけてくるのに、今日はアレリオンにされるがままだ。

「良かった……アシェは覚えてないと思うけど……。またっ、ちっちゃいときみたいに、なるかと。ぐすっ……思って……。」

ぐすぐすっと鼻をすする音が聞こえる。

「そうだね……アシェが落ち着いてくれて本当に良かった……。明日は父上の話や、あの女の態度次第だけど……。もし必要だったら、アルがアシェを連れて部屋を出るんだよ?さすがに僕まで席を外すわけにはいかないだろうからね。」

泣きぐずる顔を胸元に引き寄せてやり、アシェルにするように優しく頭を撫でてやる。
アシェルと同じ色でありながらふわふわとしたその髪は、撫でる時に少し指に絡んでくる。
久しぶりの感触だった。

本当はアシェルを明日の話し合いに同席させたくないし、なんなら自分も参加したくなどない。
でもアベルは”お前たち”に紹介したい、と言ったのだ。兄妹は三人とも揃っている必要があるだろう。

でも話の流れやエンディット夫人の態度次第で、アルフォードとアシェルは席を立ってもいいはずだ。
メイディー公爵家の跡取りはアレリオンなのだから。

(……また繰り返すことにならなければいいのだけれど……。)

声を殺して泣き続ける弟に胸を貸しながら、アシェルが産まれた頃のことに思いを馳せた。
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